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尖塔館の殺人  作者:
尖塔館の殺人
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顔合わせ

 所有者の名前が『塔野』だから『尖塔館』なのか、それとも両者の間には因果関係などないのか。まさか尖塔館という館を作るから所有者の名前が塔野である、というようなことではないだろうが。


 ともあれ、それからさらに十分ほど歩いたのちに到着した件の館――尖塔館を見て僕は、なるほど確かにそう形容するしかないと思った。

 うっそうと生い茂る森の一角を切り開いて作った敷地に、それは建っている。敷地の西側と東側に並行して建っている二棟の二階建ての細長い建物と、それぞれの両端に天を衝くように建っている高さ15メートルほどの四本の尖塔。普通の建物なら四階から五階ほどの高さに相当する部分では、西側の建物と東側の建物を結ぶ渡り廊下が二本ずつ架かっていた(『尖塔館平面図』参照)。

 ベージュ色の外壁と緑色の屋根は、何となくイギリスのファンタジー小説に出てくる魔法学校みたいな印象を受ける。そう白音さんに話すと、

「いやぁ……事前に調べたところによると、この館、建てられたのは1970年代らしいですからね。どう考えてもこっちの方が先でしょう」

 と返された。名前にもついてる尖塔とか結構似ていると思うのだが、白音さんがそう言うのならそうなのだろう。

「ともあれ、中に入りませんか比嘉さん。東京と比べると涼しいですが、私も何時間も山歩きをして疲れました」

 などと言う割には、白音さんはすこぶる元気そうに見える。とはいえ僕が疲れているのは確か過ぎるほど確かなので、一も二もなく賛成した。事前に届いていたという招待状にはご丁寧に館の見取り図が同封されていたので、それによるとどうやら入口は二棟に一つずつ、内向きについているようだ。招待状をしまって、中庭らしき方向へ足を向けると両側に木造の扉が見えてきた。

 二つの建物に挟まれた中庭の中央には、小さいながら花壇が設置されていて色とりどりの花が咲いていた。きっとこの館に住んでいる人たちは、一年中あの花を飽きることなく眺めているのだろう。

 ともあれ、白音さんと一緒に両開きの木造扉を引き開ける。山奥に立っている摩訶不思議な館というくらいだからあまり居心地のいい建物ではないと思っていたのだが、中の空気はすっきりとしていて四十年も前に建てられたとは思えない。リフォームをしたのかもしれない。

 入ってきた扉を閉める時に一瞬、反対側の建物のひさしの下に一台のバイクが停めてあるのに気付いた。


 僕たちが入った建物――見取り図によると『西館』らしい――の廊下を進むと、扉の開いている部屋があった。のみならずその部屋には電気が点いていて、しかも中からは人の話し声が聞こえてくる。

「――だから、このご時世で『名探偵』などというものを職業として標榜しているような輩を出すのは非現実的ではないだろうか」

「確かに私もその意見には賛成です。一時期、名刺や表札にまで『名探偵』と書くキャラなんてのもいましたからね」

「子供向けだからといって、あれは酷かった。……とはいえ、俺は別に本格物全般が嫌いってわけじゃないんだよ。嫌いなのは現実にありえないキャラ設定の名探偵や建築基準法を無視した館、殺人というリスクと絶対に釣り合わないおかしな動機なんかだ」

 漏れ聞こえてくる会話は、どうやら推理小説のありように関する話らしい。何もこんなところまで来てまで……と思ったが、それより困るのは白音さんである。何しろこの会話、白音さんの存在意義を真っ向から否定するものだからだ。確かに警視庁が協力を仰ぐ素人女子高生探偵眼帯付きなんてキャラはなかなかお目にかかれない。

 しかし白音さんは相変わらずの笑顔である。なんか存在全否定されてますけど気にならないんですかと聞くと、

「んー、まああの人達が議論してるのはあくまで『推理小説』に関してですから。それに世の中いろんな意見があるってことはすてきなことだと思いますし、別に気にしませんよ」

 という答えだった。なかなか人間ができている、ぜひその調子で僕にも迷惑をかけないでほしいものだ。

 しかし、ふと気がつくと白音さんは僕のそばを離れて件の部屋に入っていってしまった。慌てて僕も後を追う。


 入った部屋は一台の長テーブルとその周りに椅子だけが置かれていて、どうやら食堂のようだった。そして椅子には二人の男女が腰かけている。

 男の方は三十代後半といった感じで一見穏やかそうな風貌だが、目が油断していない。議論などは間違ってもしたくないタイプの人間だ。

 対する女性の方は白音さんと二つか三つくらいしか違わない、大学生くらいの人だった。違いは眼帯の有無と服装くらいで(白音さんはなぜだか学校の制服できている)、身長の低さなどはかなり似通ったところのある二人である。

