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尖塔館の殺人  作者:
尖塔館の殺人・解決編
22/24

犯人確定の補足

 その言葉を聞いて、緋桂さんがゆっくりと立ち上がった。すわ抵抗する気かと一瞬身構えたが、しかし彼女は案外落ち着いた声で、

「どうして、そんなことを言うんですか? 今の話は、憶測と妄想と論理の飛躍だけで構成されています。そんなもので、私を犯人とされても困るんですが」

 と言ってのけた。

 そうだ、よく考えてみれば、白音さんは矛盾のない答えを一つ導いただけであって、緋桂さんが犯人であるという具体的な証拠は何も出していない。首切りだって他の可能性があるのかもしれないし、それに例えば、第三の殺人の件――あれに関して白音さんはまだ、『矢針さんが第一・第二の殺人における犯人でなかった』ということを証明していない。あの点において白音さんが間違っていれば、犯人は緋桂さんではなくすでに死亡している矢針さんということになる。

 と、思ったのだが。

「よろしいでしょう。そこまでおっしゃるのなら、先ほどの話の穴を埋める補足をいたしましょう。……ここまでで認めていただければ、私としても嬉しかったのですが」

 白音さんはしかし、堂々とした態度でその挑戦を真っ向から受けた。

「ではまず、どうして私が緋桂さんをあやしいと思ったかからお話したいと思います。

 そもそも第二の殺人で、犯人は緋桂さんの部屋から逃走したことが明らかになっています。わざわざ犯行現場のドアからではなく、隠し扉を通って隣の部屋から逃げたことに関して、私は比嘉さんに『再重要容疑者のいる部屋から出てきたのを偶然見られでもしては怪しまれるから』という説明をしましたが――しかし緋桂さん以外の人が犯人だったとして、その人が緋桂さんの部屋から出てくるのを見られた場合もまた、面倒なことになると思いませんか? その時点では何とかごまかせたとしても、翌朝死体が発見されれば何をしていたかは一目瞭然です。そんな危険を犯人が冒すものでしょうか? そう考えて私は、ひょっとすると犯人は、緋桂さんの部屋にとどまっていて、もしくはそこから出てきても全くおかしくない人――つまりは緋桂さんが犯人なのではないかと思ったのです。まあその時点ではこれはただの疑念以上のものではなく、推理にはあまり影響を及ぼさなかったのですが……決め手はやはり、第三の殺人でした」

 ここで白音さんは、一つ息をついた。緋桂さんを見ると、先ほどの無表情とは違って、眉根を寄せて不安そうな表情で白音さんの謎解きを聞いている。

「そもそも、第三の殺人では加害者と被害者が逆転していたことからも分かる通り、犯人にとってはイレギュラーな殺人だったわけです。そしてこういうイレギュラーな事態にこそ、推理の糸口があると私は思っています。

 先ほどの説明では、私は矢針さん犯人説を完全に否定していません。そこについての補足を今から行います。

 では、もし、矢針さんが第一・第二の殺人の犯人であったと仮定して……そうすると、おかしなことがいくつも出てきます。まず、もみ合いの際に矢針さんを刺してしまった人物。その人は、そこまでの時点では何ら罪を犯していないわけですから、正当防衛――まあ結果的に殺しているので過剰防衛かもしれませんが、ともかく普通の殺人罪よりは軽いでしょう。刺してしまったその時は驚いて自室に帰ってしまったとしても、次の日死体が見つかったときになぜ名乗り出なかったのか? 黙っていれば、第一・第二の殺人も自分の罪にされてしまいます。それなのに名乗り出ないのは、これはどうしてでしょうか」

「逆かもしれないよ。名乗り出たことによって罪が着せられることを恐れたのかもしれない」

 そう言ったのは、最上さん。

「いいえ、それもありません。もしそうであったとしても、さっき私が『矢針さんを刺した人物は、第一・第二の殺人の犯人ではない』と言った時点で名乗り出てしかるべきです。あの時点では、もはやその人物の無実は証明されていたのですから。

 それに、おかしなことはもう一つあります。少し前の話と重複する部分もありますが――矢針さんが犯人だったとして、彼はなぜナイフを使わなかったのか? ということです」

 あ、と声が出たのは僕の口からか、それとも最上さんの口からか。

「先ほどは、これまでナイフを使わなかったことでナイフの持ち主と矢針さんを刺した人物が別人であるということが分かったわけですが、これがそのまま矢針さんにも適用できます。つまり、ナイフを使わなかったことにより、彼もまた第一・第二の殺人の犯人ではありえないのです」

 つまり、さっきの時点で、矢針さんが犯人じゃないことは証明されていたも同然だったわけだ。

「……では、あまり話したいことではありませんが、矢針さんが凶行に及ぼうとした、その動機もお話ししましょう。

 矢針さんがなぜか――まあ理由は分かっているのですが――私とだけはあまりそりが合わなかったのは、皆さん覚えてらっしゃると思います。特に昨日は、顔も合わせたくないと言わんばかりでした」

 一人大きく、うんうんとうなずく最上さん。僕と緋桂さんが何のリアクションもしていないのを見て、慌てて前に向き直る。

「つまり、矢針さんは私のことをかなり敵視していました。憎んでいたと言ってもいいでしょう。だから、私は矢針さんが誰かを殺害しようとしてその結果返り討ちになった――ということに気づいた時、少し驚いたんです。おかしな話ですが、殺そうとするなら私じゃないのか、と。

 もちろん、相手に余計な警戒心を抱かせないためわざと私にだけ敵意を向けていた、という可能性も考えられますが……しかし、ここであの日の緋桂さんの服装を思い出してみてください。もちろん細かいところは違いますが、色合いとしては私と全く同じでした。もうここまで言えばわかりますね――つまり矢針さんは、暗い廊下で、私と緋桂さんを間違えたんです」

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