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#2 黒猫の贈り物2

 突然の奇襲を難なく討ち伏せ、車へと戻ったザイドとカレン。

 服についた返り血を拭き、銃の手入れをそそくさと済ませてから車を発進させる。


「疲れる。」


「おいおい、こんな序盤で疲れてもらっちゃ困るぜ。なぁ、依頼主さん?」


 ザイドは運転しながらどこかへと語りかける。


「...気づいていたのね。」


 その声に答えるかのように後部座席から女性がすっと顔を出す。店に来た依頼主の女性だった。


「最初から居ただろ?まぁ、店から出たときはトランクの中だったが。」


 彼女は依頼をして店を出た後、この車のトランクへと忍び込んでいたのだ。ザイドはそれに気づいていたが、あえて口外しなかった。

 何故ならば、それのほうが都合がいいからだ。いちいち紙に書かれた連絡先に電話するのも面倒くさい。


「ほらよ、例のブツだ。それで間違いないか?」


 そう言ってザイドは黒猫の首輪に仕込まれていたUSBメモリを後部座席へと放り投げた。

 女性は放り投げられたUSBメモリをキャッチすると、よく目を近づけて細部を確認し始めた。


「間違いないわ。」


「そりゃ良かった。無駄な仕事をせずに済んだな。」


「遅れたけど自己紹介させてもらうわ。私の名前はジェニー。しがない研究者よ。」


 ジェニーはウィッグを外し、鞄から白衣取り出す。

 少し薄汚れた白衣。それとは対照的な白い肌と目立つ金髪。顔や仕草から溢れる知的な雰囲気が彼女が凄腕の研究者であることをうかがわせる。


「しがない研究者は変装なんてしないと思うんだがな。」


「ふっ、確かにそうね。じゃあ美人で天才の研究者に訂正しておくわ。」


 軽口を叩きながら、ジェニーはUSBメモリは手元のノートパソコンに接続する。


「それはさておき、写真の裏に書いてあるものは確認済みなのよね?」


「ああ。そうじゃないとUSBメモリなんて奴らにくれてやってるだろ。」


 ジェニーが最初に手渡した黒猫の写真。あの裏には口頭では言うことのできない本当の依頼内容が書いてあったのだ。

 内容は黒猫の首輪に付いているUSBメモリの奪取。そして、依頼主であるジェニーの護衛。


「これが今回の報酬よ。」


 ジェニーはアタッシュケースを取り出し、バックミラーに見えるように開いて持ち上げる。

 アタッシュケースの中には数えきれないぐらいのドル札がぎっしりと敷き詰められていた。


「全部で50万ドルよ。」


「何だ、その大金は?あんたは国に雇われたスパイか何かか?」


「その通りよ。」


「はぁ!?」


「私は某国で雇われたスパイ。この研究材料が豊富なここで極秘裏にとある研究するために派遣されたのよ。」


 研究材料が、という所で少しジェニーは目を伏せる。研究材料とは即ち、選ばれし者、人間だ。道徳的にタブーとされる人体実験をやっていることに彼女は多少なりとも罪悪感があるのだろう。


「そんなことを俺なんかに話してしまっても構わないのか?裏切るかもしれないぞ?」


「貴方はそんなことをする人間ではないわ。貴方からある種の選ばれし者達への憎悪に近いものを感じる。」


「憎悪、ねぇ...」


「それに、」


「それに?」


「貴方、選ばれし者ではないでしょう?」


 車内が一気に静かになる。ジェニーが地雷を踏み抜いたのだ。

 ザイドは一応タブーとされる銃を使ってはいるものの、世間では力を持っている、選ばれし者として通っている。そうでなければ、こんな堂々と店なんて建てることはこの国ではできない。


「何でそう思う?」


「さっきの戦いを見てたけど、貴方は意地でも武器しか使わなかった。しかも、最後の男を撃った浮いている銃。あれは念動力やサイコキネシスの類の動きではなかったわ。」


 電気を操る男を撃ったのはカレンだ。カレンの姿はザイド以外の人間には目視もできなければ、知覚も触れることすらできない。だが、カレンから銃に触れることはできる。傍目からは銃が勝手に動いているように見えるわけだ。