「どうも、白音といいまーす」

「ボディガードの比嘉です」

 二人そろって挨拶をする。ちなみに、遠出先で事件が発生しない限り身元を明かしてはならないとされているので、白音さんは資産家の令嬢、僕はそこの家に雇われたボディガードという設定だ。白音さんはそれなりに容姿が整っているので、おとなしく座っていればお嬢様に見えなくもない。対する僕は上背こそあるもののあまりボディガードらしからぬ体格である。警察学校で一通りの体術は学んできたのでそこで疑問を持たれることはないとは思うが……。

「ああ、どうも。俺は小説評論家の矢針(やはり)(むしろ)

「推理作家の緋桂(ひかつら)(ひいらぎ)です」

 二人の方も、立ち上がって挨拶をしてくれる。目の鋭いほうは評論家か……道理で。

「えーと……矢針さんに、ひかつらさん、ですね?」

「はい、緋桂です」

「やった、本物だぁ! ……あ、あの、いつも楽しく読ませていただいています! 特に先月刊行された『霜降』は主人公の映画部員ならではの発想に納得させられました!」

「ど、どうもありがとうございます」

「そこでですね、つきましてはこれにサインを! サインをお願いします!」

 作家と名乗った女性――緋桂さんに喰いつかんばかりの勢いで迫る白音さん。どうやら愛読している本の作者だったようだが、あの積極性はもう少し自重した方がいいのではないだろうかなどと思う。

「……何だい、彼女は?」

 一人ぽつんと取り残されていた矢針さんが、遠慮がちに尋ねてくる。

「ああ、彼女、Y**財閥の令嬢なんです。僕はそのボディガードでして」

「へぇ……」

「あの作家さんとは、一緒に来られたんですか?」

 ずいぶん親しげに話していたから知り合いなのかと思ったが、答えは

「いや、彼女とは今日知り合ったばかりだ。たまたま着いたのが同じ時刻で、話をしていたら趣味が似ていることに気づいてね」

 だった。

「ところで、そのお名前は……」

 ぶしつけな質問だとは思ったが、あまりに変な名前だったのでつい聞いてしまった。さいわいあまり気分を害することもなく、

「いや、これは何というのか、ペンネームみたいなもので。作家でもないのにペンネームってのも変な話だが。あちらの作家さんもペンネームらしいよ」

「そうなんですか?」

 と、慣れない様子で白音さんのメモ帳にサインをしている緋桂さんを見ながら聞く。

「うん。本名は……冬木(ふゆき)平子(ひらこ)さんとか言ったかな。地味過ぎてあまり好きじゃないからペンネームの方で呼んでほしいと言われたが」

「そうですか」

 部屋の反対側では、ようやくサインを書き終わった緋桂さんと白音さんが握手をしていた。

「ところで矢針さんは――」

 と、僕が矢針さん自身の職業に関して質問をしようとした時。

「あれ、揃ったの?」

 と、食堂の入り口から女性の声が。

 振り向くと、僕と同年代のラフな格好をした女性が立っていた。

「……二人か。じゃ、全員揃ったのね――私、最上(さいじょう)最上(もがみ)。絵を描いたりして生計を立ててます」

 髪は長めで、身長も女性にしては高く170センチほど。僕よりは低いが、矢針さんと同じくらいだ。

「絵描きさん、ですか」

「ええ。絵以外にも立体とか作ったりもしてるし、たまに創作意欲が湧かないときは近所のコンビニでバイトしたりもしてるけど一応絵描き」

 本人は何でもない事のようにさらっと言っているが、今時そういった分野で食べていけるというのはもの凄い才能があるのだろう。僕みたいな一介の公務員にはよく分からないけど。

「……で、あなたは?」

「あ、はい。比嘉司と言います。あそこにいる――」

 部屋の片隅で緋桂さんと話している白音さんを手で示し、

「――白音紅音さんのボディガードとしてここにいます」

「へぇ。彼女、大企業の社長さんの一人娘とか?」

「はい、そのようなものです」

 嘘をつくというのはとてもとても心が痛むものだ。

「へー……何でだろ」

 ぽつりと最上さんが呟いたが、何が『何でだろ』なんだろうか。

 しかし、僕の思考はそこで中断された。


 またもや別の人物が、食堂に入ってきたからだ。

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