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Moon Clan  作者: 咲夜 繚
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 夜空に向って、身をよじるように建っている銀柱。


 それは、真っ直ぐであれば、ただの銀柱にすぎないのだが、途中から分岐した所もあれば、ねじれた所も有り、街灯の光を受け鈍く輝き、夜空の一点を指し示めす指にも見える。

 どんな思いが込められているモニュメントかは知らないが、いつ見ても、訳の分からない形だと恭一は思う。

 体育会系の脳では、芸術作品に込められた意味を一生かかっても理解は出来ないのだろうと、最近は自覚たところだった。


 普段から、待ち合わせの時間より早く着くようにしている恭一は、モニュメントを見上げ、柄にも無く芸術干渉に浸って居る気分だ。


 背の高い恭一が、銀柱を見上げる姿は、少なからず目立つ。

 田舎から出て来たばかりの人間が、珍しさからビルを見上げる姿にも似て、傍を通り過ぎる人は、ジッと見るでもなく、ちらりと視線を寄越す。

 そんな視線は気にも留めず、美夜が現れるのを待つ。

 と、その背中側から、漫ろ歩く人にまぎれて声がした。


「芸術家の創るモノを理解しようなんて、所詮一般人にはムリなんだよ」


 いつの間に現れたのか、隣に立つ美夜の声に驚く。


「っ!?なんだお前、何時来たんだ」


「ちょっと前だ。お前がマジメな顔で、コレを見上げてる辺り」


 からかうような笑みを向ける美夜を、何時も以上に眉間に皺を寄せて恭一は睨み、


「で、これからどうするんだ」


「 まだ宵の口だし、ここら辺をブラブラしてみるか」


 そう言うと美夜は、辺りを探るように見回し、ゆっくりと歩き始めた。


 メインであるデパートなどが閉店した表通りを通り過ぎ、夜のメインであるクラブや居酒屋が、開店し始めた裏通りを目指す。

 此処に集まる人間は、何かしらの癒しと、ストレスの発散を求めに来るのだろうか。


 明るい日差しが似合う表通りとは違い、月の光をう映し、妖しい光を纏う飲み屋街は、

 昼には無い雰囲気がそこには漂う。


 独特なフィルターの掛かった通りを入り、最初に目に付いたのは、派手な装飾の店の前に出来た、幾つかの小さなグループ。

 スマホを取り出し、LINEを開き連絡を取る者や、コンパクトのミラーで、化粧の崩れが無いかを確認する者達、ご贔屓のマダムを出迎える為、客引きの為、理由は様々だ。

 若いOLから、金持ちの有閑マダム、大学生でも金持ちのお嬢様、ホストが、店の前に現われるのを待っているのだろう。

 そわそわとした女達のグループが居る前を足早に通り過ぎる。


 美夜は、そんな女達が入るようなホストクラブには見向きもせず、見るからに名の有る建築士や、有名なデザイナーが、設計から関わっただろうビルが立ち並ぶ通りに入った。

 美夜に付いて歩くしかない恭一は、物珍しさも手伝ってか辺りを見回し、


「おい、この辺りは会員制の店ばかりじゃないのか? そんな所に、総司を相手にするような女が居る訳無いだろう」


「どうかな、それは調べてみないと分からないさ」


 恭一の言い分など全く意に介さず、美夜はスタスタと先に進んで行くが、高級クラブ街に入った事など無い恭一は、流石に歩みも遅くなった。

 そんな恭一を美夜は、振り返りもしないまま先に進んで行く。逸れてしまっては手伝うと言った手前格好がつかない、慌てて恭一は後を追うが、追いついた途端、脇腹の辺りをつかまれ、細い路地に引っ張り込まれた。


