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4-2

 アルミナは、カルブンクルス家の支援を受けて、百人の騎兵を得てエスメラルダ領を訪れている。アルマンダインは信頼の置ける騎士たちにキルミツ領を任せて、アルミナの補佐のためについてきてくれた。叔父だけに任せておけない、と言われて、当のルベウスは反論の言葉がないようだった。アルミナとしても、騎士としてのルベウスの力量は信じているけれども、知恵比べになれば不足するところはありそうだと思った。が、あまり責めては哀れであるからと口を噤んでおいた。




 さて――エスメラルダ領だ。

 今は亡き、ベルトラン王子。その母の実家、ベリル家の支配する土地だ。戦略上国境を守る要地である。

 先立ってベリル家に送った手紙には、既に返事がきている。キルミツからエスメラルダへ向かう道中、先方から使者がやってきて、迎え入れる準備があるという答えをもらっている。

「あくまで話し合いの場を設けてくれるというだけのことだ。気は緩められぬ。ベルトラン兄様は私によくしてくださっていたが、私自身はベリル家と特別親しいわけではないし」

「それでも、相手は話し合いに応じるつもりがあるのでしょう。であれば、誠意を見せるだけです」

 ルベウスは「胸を張りなさい」とアルミナの背を押してくれた。それだけで不安も払われるのだから、自分も案外単純な性質をしている、とアルミナは思った。あるいはこの騎士の前においては、単純でいられるのかもしれない。




 エスメラルダの砦は、カルブンクルスのそれと等しく頑強である。直接ここを訪れるのは久方ぶりだ。尤も以前の訪問では、アルミナは任務のためにほとんど長く滞在することはなかった。その時のアルミナの任務は近くの鉱山を狙う山賊の討伐であり、速やかに任務を終えた後、すぐに王都へ帰還したからだ。

 騎士たちの取りまとめはアルマンダインに任せて、少しばかりの緊張と共に、アルミナはルベウスと共に、ベリル家の使用人の招きによって中へ入った。


「ようこそお待ちしておりました。アルミナ王女殿下」


 迎えてくれたのは、やや赤みがかった金髪をした、豊かな髭を蓄えた男だった。その顔は、似顔絵を見たことがある。ベルトランのいとこ、ベリル家の現当主。その名を、ヘリオドールという。


「此度は話し合いの機会を作ってくれたこと、感謝する」

「いえ――殿下のお言葉であれば、無碍に扱うことはできませぬ」


 ヘリオドールはアルミナと目を合わせないままに、深々と頭を下げた。アルミナの王族としての在り方には傅くことも平気だろうが、魔女としてのアルミナは恐ろしいだけのものだろう。それを責める気はない。恐ろしいからと遠ざけられるのが当たり前に生きてきたのだ。その程度のことは気にもならない。

 ヘリオドールはアルミナがカルブンクルス家からの支援を受けていることについて、ベリル家と同様に王族を丁重に扱っているものと判断したようだ。

「カルブンクルスもそうなのでしょう」

 そう言葉を投げかけられたルベウスは、いつもどおりの余裕ぶった態度で「私がアルミナ様の騎士である以上、それは必然の回答でしょう」と返事をした。カルブンクルス家そのものはともかく、ルベウス自体はわざわざアルミナに仕えたがる物好きな騎士である。カルブンクルスが判断してルベウスをアルミナの傍につけているのではなく、ルベウスがアルミナの傍にいるからカルブンクルスもついてきたのだ。

「そうか……ベルトラン王子にも、ルベウス殿のような騎士が常に傍に控えていれば、話は違ったのやもしれませんね」

「ベルトラン兄様――ベルトラン王子のことは、申し訳なかった。私の力では、あの方をお守りするには足りなかったのだ」

 アルミナが懺悔すると、ヘリオドールは目に見えて動揺した。理由は不明だが、何やら随分驚かれたようである。

 それについて今は言及することはせず、アルミナは本題を切り出した。

「私の望むことはただ、民が明日に怯える必要のない暮らしを作ること。当たり前に飯を食い、当たり前に仕事をし、当たり前に明日が来ることを信じ切って眠れるような暮らしだ。そのためには、暴虐の我が兄アレクサンドルを王として認めるわけにはいかぬ。あの調子では反抗する貴族のみならず、果ては民をも食い殺す。私はそれを防がねばならぬ」

「そのために、協力しろと仰るのですね」

「元々、ベルトラン兄様が相応しいと思っていたから、王位に興味などなかったが――今となってはあのアレクサンドルを王位につけておくよりは、私がそこにいるほうが、幾分かましであろうと思うのだ。少なくとも私であれば、反対意見を出したからという理由だけで臣下の首を刎ねたりはせぬ」

