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Moon Clan  作者: 咲夜 繚
9/9

探2

 「取り戻すもなにも、私が借りた物を誰かに渡すと思うのか?心外だな……」


 美夜は侮辱されたかのように、顔をしかめた。


 「そんな事より、女が居た。このまま暫くここで見張る。」


 「ここでって、こんな所でずっと突っ立ってたら逆に目立つだろうが」


 「この場所でそのまま見張る訳無いだろ?それにお前は目立つし。そうだな――」



 ぐるりと周りに視界を巡らせ、一軒のビルに目をつける、それは恭一が立っていた路地の直ぐ傍のビルだった。


 何の変哲もない自動ドアを潜り、美夜と共にロビー入った恭一は驚いた。

 人の居ないクローク、壁に写真で紹介された客室のメインはベッド、見た目は全く普通の商業ビルだったのに中はラブホだった。


 「どうりで……」


 「どうした?」


 「いや、なんでも無い」


  恭一は、デリヘル嬢に声を掛けられた理由がやっと飲みこめたのだった。

 仏頂面で立っているとは言え、ラブホの真横にいる男、デリヘル嬢から見れば、そう言う事を求めている、と思われるシチュエーションだ。

  今日得られなかった収穫を、その男から獲れば良いと、棚ボタを狙ったのだろう。


ちょっと前の事を恭一が思い返しているうちに、指定の金額を機械に読み込ませ、出て来た鍵を手にし、美夜は、さっさとエレベーターへと向っていた。


「おい、ちょっと待てって」


 一階に常時止まるようになっているエレベーターは、『▲』ボタンを押せば、上階から降りて来るのを待つこと無く、直ぐに開くようになっている。


 「早くしろ」


 美夜は先に乗り込んで恭一を呼びつけ、慌てて恭一が乗り込むと同時に扉が閉じた。


 「よくもこんな所に」


 「別に良いだろ?男同士とかじゃ無いんだ」


 確かに、この時間ラブホに男女で入ったからと言って、怪しむ者はいないだろう。

  仮に男同士だろうと女同士だろうとだ。


 「そんな事言ってんじゃ無くてだな、もし誰かに見られでもしたら」


 「誰かって、誰の事だ?」


 「大学の同期とか、知り合いとか…」


 「学生が来るとは思えないな。それに、こんな所に来る知り合いって、いったいどんな知り合いなのか、見てみたいもんだ」



 組事務所が目の前に有るラブホ、そんな所をフツウの男女が使うとは思えない。

人目を忍ぶ訳あり不倫か、あのデリヘルのように指定呼び出し、もしくはそれ以外の目的か。


 言いあっている間に、目的の階に着きエレベーターの扉が開いた。

 降りて目の前の部屋、慣れた手つきでカードキーを使い入室する美夜の後に付いて入った部屋のど真ん中、居座るキングサイズのベッドが目についた。


 部屋の殆んどを占めるベッド。

 それは、シングルベッドだと足先が出てしまう恭一にとって、こんな所の物でなければ有り難いサイズだ。


 正面には、目隠し扉が付いた窓と、前面ガラス張りのバスルーム、その為だけの部屋だ、と言わんばかりの装飾は、目的が違う恭一にとって目障りなだけで何の効果ももたらさない。