「っな?!」


「ここで待ってろ」


「どう言う事だ?」


「いいから、言う通りにしてろ、素人には出来ない事をしてくる」


 そう言うと美夜は、路地の反対側のビルに向って歩いて行った。


 『素人に出来ない事』と言われても、何処にでも居る大学生然とした格好の美夜が、どう足掻いたって、あの中に入ることが出来るとは思えない。

 それとも恭一に思い付く方法が無いだけで、探偵である美夜には、会員しか入れないクラブにも入る事が出来るスキルが有るのかもしれない。

 それを見定めるためにも、美夜から目を離すまいとする恭一の前を何台もの車が通り過ぎる。それもグレードが最上級の高級車ばかり。

 車に少しでも興味が有る者からすれば、ヨダレを垂らさんばかりの高級車だ、武道一筋の恭一とて、多少は気になって車に視線が行ってしまう。

 その一瞬で美夜はビルに入ってしまっていた。


「しまった!」


 後悔しても遅かった。

 いくら普段は学生とは見られない恭一でも、会員制高級クラブに入る事など出来るはずも無く、狭い路地の隙間で、美夜が出てくるのを待つしかなくなった。

 どう見ても会員制で、しかも入口には黒服がチェックしているだろうクラブ。そんな中にどうやって入り込んで、話を聞いて来るというのか。どんなに考えてみても、無理だとしか思えない。


 しかし、美夜の姿が見えないと言う事は、中に入ったとしか思えず、何も出来ないまま、腕を組んだり解いたり、イライラと待つ恭一が潜む細い路地からは殺気が漂い、酔っ払いの一人も近づかなかった。



