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尖塔館の殺人  作者:
尖塔館の殺人
7/24

アリバイ調査

 食堂の扉を押し開けると、四つの視線が僕たちに向けられたのを感じた。思わずたじろいでしまうが、白音さんは全く意に介さずさっさと席についてしまう。気まずい空気を感じながら、彼女にならって僕も空いている椅子に座る。

 口火を切ったのは、評論家の矢針さんだった。眼光がいっそう厳しくなっている。

「質問、いいかな? 朝騒々しい音で叩き起こされたと思ったらいきなりそこの執事に食堂に押し込まれたんだけど、僕らにだって何が起こったか知る権利はあると思う。それとどうして君たちがこの場を仕切る雰囲気になってるのかも聞きたい」

 一応は礼儀正しく振る舞っているものの、言葉の端々から昨日は感じなかった反発がびしびしと伝わってくる。

「ま、当然の疑問ですね。ご心配なく、ちゃんと説明しますから。

 ではまず、第一の疑問の方から――今朝、この館の主人である塔野昭一さんが、死体で発見されました」

 ざわり、と。

 その場にいた、僕らと桐生さんを除く四人の間に動揺が走った。しかも、全員がその意味を正しく理解している。彼らの脳にその言葉が浸透するのに、ほとんどタイムラグはなかった。

 ただ、僕だって今までこういう現場に立ち会ったことは少なからずあるが、少し反応が違う――皆、動揺してはいるものの、その目に驚きの色はほとんどない。

 まるで、これまでにも幾度となく同じような状況を経験しているかのように。

「そしてこれは先程の答えにも密接に関係してくるのですが、第二の疑問に対する答え――それは私が探偵で、そこの比嘉さんが警察官だからですね。嘘をついていたことは謝ります」

 ぺこりと頭を下げる白音さん。しかし他の人たちの困惑はますます強くなったようで、いったんは矛を収めたらしい矢針さんが、

「探偵と刑事、ってことは、何らかの捜査に来ていたのかな? この中の誰かがヤバいことに手を染めていたとか」

「いえ、そういうわけではありませんよ? ただ単に塔野さんが、いわゆる名探偵(、、、)であるところの私に興味をお持ちになって、ご招待くださっただけです」

 人から毒気を抜くことに関しては天下一品の白音さんだが、今回ばかりは言葉の選択を間違えたらしい――場の空気が、一瞬で尖った。

「名探偵、名探偵ね……じゃあ、ひょっとして君が、ここで犯人を指摘してくれたりするのかな?」

「ええ、そのつもりでいます」

 さながら風に揺れる柳のような白音さんに若干戸惑っていた矢針さんだったが、その言葉を聞いてさすがに表情が固まった。

「……しかし、そのためにはまず、皆様が昨夜何をしてらしたのかの確認を取らなくてはなのでして。まさか、ご協力いただけないなどと言う方はいらっしゃいませんよね?」

 この流れで断れる人などいまい。天然に見えて、白音さん、意外と策士だった。




「しかし、その前に現場の状況をご説明しておきます」

 懐からメモ帳とボールペンを取り出す白音さん。ページを一枚破り、その上にさらさらと現場の略図を描く。

「だいたいこのような感じでした。

 現場は南西の塔の一番上の部屋、普段塔野さんが日常的に使ってらした部屋だそうです。もちろん発見時、ドアの鍵は開いていました。

 死体は部屋のほぼ中央に、首と胴が切り離されて転がっていました。胴は仰向け、首は切断面を上にして比較的近くに転がっていましたね。多量の出血がありましたが、一般的な首切り死体と比べて少し量が少ないように思われるので、死後少し時間をおいて切られた可能性もあります。ただ、二時間以上あとということはないでしょう。塔野さんを昏倒させるために使った鈍器は現場に残っていたライトスタンドのようですが、首を切断するために使用した刃物はあの部屋には残されていないようでした。切り口が荒く切断に時間がかかった様子であることと切断面が斜めになっていることから、硬度の高い物を切断するための刃物ではなさそうですが……。

 また死亡推定時刻は、昨日二十三時の前後二時間ずつと思われます。ですから皆さんには、その周辺のアリバイを証言して頂きたいのですが……ではまず矢針さん、どうぞ」

 敵意をぶつけられまくったことに対するささやかな意趣返しでもあるのか、一番最初に矢針さんを指名する白音さん。対する矢針さんの方は既に落ち着きを取り戻しており、苦笑いしながら口を開く。

「昨夜の行動と言われてもね……昨日の夜九時から今日の一時だろう? そんな時間帯にアリバイがある人間の方が珍しいと思うが」

 そんな時間帯にアリバイがある珍しい人間の僕は、あまり目立たないように縮こまる。

「昨日の夜八時くらいだったっけ? 夕食が終わって、みんな揃って食堂を出たよね。俺はそこの緋桂さんや君と一緒に、北通路を通って東館の自分の部屋に戻った。十一時くらいまで部屋にある本を読んで、その後寝たよ。面白いのが半分、興醒めなのが半分ってとこかな……まあ本の内容を言ってもアリバイにはならないだろうけど。ともあれ俺は、食事のあとずっと一人でいたからアリバイ無しってわけだ」

「そうですか。怪しい物音などはお聞きにならなかったので?」

「全く。それに、棟が違うからそんな物音がしたとしても聞こえないんじゃないかな。凶器が拳銃だって話でもない限りは」

 慌てて僕も手帳を取り出し、メモを始める。細かい条件は書くのが追いつかないので、とりあえず『矢針さん アリバイ無し』と書きつける。慌てている僕とは対照的に、微動だにしない白音さん。記憶力は良いとか何とか言っていたような……。

