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神とは人なり!  作者: イツキ
神は賽を投げた
6/15

#006

        ◆



 人間は自己の姿に似せて、神を創った。



        ◆



「……は?え?」

 どれだけ思考しようと、どれだけ神楽坂 美耶子の真意を推測しようと、理解できるはずがなかった。

理解できるはずがない言葉だった。

 それもそうだろう、当然のことだ。

二条 名木という僕の名前――この世に生を受け十七年、誕生するまでの期間を含めてそれ以上の年月の間ずっとそう名乗ってきた。

勿論、自称ではなく。

二条 名木が僕の名前であり、そして自分を証明するものの一つであり、僕が僕である認識を確かなものにするのがそれなのだ。

 誤認などない、誤解もない。

 それが僕の名前だ。

 

「何や、お前。まだ理解できひんって顔してんな。まぁええわ、別にそれで構わへん。理解する機会なんて後でいくらでも設けれるって話や」


 来世でゆっくり考えや――



 神楽坂はそう言って、懐に隠した小刀を取り出して。

鞘を抜いて。

僕の右腕を肘の部分から切り落とした。

切り取ったのだった。


「ぎ、ゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 何だよ、これ。

何がどうなってるんだよ。

痛ぇ。

痛ぇ!

「おいおい、腕切られたくらいで喚くなや。これやから『成り立て』は難儀やねん」

「痛ってえええぇぇぇぇぇぇっ!!」 

 僕はない右腕の肩を抑えてその場に蹲った。

 右腕が、ない。

肘から下がない。

激痛なんて優しいものじゃない、体全体が悲鳴を上げている。

 見れば。

 蹲った視線の先――神楽坂が履く真っ赤な鼻緒の草履の横に、僕の右腕が転がっていた。

切り口から血を噴き出した血色の悪い右腕が放られていた。

「な、なんで……」

 激痛のせいか、徐々に虚ろな思考になってくる。

何も考えられない、何も理解できない。

意識が薄れて――

「かははっ、今にも死にそうって顔してんな。良いで、その顔、表情。もっとウチを興奮させてくれや」

 


 死ぬ。

 僕は死ぬ。

ここで僕という人間は死ぬ。

僕という二条 名木は死ぬ。

どうしようもなく、抵抗することすらできないまま死ぬ。

何も理解できず、何も思考できず、死ぬ。

突然のことを理解できないまま死ぬ。

右腕を切られて死ぬ。

意味がわからないまま死ぬ。

激痛で死ぬ。

体全体を切り刻まれたような痛みで死ぬ。

おびただしい多量の出血で死ぬ。

失血で死ぬ。

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。


 どうして。

 どうして僕は死ななければいけない。

 どうして。


 

 



 どうして――





「どうして、僕は生きているんだ――」

 どれくらい経ったのか、知らない間に閉じていた目を開けて、僕は思考する。


 思考する?

                   

 どうして、どうして、どうして――切られたはずの僕の右腕があるんだ。 

 一体どうして。

「どうしても何も、我のおかげよ、それも覚えておらぬのか」

「!」

 目を開けて僕は唖然とした。

 そう。

目の前にいる女性、眼前至近距離で僕の顔を覗き込む女性――確かに『あの時』僕の目の前で車に轢かれた白透明な彼女。

真っ白の服、真っ白の長い髪、透き通る素肌は内部の組織まで見えるのではないかと錯覚させるほどのものだった。

「お前は――」

「よもや、我のことを『お前』などと呼ぶ輩がいるとは思わなかったわい。ははっ、まぁよい。今の我に当時の力など皆無だからの、今となって、尊厳なんてものはどうでもよいことよ」

 こいつは何を言っている。

 何について話している。

僕は彼女の言葉の大半を理解することができなかった。

 けれど。

 唯一わかることがあった。

僕の前にいる彼女が――『あの時』車に轢かれた彼女がただの人間ではないということだけは瞬時に理解することができた。

いや、これは直感なのかもしれない。

頭より先に体が動くという言葉があるが、この場合、頭より先に体が理解する、そんな感じだった。

「お前が助けてくれたのか?」

 僕は体を起こして、周囲の状況を確認する。

どれだけ意識を失っていたかわからないけれど、どうやら僕は住宅街の真ん中で倒れていたらしい。

神楽坂 美耶子に右腕を切り落とされて、そのまま意識を失ったのだろう。

「助けたと言えばそうかもしれん。しかし、そうでないのかもしれん。いずれにせよ、御主(おぬし)が恩を仇で返したことに違いないわい」

「恩を仇で返すって……」

「それ以外に何があるというのか。別に御主を助けたことについてではないぞ、我の後見人に選んでやった恩ということだ」

「はぁ?後見人?」

 場の状況も理解できないし、彼女が何を言ってるのかも理解できない。

わけのわからない出来事が立て続けに起こって、理解もできないまま右腕を切り落とされて――一体何がどうなっているのだろうか。

不可解な現象だ。

不可解な出来事だ。

 『不可解な現象』か――

どれもこれも、本当に現実だと言うのだろうか。

自分の目で見た全てを本当に信じるべきなのだろうか。

「御主、もしや覚えておらぬのか?いや、だとしても、易々とそんな間抜けな台詞は言わせまい。我があの時、御主に何を伝えたか、本当に覚えておらぬのか?」

「……あの時」

 そうだ。

 あの時、彼女が目の前で赤信号の横断報道を渡り、そして道半ばで真横から車に轢かれた。

思い返せばそうだ、確かに何かを呟いたように見えた。

しかし、あれは何だったのか、その思いだけに囚われていたせいで全く思い出せない。

混乱していたのだ。

錯乱していたと言ってもいいかもしれない。

そんな中で事細かい点まで記憶できるはずがないだろう。

神産巣日神(カミムスビノカミ)。我はそう御主に言ったぞ?」

「カミムスビ――」

「そう、名を(たた)えよ」

「いや、讃えよって言われても……」

 神産巣日神?