「待たせた…鷺ノ宮に声を掛けた女の名前が分かった、源氏名は妖子と言うそうだ」


「名前が分かったのは良いが、お前どうやって、あん中に入ったんだよ?」


「普通に」


「普通にって…俺達学生なんかじゃ普通に入れねぇ所だろうが、まして女のお前が」


「企業秘密」


 最後まで言わせてなるかと、美夜は強く言い切る。


「次に行く、これ以上私のする事に不満があるなら、一緒に行動はしない」


 ボディーガードを買って出た手前、これくらいのことで引き上げては話にもならない。何よりも美夜の探偵としての能力が、どれほどの物なのか知る事が出来なくなる。


「分かった、それで次って何処だ?」


「ここら辺を仕切る、貝塚組事務所」


「なんだとぉ?!」


 まさかの指定暴力団の名前、驚く恭一を置いて美夜はさっさと歩き出だした。




 総司から神鏡を奪った女の最大の手がかり、それは、金髪でも、スタイルでもなく、龍涎香だった。

 高価で手に入れにくいため使え無いだろう香水。あえてそれを好んで使うとすれば、会員制高級クラブのホステスか高級コールガール辺り。


 高級コールガールは、特定の組織に属してはいないし、街角で呼び込んだりもしない。

  となれば、高級クラブの方が情報を手に入れやすいだろうと、最初にあたりを付けた店が、一発ヒットだった。


「金髪でスタイル良くてって、そんなの沢山居るよ?変わった香水?なら…妖子…かなぁ 」


「妖子ぉ?あの子はねぇ、そのスジの人の囲われ者よ」


「妖子のパパが誰かって? 貝塚組の兵藤さん。 クールでカッコ良いんだぁ。」


 出て来た情報は、初っ端からラスボスを示していた。





 特に凝った造りでもない、ただの四角張ったコンクリートのビル。

 それなのに、目の前に見えてきた建物は、そこだけ異様に張り詰めた空気を纏わせていた。


 どこが他のビルと違うのか、何がこの空気の重さの原因なのか。探るまでも無く、それは一番最初に目に付いた。

 黒々とした漆塗りの板に、金色の太い筆文字で『貝塚組事務所』と書かれた看板。それ一つで通りを歩く人に、威圧感を与えているのだった。


 前を通る人達は建物から視線を外し、足早に通り過ぎ、振りかえる事は絶対にしない。建物自体は何処にでも有るビルなのに、看板一枚でその威力は絶大だ。


 そんな組事務所の、入口付近の窓からは、一番下っ端だろう組員がウロウロする姿が見える。

 見張りも兼ねているのだろうか、時どき外を伺っているようで、迂闊にビルの前で立ち止まろうものなら、飛び出して来そうだった。


 何気に組事務所前を通り過ぎ、下っ端の目が届かない辺りまで来た時、


「おい、何すんだ!」


「いいから、そのまま立ってろ」


 美夜が、後を歩いていた恭一を壁際に引寄せ、抱きついたのだ。

 しかし、それは恋人に抱き付くと言う行為とは程遠く、視線を遮る為の、まるで柱か何かとして使っているようで、恭一の肩越しから、組事務所に鋭い視線を向けて居た。


「俺は壁扱いかよ」


「そうだな。だがこのままじゃ恋人には見えないだろ、ちょっとはそれらしく、腰に手を回すとかしろ」


 仕方なく美夜の腰に手を回し、恭一は恋人を装った。


 恭一よりも頭一つ低い美夜は、すっぽりと恭一の影に収まってしまう。顎の下辺りに美夜の髪が触れ、その髪からは、使っているシャンプーだろうか、意図して創られた、キツイ香りではなく、自然に咲いた花から漂うような、ほのかな香りが恭一の鼻腔にふわりと入り込む。