「……殿下に、お伺いしたいのですが」

「答えられることであれば答えよう」

 アルミナが言うと、ヘリオドールは意を決したように問いを発した。




「何故、我々――ベリル家に声をおかけになったのですか。具体的に、アレクサンドル王子を討つための策がおありなのか」




 ヘリオドールはまっすぐ、アルミナを見つめている。

(きっと私の目が恐ろしいだろうに)

 それでも、アルミナの目から逃げずに向かい合おうとするヘリオドールには、強い意思を感じる。

 二つの質問は想定済みだ。アルマンダインが少なくともそれくらいは聞かれるだろうと、事前にアルミナに知恵を授けてくれている。それをヘリオドールにどこまで伝えられるかは、アルミナ自身の言葉による。

 真摯に語らねばならない。この男は、アルミナの魔眼を恐れているにも関わらず、それでも背負うものがあって、冷静に状況を判断して民のための利を模索しているのだ。


「まず、一つ目の質問だが――それは、少なくともそなたであれば、アレクサンドルの側につくとは言わないと思ったからだ」

「それは――そうです。ベルトランを殺した相手に跪くなど、どうしてできましょうか。されどそれでは理由としては不足です。私が断るとは考えなかったのですか?」


 断られる。それは考えなかったわけではない。ここへ来るまでも不安ばかりであった。

 アルミナはベルトランの妹ではあるが、母親が違う。アルミナ自身はベリル家には何の接点もない。だが、それでも頷いてもらえるのではないかという期待も、確かにあった。


「正直なところ、私がそなたに特別好かれているとは思っておらぬ。ベルトラン兄様は良くしてくれていたが、それを理由にベリル家の者が全て私を受けいれると思いこめるほど、私は周りの目に疎いつもりはない。されど少なくとも現状において、王族の血を引く後継者足り得るものはアレクサンドルと私しか残っておらぬ。そなたが真に民を想い行動する気概があるのであれば、そこでアレクサンドルを選ぶようなことはしないはずだと思った。何をきっかけに起源を損ねるかわからぬ暴君に仕えるのと、ろくに政治に関わることができず右も左もわからぬ小娘に仕えるのとでは、後者のほうが都合よく操りやすく見えよう」

「アルミナ様、その言い方はどうなのか」

「一般的にそう見られているのは事実だよ、ルベウス。ともかく、名高きベリルの当主たるそなたが、今後のことを何も考えずにいるはずがない。そなたの取れそうな選択肢を考えれば、私についてアレクサンドルに抗うのが最善に近いのではないかと予想した」

「どちらにもつかず、私が反逆するとはお思いにはならなかったと仰るのか」

「そなたがそのようなことをするはずがない。ここで私を抜きに反逆の狼煙を挙げれば、アレクサンドルに優位を与えるだけであろう。不義理を行ったアレクサンドルが、防衛のための正当な権利であると主張してエスメラルダに襲いかかることになる。迂闊はすまい」


 情報操作など容易なもので、ベリル家がアルミナを無視して独自に行動していれば、それは世間には単なる謀反として捉えられ、アレクサンドルの悪逆非道の振る舞いはすっかり隠蔽されてしまう。一度世間に広まったことが事実として扱われる。悪評を買うよりは、最初からアルミナを利用してでもアレクサンドルに従わない正当性の認められる理由付けをするほうがいいのだ。


「二つ目の質問については、そなたがいるといないとで策は変わる

が、考えはある。こちらとしてはそなたが頷いてくれるほうがありがたいのでその前提で話すが、ベリル家は旧く権威ある血筋であるのは周知の事実である。そなたが一声発すれば、重い腰をあげる貴族たちも多いだろう。私に従わずともそなたに従うある程度まとまった戦力というものが使えるようになるわけだ。数の不足はそれで補われる」


 現状でもカルブンクルス家の力を借りることができているが、それではやはり寡兵である。相手は多くの貴族を従え、正規軍の兵士たちをそのまま抱えているのだ。対抗するには準備が必要になる。


「アレクサンドルに従う者たちは、多くは恐怖によって膝を折っているだけのものだ。どちらも士気に大差はあるまいよ。その点で言えば、天下無双とも謳われた私の騎士が先頭に立つのであれば、それなりに味方を鼓舞することはできよう。それだけの軍勢をもって、私は王都に進軍する。目下危険と思しき敵であるのはスカー・フェイス卿やアレクサンドルの側近であるトライト・ジルコンあたりだが、それを理由に我々が不利に陥るとは思わない。我々が王都に攻撃する姿勢を見せれば、相手は防御行動を取らざるを得なくなる。であれば手を読むのも容易くなるというもの。王都には王族のみが知り得る隠し通路も多くある。皆の意識が戦場に向いている隙に、私と精鋭の部隊が城へ向かい、アレクサンドルの首を取る」


 アレクサンドルに近づける状況というのが、それ自体王手とも言える。アレクサンドルを守る者たちを遠ざけるには、意図的に戦場を作り出し、防衛のために奔走させて引き剥がしていくのが一番手っ取り早い。そのためには充分な戦力が必要不可欠だ。


