朝食会
てっきり昨日と同じく食堂にみんなが集まっているものとばかり思っていたが、扉を開けてみるとそこには二人しかいなかった。
最上さんと緋桂さんが横並びで椅子に座っている、ということはいないのは矢針さんか。
「矢針さんなら、厨房から調達してきたワインを浴びるように飲んだせいで二日酔いだそうです。ノックをしたらドアは開けてくれたんですが、『飯はいらない』と言ってまた引っ込んじゃいました」
僕の考えを読んだかのような白音さんの絶妙なフォロー。さすがです。
最上さんは昨日、一昨日と同じく茶色のジャケットを羽織ったラフな格好で、机の上に置かれた小さな黄色の何かを眺めていた。髪も大雑把にくくってあるだけだし、身だしなみに気を使わない芸術家を全身で表現している。これもアートなのかもしれないとかくだらないことを考えつつ、なんとなく昨日と同じ流れで緋桂さんの前に座る。ちなみに緋桂さんは紺色のカーディガンに白のフレアスカートで、色合い的には白音さんと全く同じだった。別に示し合わせてペアルックにしたというわけでもないだろうから偶然だろうけど。
「そうだったんですか。私、今朝はあの人に会わなかったので何かあったのかと思ってしまって」
「何かあったのは事実ですが、残念ながら矢針さんではありません」
緋桂さんが小首を傾げる。口を開く白音さん。
「実はですね、桐生さんが殺されてしまいました」
昨日の朝とは対照的に、二人ともあまり表情に変化はなかった。緋桂さんはわずかに眉をしかめ、最上さんはがしがしと頭をかく。そして彼女の本日の第一声は、「昨日塔野さんが死んじゃってるんだから、いまさらなに聞いたって驚いたりしないよ……」だった。確かにそうかもしれない。
「しかしこの館、一応のクローズドサークル状態だからね……困ったもんだよ。犯人は私か緋桂ちゃんか矢針さん、それとも比嘉さんか白音ちゃんか。死人はまあ除外してもいいでしょ」
そこでふと、気が付いたことがあった。前の二人に聞こえないように、白音さんにこっそり尋ねる。
「……白音さん、桐生さんの死因と死亡推定時刻わかってたりします?」
「比嘉さんを呼びに行く前にちゃんと確認しましたとも。何らかの鈍器による撲殺で、時刻は午前零時から前後二時間ずつと言ったところですか」
さいで。
さすが白音さんである。いつもはぼやーっとしてても仕事はきちんとやっている。
「……ま、しかしそれはそれとして皆さん。朝ご飯、食べませんか? 私なんだかお腹が空いてきちゃったんですが」
表情をがらりと変え、のほほんとした顔で能天気に言い放つ白音さん。立ち上がって厨房の方へ歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってください白音さん!」
くるりと振り向く。
「どうかしました?」
どうかしましたどころではない。
「密室の事とか言わなくていいんですか!? ほら、隠し扉の鍵とか……」
「ああ、それなら心配いりません」
満面の笑顔で言う白音さん。なぜだ?
「だってあの密室は、もう解けましたもの」
今日の朝食はサンドウィッチだった。僕は日本人なので朝はご飯とみそ汁が欲しいのだが、白音さん謹製のサンドウィッチはなかなかおいしかったので特に何も言わなかった。ちなみに白音さんは自分の分のサンドウィッチにだけ「白音スペシャルだー」とか言いながら冷蔵庫の中にあったと思しきほうれん草とか紅鮭とかをぶち込んでいた。幸い人に勧めることはせず自分で全部消費していたので特に何も言わなかった。
「ねえねえ白音ちゃん、密室って何だい? どういうこと?」
左斜め前では最上さんがさっきからしきりに白音さんに密室の事を尋ねている。しかし肝心の白音さんは「えぇー解決した話を繰り返すのは好きじゃないんですよぅ」とか言っている。頼むからそういうこと言うのやめてくれませんか白音さん。
「ちぇー、仕方ない。……比嘉さん、密室ってなんだい?」
ほらやっぱり。だから嫌だったんだ。
「桐生さんが僕の部屋で亡くなってたんですけどね。……普通の入り口はずっと施錠されてましたし、隠し扉の方も鍵になるナイトの駒がキャビネットの上に転がってたんですよ」
「ははぁん。それで密室だと」
ふんふんとうなずく最上さんと緋桂さん。これだけの説明で理解できるあたり、二人は多分僕なんかよりずっと賢いのだろう……いやまあ、僕より頭の悪い人間なんてそうはいないだろうけど。
「まあ一通りの可能性は白音ちゃんがすでに検討してるだろうから……あ、そうだ比嘉さん。白音ちゃんが絶対に上げてない可能性を私が一つ、教えてあげようか?」
え、そんなのあるの。
「聞きたいです」
「では教えてあげよう。……白音ちゃんは一人で部屋に突入したと言っているけれど、それは嘘で実は夜のうちに鍵を取り出し入口から堂々と入って桐生さんを殺害。破れた封は、朝突入した時のものだと言い張る。つまり犯人は白音ちゃんなのだ」
「あ、それナイスです。思いつきませんでした」
手をぽんと叩くのはあろうことか白音さん本人。確かに、その可能性は白音さん言わなかったけどさ……。
「それはさすがにないでしょう……」
「いやいや、実行は不可能ではないよ。というか一番可能性としてはあり得るんだから」
……たしかに、そうか。その案を採用すればややこしい密室トリックなんてものは考えなくてもいいわけで……いやでも白音さんが犯人なんてことは……。
「でもまあ、ほんとに白音ちゃんが犯人だったら鍵がかかってたなんて言うはずがないからこの案はボツなんだけどね。わざと密室にする必要がないもの」
「じゃあなんで言ったんですか!」
「一応、可能性として。それにほら、白音ちゃんが私の思いつかなかった斬新な理由を考えてくれるかもしれないじゃん」
ベーコンサンドを振り回しながら言う最上さん。完全に楽しんでやがる。
「緋桂ちゃんは? 本職のミステリ作家の意見も聞いてみたいんだけど」
「えぇ……特に何もないですよ。最上さん知らないんですか、探偵は推理作家になれるけど推理作家は探偵になれないんですよ」
「確かにそりゃそうだ」
そのあとクイーンだの島田だのアリスだのワトソンだのという単語が飛び交っていたが、僕にはひとかけらも理解できなかった。そもそも彼女たちが日本語をしゃべっているのかさえ定かではない。
その後一時間ほど話しこんでから、
「じゃあ、また昼食の時にお会いしましょうか。次は矢針さんも回復してるといいですね」
と言って白音さんは立ち上がった。ちゃっかりサンドウィッチを一つ手に持って、すたすたと食堂を出ていく。
「あ、ちょっと待ってください……」
慌てて僕も席を立つ。密室の話を聞かないと。