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Moon Clan  作者: 咲夜 繚
7/8

捜4

『夏季特別講義』と言う名の檻。


 その檻は、いかにも檻らしく、エアコンなどは使用されず、

良く言えば、エコを意識し、堅く言えば、京都議定書に従って、

CO2削減に貢献していると言えば良いのか…。


 窓は全開、それでも入ってくるのは、夏の日差しのみで、

天然の風が、流れ込んで来るのを期待するのは空しいだけ。


 むわっとした空気が淀み、サウナかと思われる講義室の中で、

一人熱弁を振るう教授は、手にハンカチを握り、流れ落ちる汗と格闘し、

講義を受けている学生達も、暑さで集中が途切れそうになる中、

単位の為に、必死でノートを取っている。


 もちろんその中には、美夜と恭一も居るのだが、

午前中、自分が所属しているクラブの練習を限界までやり、

昼食を済ませた恭一は、今が一番眠いのだろう腕を枕に完全に眠りこけている。


 一方の美夜も、片肘をつき、その手で頭を支え、片手はペンを握りノートの上に有る。

 何時もの、眠りのカモフラージュ体勢をとっていた。

 体は、何時ものように眠りを欲しているのに、神鏡『月輪』の事を思うと、

意識は睡魔に誘われる事は無かった。


 

    奪った『月輪』をどうするつもりなんだ?

    一般の骨董好きが手を出せる代物じゃ無いし。

    金が目当てなら、売るしか無いが…。

  


