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尖塔館の殺人  作者:
尖塔館の殺人
5/24

歓迎

 入ってきたのは、まあ初老と言って差し支えないだろう年齢の男性二人だった。

 一方は、白音さんや緋桂さんほどではないにせよ平均よりは身長が低く、柔和な顔立ち。こんな館の中でなければ、『近所のおじさん』といった形容がぴったりだ。

 もう片方は、対照的に背が高い。細身な体と厳しい眼光からは、何か格闘技の経験でもありそうな雰囲気が感じられる。

 さっき、最上さんが『揃った』と言ったのはおそらく『招待客全員が揃った』という意味だろう。つまり、さっき最上さんが入ってきた時点でこの部屋にはすでに招待客(ゲスト)全員が揃っていたはず。ということは、彼らは招待主(ホスト)の側なのだろう。そう思って見れば小柄な男性は仕立ての良さそうな服を着ていて、細身の男性は彼の後ろに影のように控えている。主人と執事という見立てで間違いはなさそうだ。

 主人らしき男性が両手を広げ、口を開く。

「皆様お揃いのようですね――ようこそ、尖塔館へ。

 私がこの館の所有者、塔野昭一です。こちらは執事の桐生くんです」

「桐生宗也です」

 折り目正しいという言葉がしっくりきそうなお辞儀をする執事――桐生さん。

「今日は、私の勝手なお願いでこんな辺鄙な場所までご足労頂きありがとうございます。三日間の滞在をお楽しみください。

 今から、桐生くんが部屋まで案内いたします。またほかにも、分からないことなどありましたら彼に聞いてください」

 手短に挨拶らしきものを述べた後、主人の塔野さんはさっさと食堂から出て行ってしまった。あまりそういった口上が得意なタイプでもないのだろう。僕だって苦手だ。

「では皆様、こちらへ」

 続いて桐生さんも回れ右をして入口へ。ただしこちらは、僕らを部屋まで案内してくれるつもりらしい。いつだったか、執事の条件は必要最低限以上にしゃべらないことだと聞いたような気がするが、彼を見ているとなるほどそうかもしれないと思えてくる。

 食堂を出て、左へ曲がる。と、そこで彼は立ち止まり左手の方を示して、

「南通路は、南東の塔の階段に……少し、不具合が発生しましたので、二階から上へつながる階段部分は扉で塞いであります。西館と東館を行き来される場合は、南通路はご使用になれませんのでご注意ください」

 と、きびきびとした声でそれだけ言って、また歩き出した。なるほど、南通路は使用不可と……頭の中に思い浮かべた見取り図の南通路部分に、赤で大きくバツ印をつける。

 突き当りの北西の塔の階段を、六人の人の列がぞろぞろと上る。一周ほど回ると二階に着いたが、桐生さんは立ち止まらずさらに上る。

 三周ほど回ったところで、ようやく最上階についた。見取り図にはここを三階と書いてあったが、実質四階か五階くらいの高さがあるだろう。『だろう』と言ったのは、この北通路には全く窓がなかったからだ。窓があると、窓掃除の時に外に出るのが危ないからだろうかなどと考えつつ通路を進む。

 北東の塔まで歩くと、今度は先程とは逆に下り始める。やはり二周か三周ほど回ったところで二階部分に降り立った。そこで桐生さんは階段から廊下に出、僕らが全員二階に足をつけるのを見てから、

「こちらが皆様がお使いになる部屋でございます。順番は、手前から順番に最上さま、矢針さま、緋桂さま、比嘉さま、白音様でございます。

 また、室内にあるものはすべてご自由にお使いになって結構です。またバスとトイレは全室に備え付けております。お困りのことがございましたら何なりとお申し付けください。

 また、夕食は午後七時からでございます。先程の食堂へお越しください」

 と、ホテルの従業員みたいな台詞をすらすらと述べた。そしてさっきと同じくくるりと回れ右をして、階段を上がって行った。


 桐生さんの姿が見えなくなると、それが合図だったかのように、皆一斉に自分にあてがわれた部屋のドアへ向き直った。ドアノブの下にはご丁寧に鍵が差さっていたので、それを抜いてからドアを押し開ける。最近のホテルのようにカードキーでこそないものの、存外しっかりしたつくりである。全室にバス・トイレも完備と言っていたから、もともとこの五部屋は客室として作られたものなのかもしれない。

 部屋の内装は、築数十年とは思えないほど清潔感にあふれており(きっと桐生さんが念入りに掃除をしてくれたのだろう。ご苦労様です)、東側の大きな窓からは奥深い森が一望できた。来たときは分からなかったが、どうやらこの館、ここら一体の平均標高よりも少し高いところに立てられているらしい。これなら、行きに通った道が何かの弾みで通れなくなって陸の孤島(白音さんに教えてもらった言葉だ)になっても狼煙を炊けば麓の村にすぐ気づいてもらえそうだ、と物騒な考えが浮かびかけてぶんぶんと頭をふる。そんな不吉なことが起こってなるものか。


 と、突然背後から甲高い音が鳴り響き始めたので僕はびっくりして飛び上がりかけた。見れば、壁際に置かれている電話機と思しき物体が盛んにリンリンと音を鳴らしているのだ。恐る恐る受話器を取ると、

「もしもーし、比嘉さーん! やっほーでーす! 元気ですかー!?」

 と、めちゃくちゃ元気そうな白音さんの声が響いてきた。どうやら内線電話だったらしい。

「……元気でーす」

「あれー? あまり元気がないですね。どうしました? そちらへ行きましょうか?」

「結構です」

 受話器を置く。疲れがさらに溜まったような気がした。

 さて、とりあえず荷物を解こうかな……。




 その後、七時になって全員で食堂へ向かい、食事をしてから一時間ほどで解散した。ちなみに、僕などは名前も知らないような料理だったがとてもおいしかった。桐生さんは料理もできるらしい。