「……なるほど。対等な戦力を揃えるための私、ということですな。確かに戦力があれば、そのような戦略は取れましょう」


 しかし、とヘリオドールは目を逸らした。渋るような態度にアルミナが言いたいことを促すと、憂いがあるのだと主張した。


「我がエスメラルダ領は国境を守る要地。隣国テクタイの情勢が気がかりです」

「テクタイに何かあるのか」

「テクタイは長らくベルゼアとは友好的な関係でありましたが、ここ最近は反王政の気配が強く出てきています。この反王政の派閥を率いている男が厄介でありまして、我々の独自の調査によれば、アストラムとの親交が厚いらしく」

「アストラムか……」


 アレクサンドルはアストラムとの同盟を進め、アストラム人の意見を政治に取り入れる始末だという話も聞く。

(最初に私を捕まえようとしたのもアストラムの兵士であったな)

 アルミナとしては不信感の強い相手だ。テクタイがアストラムとの結びつきを強くするのは、あまり好ましいこととは言えない。それは将来的なベルゼアの脅威になり得る――。




「万が一のことを思えば、このエスメラルダの守りを薄くするようなことはできませぬ。無論、すぐにテクタイが動くとは思いませんが――我々ができるご助力というのも限られます。ご期待には沿えぬやもしれませぬ」




◆◆◆




 この日の会談を終えた後、アルミナはヘリオドールの計らいで相応のもてなしとして食事と風呂を得た。予想より上の待遇であったので、そこにどうにかヘリオドールに付け入る隙があればとは思うが、彼がアルミナが期待するほどの協力を約束できない理由については充分承知しているので、良い知恵はなかなか浮かばない。

 夜、アルミナはルベウスの勧めで、兵士たちが寝ている幕舎へ向かい、アルマンダインに相談した。

「なるほど、容易くはありませんか。テクタイのことは単純に国内が混乱している今、外国のことまでは近隣にしか伝わっていないというところでしょう。僕もこちらについてから聞いたことです。ふうむ。成る程、テクタイの動きが読めないから動けないと」

「アルマンダインよ、何か知恵はないだろうか」

 アルミナから会談の結果を聞いたアルマンダインは、考えるような素振りをした。

「正直なところ、我々にとっての時間は限られているため、配分はよくよく考えねばなりません。具体的に申し上げれば、先日のスカー・フェイス卿の襲撃から考えると、彼が王都に戻って、妨害工作をしたグロシュラを超えてキルミツ城塞へ襲い来るのは、どれほど早かろうと一週間はかかりましょうや。そこから、僕やアルミナ殿下が城塞にいないと知られるまではしばらく追われはしますまい。キルミツの兵士たちも、スカー・フェイス卿らを引き留めるために手を尽くしますから。スカー・フェイス卿が一度失敗していることを考えれば、周到なアレクサンドルのことですから、より戦力を増強しているやもしれませぬが、多少のことで揺らぐキルミツではございません」

「ではどうするべきと思うか?」

「待ちましょう」

「待つ?」

 同席しているルベウスが怪訝な顔をする。待つ、とはまるで何もしないでいるかのような言葉だ。

「僕の予想では明後日辺り――ああ、これは信頼の置ける筋から得た情報をもとにした予測ですが、とにかく、状況は動きます」

「信頼の置ける情報筋……?」

 ここはエスメラルダの地で、キルミツという慣れた土地というわけでもないが、果たして一体どのような相手を指しているのだろう。

 アルミナの疑問は、すぐに解決された。

「アルミナ殿下は恐ろしい方ではありませんよ。いつまでも隠れていらっしゃらずに、出てきてはいかがです。あなたが協力してくれなくては、あなたにとっても都合が悪いでしょうに」

 アルマンダインが促すと、荷物の影になっていた部分から人が現れた。その言葉遣いからして、そこに隠れているというのは一兵卒ではなかった。

 背丈はアルマンダインとさほど変わらぬ――いや、それよりやや小柄な少年である。多少汚れてはいるが、着ているものは絹であり、装飾は金や宝石であった。普段日焼けすることがないのであろう、白い手指には青く血管が透けて見える。瞳は珍しい紫の色を湛えている。

 何より目を引くのは、その服に刺繍されている紋章だ。それが意味するものを、知らないアルミナではない。その身なり、その年齢、他では見かけない目の色からして、彼が何者であるか、わからないはずがなかった――。




「あなたは――テクタイの王子……!」




 つい先ほどまでヘリオドールとの会談で話題に上がっていたテクタイ王国、その王子。

「あ、あの――ど、どうかお願いです。テクタイを……我が祖国をお救いください」

 タウ・ペルセイ・テクタイは随分と緊張した様子で、深く頭を下げた。



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