 売りさばくなら古物商だが、それが盗品となれば真っ当な所は引き受けない。

表に出せない品をも扱う所を探るのが妥当だろう

 しかし、国内であの神鏡を手にする者が居るかどうか、

国宝並の神鏡だ、下手に扱えばどうなるか、欲しがる者ほど良く知っているはず。

祀り方を間違えば、障りが出ると言うものだ。

 あとは、海外の骨董好きの可能性も有る。

 海外だとするなら、時国のネットワークに引っかかるはずと、

あれこれと考えて居る間に、退屈な講義は終っていた。

 探す為の方法が纏まった辺りからうつらうつらしていたのだろう、


「おい、講義は終わった。神鏡探しに行くんだろう?月下の探偵さんよ。」


「ん、あ?なんだお前か…この時間はムリだ、夜になってからだ。」


 揺すり起こされた美夜は、かなり不機嫌な顔で、横に立つ恭一を睨み上げた。


「夜か…女一人じゃ無用心だろ、俺も一緒に行ってやる。」


「ボディーガードは必要無い、一人の方が何かと動き易いんだ。」


「一人が良いって言うが、失敗する所を見られたくないだけなんだろ?」


「何を!」


 まるでさも失敗するかのように言われるのもそうだが、上から見下ろされ話しかけられるのも癇に障った。

 美夜は、音を立てて椅子から立ち上がり


「今夜10時、駅前のモニュメントの所まで来い。」


「分かった。」


 返事だけをすると恭一は、美夜にクルリと背を向けて講義室から出て行った。


 総司と尋ねて来た時から、恭一は美夜の事を疑っていたのだから、どうやって探すのか気になるのは当然なのだろうが、

 失敗するだの女一人じゃ無用心だのと、探偵としての自尊心を傷つけられて、講義室から出て行く背中を軽く睨んだのだが、



 しまった、ついカッとなって来いって…



 後悔しても後の祭り、今更取り消そうにも当の本人はもう居ない。

 仕方なく、講義の間に考えていた事を恭一と約束の10時まで、

タップリと有る時間の間に下調べを実行しておこうと講義室を後にした。






 蒸し暑い空気は、外も講義室も変わりは無かった。


 ギラギラの太陽は、誰彼構わず紫外線で攻撃を加え、体力を奪う。

 美夜にとって、冬の陽だまりがどれだけマシかと思えるほど、夏の日差しは容赦無い。


 その中を人気モデルがする日焼け対策のように、ブラウスを羽織り、襟を立て、帽子まで被り、

美夜は、構内に植えられた木々の下を選んで歩く。


 それはまるで子供同士が作ったルール「影の中しか歩かない」だった。

木の影の形の中、少しでもはみ出さないように形通りジグザグに歩く、

そんな遊びをしているように見える。


 周りの学生は、そんな美夜を奇異な目で見るがそんな事は気にしていられない。

 急いで大学前のバス停へと歩き、丁度停車したバスに乗り込んだ。


 クソ暑い講義室とは違い、エアコンの効いた車内はえらく快適で、

つい神鏡探しのことを忘れ、眠ってしまいそうになるが、

時国家へ行く為には、居眠りをして乗り過ごす訳にはいかない。


 一つでも乗り越してしまったら、この日差しの中を歩かなくてはならないのだ、

そんな事になったら到底夜まで体力が持ちそうに無い。



   寝るな、寝るな、寝ると逝くぞ…



 冬山で遭難でもしたつもりになって、必死で眠気と戦い、

なんとか時国家近くのバス停で降りる事が出来たのに、

バス停から時国家までの道のりを考えると眩暈がしそうだった。

 バスから降り、バス停の屋根の影から時国家の方向を向いたものの、

アスファルトの熱で行く先が歪んで見えた気がして、そこから出るのを躊躇してしまう。



    もうすこし、此処に居よう…



 うんざりと道路を見つめ、ちょっと前まで陽が当っていただろう温まったベンチに腰掛けた。

 虚ろに足元の雑草を見つめて居ると、聞きなれた声が耳に飛び込んで来た。


「美夜~!どこに行くのぉ!」


「ぼっちゃん?!どうしたんですかこんな時間に。」


「学校の帰りだよ、美夜こそどうしたの?」


 ゆっくりとバス停に宗薫の乗った車が停車した。


 全開にした窓から体を乗り出すようにして話しかける宗薫に、

美夜はバス停の影のからはみ出さないギリギリの所まで歩み寄り、


「崎守さんに用事が有って、お宅に伺う所です。」


「そうなんだ、だったら乗って?一緒に帰ろう。」


「そんな、ぼっちゃんの車で一緒にだなんて…。」


「いいじゃない、ほら乗って乗って!」


 そう言うなり宗薫は、美夜の手を取ろうと、

窓から体の半分以上を乗り出し、小さな手を差出した。


「うわぁぁぁっ!」


「大丈夫ですか、ぼっちゃん。」


「うん、大丈夫。美夜有り難う。」


 バランスを崩し、前のめりに車の窓から落ちそうにった宗薫に、

 一瞬で間を詰めた美夜、その抱き付く形で車の窓から転落は免れた。

ちょっと恥かしそうに頬を赤らめ、車内に体を戻した宗薫に、


「そんなにまでして、一緒に帰えろうと誘って頂いたら、

 断る訳にはいきませんね。同乗させて頂けますか?」


「もちろんだよ、さあ乗って」


「有り難う御座います。」


自らドアを開き、美夜を招き入れた宗薫は、嬉しそうに席を空けた。





「お帰りなさいませ宗薫さま。

 いらっしゃいませ美夜さん。本日はどんな御用でしょうか?」


「こんにちは崎守さん。実は崎守さんにちょっと聞きたい事が有って…」


「そんなのは中に入ってからにしようよ、今日のオヤツは何?崎守」


 車のドアを開け、出迎えた崎守に訪問の理由を尋ねられて、