 しかしその最中に招待主の塔野さんが語ったことがなかなか(白音さんの)興味を引く内容で、彼女は「明日に備えてぐっすり寝なきゃですね!」とぴょんぴょん跳ねながらちゃっちゃと部屋に帰ってしまった。なんにせよ良い子が早く寝るのは奨励されるべきことだと思うのだが(まだぎりぎり成人していない緋桂さんも白音さんについていったようだった)、あいにくと悪い大人である僕は夜更かしをすると決めた。あまり早く部屋に戻ってもやることがないので、東館へは戻らず娯楽室か図書室で時間をつぶすことにしたのだ。

 しかし同じようなことを考える人はいるもので、二階へ上がると図書室には既に最上さんの姿があった。天井までの高さがある本棚から数冊の本を抜き取っていたが、僕に気づいて「どうも」と軽く頭を下げてくれた。僕も挨拶を返す。

「さっきの食堂での話から分かっていたことではあるけれど、塔野さん、なかなか推理小説が好きみたいね。ここのコレクション、すごいよ」

 言いつつ、手に抱えていた数冊の本を軽く振って見せる最上さん。どうやら貴重な本らしい。

「まだ寝るには早いと思ったからここでしばらく時間をつぶそうと思ったんだけど……比嘉さん、あなたも?」

「ええ。図書室か娯楽室に暇つぶしがないものかと思って」

「そっかそっか。……じゃあ、何かボードゲームでもしない? 本を読むつもりだったけど、せっかく二人いるんだから」

 そう言って抱えていた本を近くのテーブルに置き、すたすたと娯楽室との間の扉へ向かう最上さん。最初に食堂で見たときにもフランクな人だと思ったがまさにその通り。

 それはそうと、この部屋、階段へ通じる通路に扉がないので風通しがよくて気分がいい。


 やがて、彼女は両手にオセロやら将棋やらチェスやら、ボードゲームと呼ばれるものを一通り抱えて帰ってきた。

「どれがいい?」

「そうですね……将棋とかチェスは、あまり駒の動きを覚えてないのでオセロでお願いします」

「オッケイ」

 残りのボードゲームをさっきの本の横に置き、箱からオセロ盤を取り出す最上さん。石も一緒に入っていたようで、手際よく真ん中に四つ並べていった。

「先手は譲るよ」

「では。……先手が白でしたっけ」

「確かね」

 後で調べたら黒だった。二人とも間違っていた。

 ともあれ、最初の白石を打つ。パチン。ひっくり返す。パチン。ただ最初の方は打ち方が自ずと決まってくるのでここで実力が見えるということはないだろう。最上さんも迷わず黒石を打つ。パチンパチン。

「……ところで、最上さん」

「何?」

「お名前のことなんですが」

 この館にはよくよく変なペンネームの人間ばかり集まっているものだ、と思ったのだが。

「あの二人と違って、母親が付けたれっきとした本名よ」

 地雷を踏んだかもしれない。

「すみません」

「謝ることないよ、有栖川有栖みたいで結構気に入ってるし」

「はあ」

 誰だったっけ。白音さんがロジックがどうのと言っていたような気がするが。

「あ、さてはあなたあまり推理小説を読まない人でしょ」

「そんなことはありませんよ。小学校の時分はホームズとか怪人二十面相をよく読みました」

「それは普通だと思う」

「そうですか」

 ただ、最近は白音さんに勧められた古典なども読んでいる。言わなかったのは、下手にそういうことを仄めかすと喰いついてきそうだったからだ。

「まあ私もそこまで読んでるわけでもないけどね。それこそ塔野さんは、マニアの中のマニアだと思う」

「まあ……自分の七十五歳の誕生日パーティーに、何でしたっけ……『犯人当てクイズ』をやるってんですからね」

「ふつうはホテルなんかでよくやることなんだけどね。ただまあ、雰囲気というか、舞台はバッチリかな」

「館、ですか」

 いつの間にか、盤面の黒の割合が多くなってきている。巻き返すために一気に取れるところに打つ。

「そ。あなたたちが来る前に桐生さんから聞いたんだけど、十年くらい前に推理作家が一人で来たことがあるんだって」

「推理作家、ですか。緋桂さんじゃないですよね」

「年齢が合わないからね。桐生さんは名前を覚えてないみたいだけど、九州かどこかのお寺の家の人で、折り紙を折るのが趣味らしかったって言ってたから多分あの人じゃないかな、って私は見当つけてる」

「はあ……」

 白音さんに話せば知っているのかもしれないが、あいにく僕はそこまで詳しくない。

「あなた、本当に推理小説読まないのね……まあいいか。この館がそうかどうかは、何も言わなかったみたいだし……」

 後半は、半ば独り言のようにつぶやく最上さんだった。何かいろいろ思い当たることがあるのかもしれない。

「……まあ、十何年前の埃をかぶった話なんか忘れて今のこのゲームに集中しよう!」

「そうですね」


 ちなみに、最終的には僕の圧勝だった。その後夜中の二時くらいになってお互いが自分の部屋へ引き上げるまで、桐生さんが持ってきてくれたお茶を飲んだりゲームを変えたりいろいろ工夫してみたが一度として最上さんが勝つことはなかった。僕が格段に強いわけではないので、たぶん最上さんが格段に弱いのだろう。

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