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尖塔館の殺人  作者:
尖塔館の殺人・解決編
20/24

第二、そして第一の殺人に関して

「とはいえ第二の殺人の方は、犯人は誰か、そして動機は何かという部分を除いては特に不審な点はありませんでした」

 話しながら、部屋の中を歩き始める白音さん。

「まあ何も考えないというのもいささか気分の悪いものですので、動機面から攻めてみましょう。

 あの時点で桐生さんは、客室の隠し扉を除けば誰にも手出しができない状態で、かつ誰かに何かを話すこともできない状態でした。なのにどうして、犯人は桐生さんを殺害したのか。

 この問いにおける答えは簡単です。桐生さんが、犯人にとって都合の悪いことを知っていて、かつ、それを関係者全員の前で話してしまったからです。

 もちろん警察が調べればすぐにわかるようなことだったとしても、閉鎖状況下にあるここで話されるのはまずかった。なぜなら、その時点で自分に疑いをもたれると非常に不利になるからです」

「なぜです? いつの時点で疑いをもたれようと変わりはないでしょう」

「変わるんです。なぜならその時点では、まだ後処理が完了していなかったから――すみませんが、最上さん。少し最上階の塔野さんの部屋まで行ってきていただけますか。面白いものが見れる、ああいや、見れないと思います」

「……なぜ私? よくわからないけど、まあいいよ。行ってこようじゃないの」

 相変わらずの軽いフットワーク。指名の理由は若干知りたそうだったものの、特に理由を聞くこともなく食堂から歩いて出て行ってしまった。

「何かあるんですか? 上に」

「いいえ」

 首を横に振る白音さん。

「何もないんです」

 それから待つこと数分。出て行ったときとは反対に、息を切らせて最上さんが駆け込んできた。

「白音さん、ないよ! 塔野さんの死体が!」


「つまりそういうことです。

 犯人は、おそらくは一昨日の晩――桐生さんが殺害されたのと同じ夜ですね――の段階で塔野さんの死体を処分しました。二つのことを同時にしなければならないわけですが、まあ桐生さん殺しの場合は三十分もあればできますから残りの何時間かを死体処理に割くことができますね。

 理由はこれまた簡単です。あの死体に、すこし見ただけでは分からないけれども、司法解剖で犯人が一目瞭然となってしまう何かがあったということでしょう。これはとりもなおさず、なぜ首を切ったかという問題にもつながります」

「白音さん」

「何でしょう、比嘉さん」

「なぜ犯人は、わざわざ一昨日の晩にそれを? そんなことをしなくても、殺害した晩にやればよかったじゃありませんか」

「ダメなんです、それでは。あの晩は、雨が降っていました」

 何かまずいのだろうか?

「雨が降っていると、死体を焼けないんです。

 そこらの森に埋めただけでは、ひょっとしてあとからやってきた警察が発見する可能性があります。だから、そうなってもいいように犯人は死体を燃やし尽くす必要があった――灰になってしまえば、さすがに検死などできませんからね」

 と、最上さんが手を挙げた。

「さっきから検死されるとまずいって言ってるけど、いったい何がまずいんだい? そこのところを話してくれないと、妙に話が分かりにくくて仕方がない」

 これには僕も賛成である。何もわからないときより、白音さんは分かっているのに僕らが分からないというこの状況は結構きつい。

 それを聞いた白音さんは、一つうなずいた。

「ではお話ししましょう。

 古今東西の推理小説、そして数々の不可解な事件においては、首を切られた死体というのは頻繁に登場する道具立てであります。そしてそのほとんどで、『なぜ首を切ったか?』という問題が取り沙汰されるのです。

 見立て殺人にも少し通じるものがありますが――首を切ること自体を目的として切ったというケースはほとんど見られません。そこには何らかの必然性があるのです。

 例えば、何らかのトリックを使うために頭と胴体が離れている必要がある。もしくは被害者の頭の部分に、何か重要なアイテムがある。また、首を切ることによって起こる副次的な効果が犯人にとって有利に働くケースなどもあります。これら全てに共通するのは、犯人の目的は『頭』や『胴体』、もしくはそれによって流される『血』などのモノですね。

 しかし今回の事件では、犯人の目的はこれらのモノではありません。

 犯人の目的は――切断です。正確を期して言うならば、切断によって被害者の首の周りに発生する切断の痕です。犯人はこの切断によって、あるものを隠そうとしました。

 そう、ここまで言えばお分かりですね――犯人の目的は、被害者の死亡原因の偽装。塔野氏の死因は撲殺ではなく、絞殺です」


 さすがにここでは、時が一瞬止まったかのように感じられた。

 死因が、絞殺?

「……で、でも白音さん、自分で言ったじゃないですか。死因は撲殺です、って」

「私を監察医と同じに見ていただいては困ります。私は、唯一存在した外傷つまり頭部の裂傷から、死因は撲殺ではないかと推定しました。しかしそれは間違いだったわけです――外傷はもう一つ存在しました。凶器によって手荒く傷つけられた首の切断面の下に、くっきりとした紐の痕が。頭部の裂傷は、絞殺の痕が自分の不利になることを悟った犯人が犯行後に作ったものでしょう。

 頭部が切断面を下にして転がされていたのも作為でしょうね。絞殺によって引き起こされる顔面のうっ血――それを隠すために、切断面から流れ出た血で覆っていたわけです。

 さあ、あともう一息です。犯人はなぜ、死因が絞殺であると知られることを恐れたのか? その答えは――」

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