その場で答えようとした美夜を宗薫は手を引っ張り中へと連れ込んだ。


「はい、本日は宗薫さまのお好きなフルーツフラッペでございます」


「やったぁ!美夜もスキだよね?一緒に食べよう。崎守、美夜の分もお願いね」


「分かりました。では宗薫さま、まずはお手を洗われて下さいませ。その間に御用意いたしますので」


「分かってるって、美夜もほら行くよ」


「あっ…」


 返事をし終わらないうちに美夜の手を取ったまま走り出した宗薫に

バランスを崩しそうになりながらも体勢を立て直しついて行く。


 足が沈むほど柔らかな絨毯が轢き詰められた廊下を小走りに洗面室へと向う。


「ここだよ、入って美夜」


 宗薫が開いた扉から、子供が使うには豪華すぎる造りの洗面台が見えた。

 仕事の依頼の度に訪れる時国家では有るが、家人のプライベートに関する部屋には、

入った事が無かった美夜は、ただ驚くばかりだった。


 天使の飾りがついたカラン、そこから出てくる水はヨーロッパの有名な湧き水じゃないのか、

顔のみではなく、入ってきたドア諸共上半身すべて映る鏡は、同じ自分とは思えないような気さえする。


「早く洗って、フラッペ食べようよ」


 急かせる宗薫と並んで手を洗うと、控えていた崎守が二人にタオルを差し出した。

そのタオルも、白さが輝いて見えるからには、絹が織り込まれて居るのだろう、

 洗った手だとは言え、それで手を拭き万が一汚れが付いたらと思うと一瞬躊躇する。その美夜の心を見通したように、崎守は柔らかな笑を浮かべて、


「さあ余計な気遣いはなさらずに、どうぞお使い下さい美夜さん」


「はい、それでは…」


 タオルを受け取ったものの、自分のハンカチでするように拭いつけるのではなく、

手に着いた水滴をし染ませるように、そっと手をタオルに触れさせてから崎守に戻した。


「行こう美夜」


また宗薫に手を取られて、洗面室から引きずられるように出て行く美夜達を崎守は笑みを浮かべ後を追った。


 広いダイニングルームに連れてこられ、真っ先に目に入ったのは、沢山のフルーツとアイスクラッシャー。

 その傍に控えているのは、時国専属のパティシエだろうか。


「お好きな果物を仰って下さい」


「ボクは苺がイイ!美夜は?」


「それでは、マンゴーでお願いします」


「承りました」


 二人の為だけに用意された、フラッペの材料なのに、その量はまるで、ちょっとしたフルーツショップ並で、

アイスクラッシャーも家庭用などではなく、ちゃんとした業務用だった。


カシュカシュカシュ


 氷を下ろす音がダイニングに響くと、クラッシャーの下に置かれたガラスの器に落ち、小さく山を作って行く。

傍では、パティシエの助手が苺とマンゴーを切り分けソースの準備に入っていた。


 二つのミキサーにそれぞれの果物を入れ、スイッチが入り、パティシエの見極めた合図で、スイッチが切られる。

 そして小さなボールに移され、それぞれの果物を引き立てる為の最少のエッセンスが加えられた。

 氷が形良く盛られた器に、出来立ての苺ソースとマンゴーソースが掛けられ、

その上にパティシエの手で一口サイズに切られた、苺とマンゴーが飾られ二人の前に出される。


鮮やかな赤と黄色で、テーブルの上が彩られた。



「いただきまぁす」



 宗薫が一口手を付けるのを待ち、控えめに頂きますと挨拶をし、

 美夜も自分が頼んだマンゴーフラッペにスプーンを差し入れた。


 サウナの如き講義室で、水分を絞りだした美夜は、宗薫以上の早さで食べ終わり、スプーンを器に戻した。


「美味しかったです、ご馳走様でした」


「うわぁ、早いねぇ美夜」


「そんなにお急ぎでしたか美夜さん、気付きませんでした。

 さあどうぞこちらへ」


 あまりの暑さと、極上の果物ソースが美味しくて、ついかっ込んでしまったと言い出せず、


「すみません」


一言だけ詫びて、美夜は席を立った。


「宗薫様は、お召し上がりになられたら、お勉強のお時間です。

 ご自分のお部屋に戻って、ホームワークからお初め下さいませ」


「ええっ!?美夜が来てるのに宿題なんて…」


「宗薫さま、美夜さんはご用が有って来られたのですから、

 それが終わるまでに、済まされれば良い事ですよ?」


 不満顔の宗薫を崎守は柔らかく諭すが、宗薫は、スプーンを咥えたまま、うーと小さく声を漏らし、上目遣いに、チラリと美夜を見て、


「ボクの勉強終わるまで、待っててくれる?」


「もちろん」


「やった!じゃあボク頑張って早く終わらせるから」


 途端に、味わいながら食べていたフラッペを急いで食べ始めた。


「ぼっちゃんそんなに早く食べると…」


「くぅっ…コメカミ、痛いかもぉ」


 なみだ目になって、美夜を見つめる宗薫にクスっと笑いかけ、


「ゆっくり食べて下さい。ちゃんとお待ちしてますから。」


「うん」


 そっと頭を撫でると、宗薫はコメカミを押さえ小さく笑みを浮かべた。


「それでは、美夜さんどうぞこちらに」


 と先導する崎守に続いて、ダイニングを後にした。



 ひと際豪奢なドアを開け、案内された部屋は時国頭首の執務室だった。

何台かのパソコンが置かれ、その一つのキーボードを崎守が叩く。


「ご用件はコレでしょうか?」


崎守が見せた画面には、時国貿易が関わるオークションの画面が映って居た。

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