「では次、緋桂さんです。お願いします」

「私も、アリバイはないですね……だいたい、矢針さんと似たような感じです。食事が終わった直後に自分の部屋に戻って、持ってきたノートパソコンで原稿書いてました。今度出す四作目で、ログは残ってると思うんですけど、それは証拠になりませんしね。寝坊するつもりで今朝の三時くらいに寝たので、まだ眠いんですけど……」

 手帳に、『緋桂さん アリバイ無し』と書く。パソコンのログくらいなら僕でもいじれるしね。

「そうですか。では最上さん」

「実は私は、矢針さん言うところの『そんな時間帯にアリバイがある珍しい人間』の一人でね。そこの比嘉さんと、今朝の二時まで図書室でボードゲームに興じていたんだ」

 本当ですか、と白音さんに目で問われたので頷きを返す。そしてどうやら最上さんも僕と同じことを考えていたようだった。

「どちらかが長時間席を立ったというようなことは?」

「なかった。トイレに行くくらいはあったけど、三分とかからなかったし……だよね?」

「はい。さすがに、生きてる人間を殴って首切って後始末して帰ってくるのに三分は無理です」

 自分のアリバイもかかっていることだし、積極的に弁護。警護の刑事が当の探偵に『犯人はお前だ!』と言われるなんて笑えない。

「その後は、部屋に戻ってすぐ寝たよ。比嘉さんは?」

「僕も、最上さんと部屋の前で別れてからすぐに寝ました」

「なるほど、最上さんと比嘉さんは鉄壁のアリバイありと……ちなみに私は、夕食後すぐ部屋に戻ったのでアリバイと呼べそうなものはありません。では次、桐生さんです」

 意外なほどあっさり引き下がる。心の中で『このアリバイ、絶対に崩してやるー!』とか思ってるんじゃないだろうな……などと考えてしまうのは、まだ僕があまり白音さんのことを信用できていないからなのだろう。

「わたくしですか。食堂を出た後、九時ごろまで夕食の後片付けと今朝お出しする予定だった朝食の準備をしておりました。九時になって、本日塔野様が開催されるご予定だった推理イベントの道具などを取りに南通路を通って東館へ」

「なぜ南通路を? あそこは『不具合が発生』したので扉を閉鎖して通行禁止だったのでは」

「まず第一に、塔野様に紅茶をお運びしなけらばならなかったからです。

 第二に、不具合の具合を詳しく調べるためでございます。何も階段が崩落したというわけではございませんので、不具合の個所を知っている私は通ることができます」

 生真面目そうな外見同様、嘘がつけない人らしい。自分の不利になることは黙っていればいのに……と、警察官の立場ながら少し同情してしまった。これが課長やみんなに『お前は頭の中身があまり警官に向いてない』と言われるゆえんだろう。

「ということは、桐生さんはこの館のすべての扉の鍵をお持ちなわけですね?」

「はい。その後、東館一階の空き部屋に置いてあった道具類をコンテナケースに詰めこみ、玄関扉を通って西館へ戻りました」

「玄関扉には、常時鍵が掛かっていますか?」

「はい。昨日通る際も、開錠と施錠を通常通り行いました」

「では、やはり北通路からですか……ところで桐生さん。そのコンテナケース、今どこに?」

 ぽつりとつぶやいた後、白音さんは何か思いついたようだった。

「隣の厨房においてあります」

「中身を見せていただくわけには?」

「問題はございませんが」

 そう言って桐生さんは立ち上がり、厨房へ続く扉へ消えた。しばらくして、ごろごろという音と共にコンテナケースを押しながら戻ってきた。車輪がついているからいいものの、なかなか重そうだ。手で持ち上げることなどできようはずもない。

 高さが一メートル、長さが一メートル半くらいのかなり大きなコンテナケースで、これなら大抵のものは入りそうだ。今僕が座っている椅子だって余裕で入るだろう。

「それでは中身を拝見」

 ケースのふたを開けて、中身を物色し始める白音さん。これでもない、これでもないと鍋やら何やらをコンテナから出し始める。

「白音さん、ちょっと……」

「あ、あった」

 そう言って白音さんは――コンテナケースから、あるものを取り出した。


 赤黒い血の付いた、大きなノコギリを。


「ちょ、し、白音さん、それ……」

「どうも、これが凶器のようですね。桐生さん、このノコギリはケースに入れておいたものですか?」

「……はい。推理イベントで使うためのもので……」

「なるほどなるほど。つまり、犯行の大まかな流れを整理してみると、こんな感じでしょうかね。

 鍵を持っていた桐生さんが犯人でないとすると、犯人は互いにアリバイが証明できる比嘉さんと最上さん以外――私も含みます――の内の三人。犯人は唯一通行可能な北通路を通って塔野さんの部屋に行き、ライトスタンドで殴って昏倒させる。その後、厨房に運び込まれていたコンテナケースからノコギリを取り出して……」

 待て。

 違う。その推理は間違っている。

 そう口に出そうとした瞬間、

「白音さん、それは無理なんだよ」

 どうやら同じことに気づいたらしい最上さんが、待ったをかけた。

「無理? どういうことでしょう」

「北通路を通って、と言ったよね。けど、犯行が行われた時間帯、私たちは図書室にいたんだ。そして図書室から階段につながる通路には扉がない」

 白音さんの顔から、さっと血の気が引いた。

「それは、つまり」

「犯行のあった時間帯、私たちが、西館に出入りする人間を見逃したはずがないんだよ」

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