「それにさっきからの独り言。助手席に見えない誰かいるのね?」


「ご名答。まぁ、その点は隠す気はないがな。」


「私は今までの研究データを全て閲覧してる。この世界にある大体の能力の詳細は把握してるつもりよ。でも、透明になる力も透明人間を生み出す力も聞いたことがないわ。」


 選ばれし者の力というのは一人一人オリジナル、というわけではなくかなり偏っている。先ほどの電気を操る力、力の大小はあれどああいう系統の能力を持つ者はかなり多い。

 個性的な力を持つ者はごく僅かですぐに有名になる。そういう人間がその研究データとやらに書かれていないはずがない。


「さぁ?本人に聞いてくれ。記憶はないけど本人は幽霊とか言っているけどな。」


「私も分からない。」


 カレンは自分のいる証明をするかのごとく、ジェニーの頬をつねった。

 ジェニーは抵抗して腕を振り払おうとするが、ジェニーの腕はカレンの腕に触れることはできない。


「痛いってば!こちらから触ることはできないのね。ほんと、謎だらけだわ。」


「確かにさっきあいつを撃ったのはこのカレンだ。だが、お前は一つ思い違いをしている。」


「それはなに?」


「俺が力をあえて最後まで使わなかった、という発想を何故しない?」


「...そういうことね。」


「俺は紛れも無く選ばれし者だ。だがお前の言う通り、奴らに対して憎悪を抱いている。だから力を使わない。つまり、そういうことだ。」


「ごめんなさい、貴方のような人は始めてだったから勘違いをしていたわ。でも、だからこそ話すことができそう。」


「何をだ?」


「このUSBメモリに入っている、私の研究内容をよ。」


 ジェニーはノートパソコンからUSBメモリを抜き、ポケットにしまう。そして、USBメモリから取り込んだデータを前にいるザイドとカレンに見せた。

 ザイドは適当な場所に車を停め、それをじっくりと見た。


「まだ私達は選ばれし者の力がどういう原理で発生しているのか、全く解明できていないわ。悔しいことにね。でも、原理は分かっていなくてもあることは成功することができた。」


「あること?」


「力を消すことよ。」


「!?」


 そりゃ狙われるだろうな、とザイドは内心思った。

 確かに革新的な発見だ。力を消す方法なんていうものが広まれば、力のみを拠り所としている選ばれし者達の存在意義が危うくなる。


「本当に偶然の産物だったわ。ある配合の薬品を脳に直接投与すると、被験者は一切力を使えなくなった。このUSBメモリにはその配合比率とそれについての研究内容が事細かに記されてあるわ。残念ながら原理までは分からなかったけど、これを本国に持ち帰ることにした....」


「で、その逃げる手伝いをしろということか。」


「そういうこと。南部の海岸に船を用意してもらってるわ。それでこの国から脱出する。」


 南部の海岸、というとここから30kmぐらい離れた場所だ。このまま車で移動するのが最適だろう。などと算段を立てていると、いつの間に消えていたのか、カレンがすっと姿を表した。