 腰に回した手からは、思っていたよりも柔らかな感触が伝わってくる。


 出会った時から、女らしさの欠片すら感じなかったのに、イキナリの零距離は、恭一の鼓動を一気に高めるのには充分だった。

 顔に血液が集まり、暑さも手伝って汗が滲み、しまいには、他の部分にまで熱が及びそうになり、慌ててそっぽを向き、関係ない事を考えようとするが、



    他の人間が見たならば、抱きつかれて照れる男に見えるのだろうか。


    それとも、嫌いな女から抱きつかれ、困り果ててるようにも見えるのか。



 現状を分析するような事ばかりで、別の事に考えは回らない。

恭一が一人ドギマギしている事など、組事務所の出入りのチェックに集中している美夜には伝わるはずも無く、その証拠に、美夜は片時も視線を反らさなかった。





 ✝




 宵の口から深夜になると言うのに、組事務所には時間など関係なく人の出入りが有る。

 美夜が見ている間にも、数人の下っ端が出入りし、ブランド物のスーツを、そのスジの者らしく着こなした男もやって来た。

  自分で扉の前には立たず、露払いのように傍に付き従う子分に開けさせ、悠々と事務所に入っていく。



「広域指定のマル暴相手に、どうするつもりだ?まさか、此処で聞き込みって言うんじゃねぇだろうな」


「そのつもりで来たんだ。情報を上手く聞き出すのも、探偵の仕事だからな」




     マル暴?普通の学生がそんな言葉は使わないだろ…何者だコイツ




 思わぬ単語を耳にして、恭一に対して興味が湧いた美夜だった。





 ✝





「アニキ、どうしたんです?今夜はコッチには来ないって言ってませんでしたか?」


「気が変わったんだ。妖子はどうした?」


「奥にいらっしゃいます、ケド…」


 下っ端の返事を最後まで聞かぬまま、奥の部屋へと進んで行く。

 扉を開けるとそこには、鼻腔の奥にまで、ねっとりとへばりつく様な甘い香りが充満していた。


 ソファにもたれ掛かり、男を見上げ、トロリとした笑みを浮かべる妖子。


「パぁパァァ、キタのぉぉ…」


    何処を見ているのか分からないトロンとした目、

    ロレツの回らない舌、

    誰が見ても明らかな異常。



「いいなぁ 妖子ォ」


 口の端から涎を垂らしたアゴを、片手ですくい上げ、


 男は口づけた。











「このシャツ、脱げ」


「んっ?!どうする気だ」


 組事務所を見張っていたはずの美夜が、恭一のシャツの胸元をつまみ、返事も聞かないまま、脱がせにかかった。


「いいから脱げ、必要なんだ」


 美夜から意識を逸らしていたとは言え、脱げと言われた時には、すでにシャツは半分脱がされ、恭一の肩はあらわになっていた。

 不信に思いながらも、仕方なくタンクトップの上に羽織っていたシャツを脱ぎ美夜に手渡した。


  その時、先ほど露払いのように、扉を開けてアニキ分を事務所に通した下っ端が出て来た。パシリにでも使われたのか、いそいそと繁華街に向けて、小走りで去っていく。


「お前は、そこのビルの陰から、出入りを見張ってろ。」


「なんで俺が…」


 恭一のシャツを手にしたまま、返事を最後まで聞きもせず、美夜は下っ端を追い駆けて走り出す。



     俺はお前の部下じゃ無ェぞ!



 と心の中で罵り、さっさと帰ってしまおうかとも思うが、こんな所に腕利きの探偵とは言え、女の子一人だけにするのは、武道家として、まして男として出来る訳が無かった。


 慌てて美夜の後を追おうとすると、


「すぐ戻る!絶対ソコから離れるなよ!!」


 恭一の動きを察したのか、恭一が一歩を踏出そうとする瞬間に、振り向いた美夜から、有無を言わせない命令口調が飛び出した。


 自分から、ボディガードをしてやると言ったからには、どれほど癪に触っても、このまま待つしか無いのだろう。

 イライラと美夜が戻るのを待つ恭一の眉間には、何時にも増して深い皺が刻まれ、不機嫌そうな態度が滲み出し、必要以上に存在感が増大している。さり気無く立っていても、その体格で目立つと言うのに、もし、組の若い者に見られでもしたら、即事務所に引っ張り込まれて、尋問されるだろう。



「これからどう?客にキャンセルくらっちゃて、空いてるのよねぇ…」



 ところが、そんな態度をどうカン違いされたのか、通りかかった派手な化粧のデリヘル嬢に声を掛けられる始末。


「そんな気は無い、他を探せ」


 上目遣いに、擦り寄ろうとしているデリヘル嬢を見もせず、一言で切り捨てた。


「んもぅ、なによぉ」


 ツンとそっぽを向き、デリヘル嬢は離れて行った。


 「俺のシャツ?!」


 デリヘル嬢の開いた胸元にも目をくれず、事務所を見ていた恭一は驚いた。


 「あいつ まさか・・・」


 恭一のシャツを着た下っ端が、掛け戻って来て事務所に入って行ったのだ。


 美夜に渡したはずのシャツを、下っ端が着て居るのは、どう考えてもおかしい。下っ端から情報を得ようとして、美夜が何かされたとしか思えない。そうでなければ、あの下っ端が、美夜に渡したシャツを羽織っている理由が分からない。


 悪い方に傾き始めた思考は、止まらなかった。


 恭一のシャツ一枚羽織ったからと言って、あのチンピラになんの効果が有るとも思えないし、例え美夜が男だったとしても、相手は暴力団構成員の一人、なんの心得も無い一般人が敵うはずが無い。

 下っ端が戻ったと言う事は、美夜がどこかで倒れているかもしれない。殺されているとは思わないが、怪我を負って動けなくなっている可能性も有る。


 その考えに至った時、恭一の足は動いていた。


 「どこだ、クソッどこに居る!」


 美夜が走り去った方向を探すが、何処にも姿は見えない。下っ端が戻って来た時間を考えると、そう遠くではないハズだ。救急車もパトカーも来ないからには、まだ誰も怪我をした美夜を見つけた者は居ないと言う事だ。


 ビルの陰、小路の奥、手当たり次第にのぞいて見るが、美夜の姿は無い。

 こうなったら直接あの下っ端に聞く、それしか無かった。焦る恭一は、無謀な考えを実行しようと事務所前に駆け戻った。



「ここを離れるなと、私は言ったはずだぞ?」


「お前!?」



 先ほどのビルの陰から、何食わぬ顔で美夜が恭一にシャツを差し出した。 


「そのシャツ、どうやって取り戻した?」







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