 さっさと本来の目的である組事務所の見張りのため、内開きの目隠し扉を開くと、見えたのは組事務所ではなく、周りの壁と同じ色だった。


 「ここまでしなくても、誰も覗いたりしないだろうに」


 窓を塞いであるなら、わざわざ目隠し窓は必要無いと思うが、部屋の飾りとすれば仕方ないのだろう。

 振り向いて、背後の壁をサムズアップした親指で指し


 「で、この飾りの窓から、どうやって見張るつもりなんだ?」


 「外から見ると、このビルにはガラス窓が有った。だからこんな壁は、パネル一枚で目隠ししてるだけだ。」


 そう言うと美夜は、ウエストバックに手をかけると、中から手に隠れるほどの小さな工具を出し、パネルのど真ん中から少し下方に孔を空け、何かを埋め込んだ。


 「ここから見張る」

 「ここからって、んな小さな穴から何が見えるって言うんだ」

 「見てみれば分かる」


 言われるがまま恭一は、美夜が開けた穴に顔を近づけ覗いて見た。

 そこには、貝塚組事務所入口が、確かに見えていた。


 「魚眼か……これなら気付かれる事は無いな」

 「魚眼レンズとは少し違うが、まあ分かったらシッカリ見張れよ。

 暫くしたら交代してやる。それと、女が出てきたら教えろ」



 一方的な命令口調に不満顔で振り返れば、指示を出した本人は、ベッドに倒れこみ気持ちよさそうに寝転んでいた。


 「ちっ……」


 仕方なく美夜が作った覗き穴から、組事務所を見張る。


 小さな丸い円の中を、人が時折行き過ぎる。

 腕を組みながらも、男にしなだれ掛かる女。

 濃い化粧にハデな服の、一見して女のような男。


 歓楽街に縁の無い恭一には、目にしたことの無い光景だった。


 小さな穴から覗き見ていると、全くの別世界とさえ思えてくる。

 レンズを通して見る世界は、いびつな丸に歪んで見えて、形の悪い金魚鉢の中を赤や黄色、黒に青と、着飾った魚がゆらゆらと泳ぐ。


 いつの間にか、その世界を覗き見ているのではなく、そこに居るかのような錯覚に陥っていた。


 「出て来るぞ!」


 後方からの美夜の鋭い声で、ラブホの部屋に意識を引き戻れ、慌ててレンズの向こうに見える事務所の入口を凝視すると、


 「女が出て来た。あれがそうか?」


 ふらふらと、酔ったような足取りで組事務所を出てきた女は、大丈夫ですかと下っ端が差し出した手を振り払い、夜の街へと歩き出していた。


 美夜に確認を求めると、チラリとレンズを覗き、


 「行くぞ」


 埋め込んだ魚眼レンズらしきものを手早く抜き去り、美夜は部屋から出て行こうとした。


 「おい!この穴どうすんだ」

 「気にするな、それ位料金の内だ。それより、見失うほうが問題だ。」


 そう言うと美夜はサッサと部屋から出て行ったが、恭一は、せめてもと、開いたままの目隠し扉を閉め、慌てて後を追い駆けた。

 エレベーターを待つよりも、使った部屋は3階だ階段を下りたほうが早いと判断し非常ドアを開き駆け下りた。

 先に下りて女の後を追けているはずの美夜を探す。

 妖子の足取りがゆっくりなのか、思って居たよりも近くに美夜は居た。

 美夜に追いつこうと一歩を踏み出した瞬間、前を行く美夜が振り返り、恭一を睨みつけ、片手を上げて待ったをかける素振りを見せ、その後に両腕を広げたり閉じたり、数回して見せた。


 「なんだ?止まれの後は…近づくなってか!」


 ブツブツと、独り言のように抗議の声を発しても、美夜に聞こえるハズも無いのだが、追い駆けて来ない恭一を見て、理解したと思ったのか、美夜はゆっくりと歩き出した。

 距離を取って歩けと指図されたからには、有る程度の間を置かなければ、また美夜に止められるだろう。

 追跡などしたことの無い、素人の恭一にとって、相手に気付かれない距離など分かる筈も無い。

美夜の動きが分かるギリギリの距離になって、やっと歩きだすと、妖子は、すでに恭一には確認出来ない距離まで離れてしまっていた。


 とりあえず美夜の後を歩いている恭一に比べ、美夜は時々ウインドーの中を覗いたり、自販機から缶ジュースを出して飲んだり、先を歩く女を追けているようには見えない。

 それが追跡の定石なのだろうが、妖子の歩みが酔っ払いのそれと同じだからと言っても目を離すのはどうなのかと、恭一がヤキモキと美夜の後ろ姿を見ながら歩いて30分ほど経っただろうか、美夜が恭一に向かって戻って来て、