「辺りに怪しい車が彷徨いてる。見つかるのも時間の問題。」


「チッ、遠回りになるが安全な道を通るか。」


「なに?何か問題でもあったの?」


「飛ばすぞ、しっかり掴まってろ!」


 ザイドは車を飛ばし、細い裏道を全力でかっ飛ばした。

 ここの街の構造は熟知している。追っ手から車で逃げるB級洋画ばりの逃亡劇は何度もしてきたつもりだ。

 だが、人海戦術に敵うものはない。大体半分ぐらいまで進んだところで、追っ手の車に捕捉されてしまう。


「全く、あいつら機械とか銃とか嫌いな癖に何で車を使ってんだ?プライドはどうしたプライドは?」


「それ毎回言ってる。」


「自分に都合がいいのよ、あの人達。」


「冷静に分析してる暇はねえぞ!カレン、応戦は任せた!ジェニーは伏せてろ!」


「まかせて。」


 カレンは何処からともなくコルトパイソンを取り出して、窓の外へ銃口を向ける。

 彼女に肉体がない。故に反動など存在しない。などというとんでもない理論により、片手で銃を持っている。


「おい!何をする気だ!というかその銃俺のコレクションだろうが!」


「黙って見てて。」


 すぐ後ろに追っ手の車が3台走ってきている。速度を上げてきていることから、そのまま車体ごと突っ込んでくるか、もしくは何らかの力を使ってくるか、何か仕掛けてくることは間違いない。

 だがカレンはその車に向けてではなく、窓の外の建物に銃口を向けている。


「ばーんばーん。」


 気の抜けた情けない声と共に銃声が鳴り響く。

 普通なら撃った弾は追っ手の車には当たらないが、カレンの撃った弾は硬い金属に当たって"跳弾"した。

 弾丸は歪に変形しながらも角度を変え、追っ手の車のフロントガラスに数発直撃した。

 パリンという音と共に先頭の車両が急停止し、玉突きのように後ろの車両が前の車両に突っ込んでいった。

 普通の社会や国ならこんな大事故ならすぐに警察が来るものだが、この国は実質無法地帯だ。警察なんてまともに機能しているはずがない。


「...どこで覚えた?」


「ゲーム。」


「はぁ...凄いんだかただのバカなのか、よくわからんな。」


「褒めても何も出ない。」


 あまりにも呑気すぎるカレンの態度にザイドは頭を抱える。

 かなり長い間一緒にいるが、ゲームで覚えたものをすぐに使えたりして時々よく分からない才能を発揮することがある。一体こいつは何者なんだ。


「なに!?なにが起こったの!?」


 一方、ジェニーは伏せたまま今の状況が分からずに慌てふためいていた。彼女には申し訳ないが、いつ何処でどんな攻撃が来るか分からないので、そのまま伏せて身の安全を少しでも確保してもらったほうがいいだろう。

 とりあえずカレンの謎の活躍で一旦は追っ手は撒いたが、すぐにまた新手が来るだろう。何か対策を講じなければならない。


「そろそろ車での移動は限界のような気がするな。確かこの辺りに地下鉄への入り口があったはずだ。大分長い間使われてはいないが、徒歩で進めば車より見つからずに済みそうな感じがするが。」


「賛成。」


「よし...ってうおっ!?」


 突然ザイドの運転に逆らって車が急停止する。ブレーキは一切踏んでいない。


「クソッ、アクセルも効かねえしハンドルも動かねえ。」


 ザイドがアクセルを踏んでも車は進まず、ハンドルも錆びついたバルブのように固まってビクともしない。

 それどころか、ゆらゆらと車が揺れており、まるで浮遊しているかのような感覚を覚える。

 ハッと窓を見ると、景色が徐々に上へと移り変わっていた。つまり車が空へと上昇しており、まるでではなく実際に浮遊しているということだ。


「浮いてる。」


「冷静に分析してる場合じゃねえ!車から飛び降りるぞ!」


「ええ!?」


「ジェニー!持ち物を貸せ!早くしろ!」


 ザイドが怒鳴った瞬間、車が空中で一気に急加速し、建物へと前進を始める。ぶつかる、そう頭で理解する前に建物とぶつかった衝撃が車内を襲った。



 車は建物の外壁に突き刺さるような形で鎮座している。外からは後ろの部分しか見えないが、あの猛スピードでぶつかったのだ、大破は避けられないだろう。現に黒煙をあげている。

 その姿を見た男は携帯電話をポケットから取り出し、電話を掛けた。


「...ターゲットの車を破壊しました。」


「ご苦労。そのままターゲットを処分せよ。」


「了解。」


 電話を切り、男は少しズレた眼鏡の位置を直す。

 にやりと笑みをこぼすと、車が刺さった建物のほうへと歩いて行った。

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