 カミムスビ?

一体、何の話だよ。

「ふぅ……現代人は知慮深く、発達した頭脳を持っておると聞いてはいたが、御主はそうでないようだの。それに――」

「待て、言い回しがやけに遠いが、それって僕の頭が悪いって言いたいんだな」

 わけのわからない話をしたと思ったら、今度は悪口か。

益々、理解できない。

むしろ、突拍子のない出来事ばかりで理解が追いつかないせいか苛々してくる。

「と言うか、お前は誰なんだ?」

 そうだ。

一先ず不可解な現象の謎は置いておくとして、どう見たって人間のそれではない彼女が一体何者なのか、それについて訊くべきだろう。

 自分でもわからないことだが、今の僕はどうしてか冷静だった。

 右腕を切られた激痛がすぐにでも思い出せるというのに。

「だから先に言ったであろう、カミムスビと。いや、違うな、今の我はすでにその名に相応しい力を持っておらぬ。継承式も済んだことだ。もはや、名などない」

「……意味がわからない。カミムスビって何だよ、力って何、継承式?」

「ふむ、中々会話というのは意思疎通が難しい。まぁ、御主の考え通り、我は人ではない」

 僕はここで、あぁ、と理解する。

 神産巣日神(カミムスビノカミ)、それが神の名だということを。

しかし、聞いたことのない名前だ。

「カミムスビノ『カミ』か――ってことは神様?」

「いや、すでにその力も持ち合わせてはおらぬ。だからと言って、人にまで成り下がったわけでもあるまい。神と人の間、そんなところか」

「はぁ……」

 自然と、相槌のような溜息が出てしまう。


 『自分の目で見たものは全て信じてきた』か――どうだろう、果たして今の僕にそれが可能なのか。

確かに、信じるに値するであろう出来事を経験した。

しかし、どうしてだろう。

それが紛れもない現実であるのに、心のどこかでそれを否定して、疑念を抱いてしまう。

疑わしいと距離を置いて、鵜呑みにしてはいけないと注意を払ってしまうのだ。

彼女の存在を否定する余地のない出来事をすでに経験しているというのに。

車に轢かれたであろう彼女の姿はそこにはなく、そしてどうしてか今まさに僕の目の前に彼女がいるというのに。

 そして。

 見上げる上空が朝なのに関わらず、真夜中のように暗いというのに。

 どうして。

 どうして、空がこんなにも暗い?


常夜(とこよ)、死後の世界、誰にも侵されることのない神域。死者の国、死人の彷徨う黄泉(よみ)の国――」

「おぉ!これはこれは、珍しい顔を見たものぞよ」

 上空から視線を彼女へと移し、そして彼女が送る視線を辿って正面を向いた。

正面には。

また一人、見ず知らずの女の子が立っていた。

「こんにちは、カミムスビ。ご機嫌いかが?」

「思ってもいないことを口にするでない。それに、我はもうすでにその名が持つ役割を終えておる」

「ふぅん、そうなの」

 露骨に不愉快な表情をする女の子。

夏らしい清潔感のあるワンピースを着た髪の短い女の子だった。

外見を見る限り僕と同年代かも知れない。

外見を見る限り、だけれど。

雰囲気で何となくわかるが、どうしたって内面との不一致は免れそうにないだろう。

僕の直感がそれを感じ取っている。

「あら、そういうことなのね。ふぅん、あなたが『成り立て』の――」

 そう言いながら躊躇なく僕に近づき、鼻頭が当たりそうなほどの至近距離で彼女は言う。

「よろしくね、『成り立て』さん。私は比賣 咲夜(ひめさくや)、仲良くしましょう」

 そうして、手を前に伸ばす彼女。

握手の要求だった。

「あぁ、えっと、僕は――」

 と名乗ろうとしたところで、神楽坂 美耶子と名乗る僕を襲った人物の影が脳裏を過ぎった。

 『仲良くしましょう』、その言葉がどんな意味を持っているのか。

差し出された手を握れば、そのままさっきと同じように右腕を切られそうだ。

 躊躇いながら悩むと、彼女はそれを察したのか、口を開く。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ、別に切ったりしないから。まぁ切ったところで、意味があるとは思えないし」

「あぁ、そう……」

「改めて、よろしくお願いするわ。神産巣日神(カミムスビノカミ)さん」

 

 比賣 咲夜の手を恐る恐る握った後、僕はまた後悔することになる。

 突如、暗闇が覆う上空から音もなく降ってきた神楽坂にまたも同じ右腕を、そして同様に肘から下を切断されることになってしまったのだった。

切られた右腕は落ちることなく、まるで死後硬直したかのように、彼女の手を握り続けていた。


「あら」

 比賣がそんな風に暢気な声を一つ上げる。

「さすがに死なへんよなぁ!?さすがにその程度じゃ殺されへんよなぁ!?まぁ(はな)からお遊びのつもりやったし、殺せるなんて毛頭考えてなかったんやけどぉ!」

 色鮮やかな和服。

 血色の鼻緒に、闇を照らす白銀の(かんざし)

 先ほど同様、僕の右腕を切り取った女。

 神楽坂 美耶子。

 

「なぁ、カミムスビ――ウチとも仲良うしてや。ぎゃははは!」

 比賣と同じく神楽坂もまた、僕のことをそんなわけのわからない名前で呼ぶのだった。






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