#004
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神々と人間どもを通じ、最も偉大なる一つの神は、
その姿、その心において人間とは似ても似つかぬものなり。
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そんな物語を――災難で迷惑この上ない、思い出したくもない事件を回想しながら、一学期の節目である終業式に出席するべく早足で登校する僕の目の前で一人の女性が車に跳ねられた。
赤信号。
止マレ。
その中、綺麗に舗装された横断歩道の対岸からこちらにゆっくりとした足取りで向かってくる白透明で目を疑うような彼女は大型車に真横から襲われたのだった。
「■■ム■■■■ビ■■カ■■■」
聞き取れなかったが、何かをそう呟いた彼女は。
赤信号で待つ僕の目の前で。
眼前という至近距離で、女性は有り得ない角度で体を曲げながら僕の視界から飛び出した。
まるで、風に攫われたように、視界から消失した。
鼓膜を破りそうなほどに響いた衝突音。
体中の節々や骨を砕く轟音。
耳の中にはっきりとした余韻を残したまま、暫く僕は呆気に取られ、呆然としていた。
どれくらいの長い時間そうしていただろうか、数十分間立ち尽くしていたような気がする。
瞬きをすることも忘れ、乾いた眼球に気付かず、口を開けたままその場から動けなかっただろう。
しかし、それは体感であって、現実はそうではなかった。
赤。
点滅。
青。
何事もなかったかのように、横断する周囲に気付いた僕はそこで我に返える。
立ち竦む僕を避けるようにして行き交う人々の群れに違和感を覚えつつ、意識的に瞬きをして眼球が干乾びていたことを感じ取った。
「……え、え」
何がどうなっているのか。
何が何で、何がどうなって、何が起きて、何が、何が――
確かに、目の前で女性が車に轢かれて――
「…………」
僕は震える足を慎重に踏み出して、彼女が轢かれたであろう横断歩道の中央に到達する。
しかし、いつもと変わらない、何も変わらない、何の変哲もないそれだった。
血痕もなければ、車のブレーキ跡もない――何ら変わりはない。
何もなければ、女性の姿もない。
綺麗さっぱり跡形もなく消失したと言うより、最初から何も起きていないとした方が適当だった。
「何だったんだよ、今のは……」
僕は誰にも聞こえない程度に呟いて、そしてまたその場から動けなくなってしまう。
全身の穴という穴から不愉快な汗が噴き出す。
体が嫌になるほど、べとつく。
僕は真っ白になった思考の中、潤いの戻らない枯れた眼球でただじっと点滅する信号を見つめていた。
青信号。
進メ。
『物語』の加速、青信号。
僕が日本人ではなく、『人間』を辞めることになる青信号。
このまま進めば――
このまま対岸まで渡りきってしまえば、もう二度と戻ることができなくなるような――
青信号。
進メ。
僕という『人間』はこの場所で、止マレ。