 「女の家が分かった、明日もう一度来て調べる。」


 「調べるってお前、簡単に言うが勝手に入れば不法侵入だぞ!」


 「それは第三者に見つかったら、の話しだ。」


 「なっ !?」


 驚く恭一を無視し、自信に満ちた笑み浮かべ、


 「今夜はここまでだ。」


 それ以上の説明も無しで、恭一に背を向けて元来た道を帰り始めた。





 ✝





 暑い日差しを避けて、出来るだけ窓から離れたのが災いしたのか、完璧に眠りこけてしまったらしく、講義の内容はまったく覚えていなかった。

 半覚醒のうつろな目で教授が講義室から出て行くのを見送り、背伸びをしようと腕を上げかけた時、後から恭一の声がした。


 「気持良さそうに寝てたな、それでレポート大丈夫なのかよ」


 美夜は、大きなお世話だと言わんばかりに、


 「人の事言えるのか?お前も寝てたクチだろう」


 そう言って振り返ると、小さく笑みを浮かべた恭一が、


 「寝てたクセによく分かるな。まあそんな事はどうでも良い。今夜、あの女のアパートに行くんだろ?」

 「そのつもりだ」

 「そうか、なら駅に10時な」

 「なんで、お前が勝手に決めるんだ!」

 「遅れるんじゃ無ェぞ、じゃぁな」


 言いたい事を言うだけ言って恭一は講義室から出て行った。


 ホステスである妖子が居ない時間を狙うなら、10時に駅は妥当なところか、美夜は時間の反論はしなかったものの、勝手に決められたのは、ちょっと腹が立った。





    今夜も付いて来る気か……





 神鏡を見つけるまで、付いて来るつもりなのだろう。

 講義室から出て行く恭一を見送り、小さくタメイキをつく。


 出来るだけ早く神鏡を元の所に戻す為にも、素早く行動したいのに、自分の虚栄心から、恭一の同行を許してしまったのは失敗だったと、今更後悔しても始まらない。


 恭一と行動をしない間に時国家に寄り、神鏡が海外サイトのオークションにかけられていないか確かめておこうと、陰の中を渡り歩き、美夜はバス停に向って歩いた。

 しかし、日陰を選んで歩いていると言うのに、うだるように暑い。やっと僅かな日陰を作るバス停に辿り着いたが、


 



    まてよ、崎守さんに電話して…





あまりの暑さに負け、自宅に帰ってから電話で済まそうと横着な事を思いついてしまい、時国邸方面のバスをやり過ごし、後から来た自宅方面のバスに乗り込んだ。




  ✝





「崎守さん、美夜です。行き成りですみませんが、この間お聞きした……」


「あの鏡でしたら、まだオークションに出品された様子は御座いませんね」


「そうですか…有り難う御座いました」


さすがは崎守、たった一度美夜が聞いた事を覚えていて、時国の執事としての仕事の間に、時折調べてくれていたのだろう。




    まだあの女の手元に有るって事か




 今夜、妖子の部屋に忍び込み、神鏡を見つければ終わり。

 軽く済みそうで良かったと、ソファにごろりと横になると、講義中も眠っていたと言うのに、また昼寝を決め込む美夜だった。




 ✝




 窓には遮光カーテン、照明は全てオフ、玄関の小さな照明だけが足元を照らしていた。


 住人が居ないのに、部屋の明かりを点けると、周りの住人に怪しまれるため、美夜は、LEDが組み込まれた、全体が光るペンライトを取り出した。

 片手に収まる小さなペンライト、その光は、部屋全体を照らすには小さい。

が、美夜にとっては、充分過ぎる明かりだった。


 「まるで、何かの巣だな…」


 薄暗い部屋には、そこ此処に服が散乱し、キッチンのシンクには、食べ物のカスが溜まり異臭がしていた。

入口そばの扉を開けるとバスルームで、行き届かない掃除で、バスよりもトイレとしか感じられない。


 二間有る部屋の片方が、ベッドルームらしい。

散乱してる服やゴミを避け、そちらを覗くと、唯一何も散らかっていないまともな空間が、ベッドの上だけ、これが女の部屋かと、疑いたくなった。


 部屋の品定めに来たのではなく、神鏡を探しに来たのだからと、散らかった服やゴミは目に入れないようにし、神鏡が隠せそうな場所、ベッドに近づくと、普段つけているらしい香水の瓶が、脇に転がっていた。




    これは 龍涎香




 蓋が閉まっていても、僅かに漏れる香りは、間違いなく龍涎香。

 これで、妖子が総司から神鏡を奪った女だと言う確証が出来た。


 転がった香水の瓶を手にし、ベッドの下を覗いてみるが、ホコリが溜まっているだけで、他には何も見当たらない。

 それにしても、女一人の部屋としては、汚れ方があまりにも酷い。


 片付けられない女が多いと言うけれど、よく聞くそれとは違う。

 部屋の空気自体が、荒れて澱んでいるように感じる。


 そして、普通の人間は気付かないだろう気配。台所の食器や、洗面台の歯ブラシの数などから、一人暮らしは確実だが、この他に漂う濁った気配は人のモノではないと告げていた。

 残り香のように漂う気配。


 ツェルが発するそれに似た感じのモノ。


見た目はただの泥水だが、実は放射能に汚染された泥水のような、不可視の何かが混ざり合っているような。




    あの女、何が有ったんだ……こんな気配が残っているって事は

    神鏡はこの部屋には無いな




 神鏡月輪、例え奉られていなくとも、仮に箱の中だとしても、それがこの部屋に有るならば、部屋の気は清浄なはず、とすれば、誰かに預けたのだろうか…。

 ふと、ベッドのヘッド部分に倒れている写真立てが目に付いた。

 手に取ると、背面にはホコリが溜まり、持ち上げたことで細かい塵が舞い上がった。


「くしゅっ!」


 クシャミをしても、鼻はまだムズムズとして、不快感は拭えなかったが、少しでも手がかりが欲しい美夜は、写真立てを裏返した。


 見ると、そこには数人の男女が写っている。

 倒れていた写真立てから写真を抜き取っても、すぐに気付かれる事は無いだろうと、手早く写真を取り出し、写真立ては元に戻した。


他にも手に入る情報は無いかと辺りを探してみるが、固定電話は有っても、せいぜい着信履歴で、携帯電話が普及する前のように、固定電話のアドレスに個人名を入れたりはしないだろう。


 時間を掛けて探しても、大した手がかりは得られそうに無いと判断し、隣人に気付かれる前に、部屋から出る事にした。

 足音を殺して階段を降り、アパートの出口に立つと、外には、壁に寄りかかり警戒心むき出しの恭一が待って居た。


 「おい、悪い事してます、警戒してますって態度は止めろ! 悪い事してるときほど、してませんって態度をとるもんだ」


 美夜に突っ込まれ、一瞬困惑の表情を浮かべ恭一は、


 「んな器用な事出来るか。それより、必要な情報は手に入ったのかよ?」


 不貞腐れたように、美夜を見ずに問いかけた。


 「まぁな。次はこいつらだ」


 写真立てから失敬して来たグループ写真を、恭一に見せた。


 数人の男女がどこかの店で集まり、酒を飲み騒いでいる。

 その場で撮られた写真だろうか。


 カメラを持った者が呼び、何よと向き直ったような感じの顔が並び、今から撮ると言って撮った写真では無いようだ。


 その証拠に、カメラに視線すら合わさず飲んでいる者も居た。


 「こいつらっていったって、名前すら分からねぇのに、どうやって探すつもりだ」


 「よく見ろ、ここだ」


 指し示された写真の一部、そこには店名の書かれたメニューが写っていた。






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