#003
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大地は変われど魂と神は不変なり。
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天照大御神という名をどこかで聞いたことがあると思えば、それはとあるロールプレイングゲームに登場した敵キャラクターだった。
神の名を思い出すにあたって、ゲームの知識を経由するとはいささか失礼な気がするけれど、神話や宗教に何の素養もない僕からしてみれば、それは極々当然の思考回路だろう。
それも一般的な思考の行き着き方だと思う。
まぁ、僕はすでにどうやら人の身ではなくなっているようなので、当てはまらないわけだが。
ともかく、どうして伊勢なのかと言うと、アマテラスが祭られている総本社がそこにあるらしい。
実際、神を祭る社は全国各地、多数に及び、最早僕みたいな素養のない者からすればどれもこれも同じに見えてしまうけれど、それを言うとまた腕の一本でも切り落とされてしまいそうなので公言はしないでおこう。
ましてや《敵》と見做されているのだから、易々とそんなことを口に出せるはずがない。
いや、敵だろうと味方だろうと、神を祭る社がどれも同じに見えるなどと言えるはずがないのだけれど。
それも、こんな状況下で億劫もせず言えてしまうほど、僕は子供ではない。
「……はぁ………………」
長く深い溜息を目の前で吐かれると、それが例え相手に関係のないものだったとしても、いい気分にはならないというある種の定説のような文言はこの場合においても当てはまる。
眼前は比賣 咲夜である。
深く腰を据えた座席に、進行方向とは逆に体を向けて足を組む彼女。
「どうして神が電車に乗っているのかしら……お金まで払って……はぁ……」
「いやほら、まぁ、たまにはいいんじゃないか、な……」
僕と比賣は電車で伊勢に向かっていた。
彼女の言う通りそれもそうで、どうして神様であるところの僕たちがわざわざ人工物の乗り物を利用しているかと言うと、主に僕のせいであった。
どうやら神には時間の概念や距離の概念が皆無に等しいようで、普段ならばさながらタイムトラベルするように瞬間移動(?)を行うらしいのだが、僕のような下等な神にはまだ扱えないということらしい。
「これだから成り立ての下等な神は――」と比賣に呆れられたけれど、そこには皮肉と嫉妬が多分に含まれていたことだろう。
それで、付き添いである比賣諸共、電車で移動する羽目になってしまったのだった。
比賣の溜息の理由も頷ける。
「伊勢まではどれくらいなんだ?」
「電車でならおよそ二時間、私なら一秒」
「……そ、そっか」
比賣の性格についてはある程度の認識がすでにあるけれど、やはり根に持つタイプのようで、そこにもやはりそれ以上の嫉妬のような感情が込められているようだった。
目的は挨拶回りだと言う。
その意味を概ね理解していない僕にとって、言われるがまま、命令されるがままに現地へと向かっているが、何やらただならない雰囲気を醸し出している比賣の様子を伺うに、単純粋なそれとは異なるものを含意しているようだった。
しかし、例え比賣が何かを企んでいたとしても、それに従わざるを得ない。
右も左もわからない僕にとって、唯一の道標である比賣や磐奈さんの導きには応じるべきなのだろう。
天照大御神――曖昧な知識だが、太陽の神とも言われているようだ。
「挨拶と言っても、あなたが考えているほど甘いものじゃないわよ」
と、比賣は長い沈黙を溜息で繋いでから剣呑な視線を送った。
「人間にも等しく群れや集合体、組合や政派に会派があるのと同じように、神にだって派閥が存在するのよ。人が神話を語る上で、出雲派と伊勢派に別れたようにね。まぁ、それに比べれば私たちの派閥間のいざこざなんて幼稚な方よ」
「神様も派閥間で争ったりしてるのか?」
「いえいえ、そうではないわ。勿論、目に見えたところで――現世を舞台に戦争するわけにはいかないし。争いと言っても、根暗で陰気で陰湿なものよ」
「……ふぅん」
なんだろう。
そう言われると何だか神様がとても安っぽく見えてしまう。
「ここまで言ってしまえば頭の悪いあなたでもさすがに感づくかもしれないけれど、今から向かう伊勢は、そう、簡潔に言えば私たちの《敵》である陣地なのよ。あぁ、いや、誤解しないでね。別に私たちが出雲派だというわけではないから。そういうのは人間が勝手に言い争ってるだけだから」
比賣はそう訂正してから、懐から甘い香りを漂わせるチューイングガムを取り出して口に入れた。
咀嚼音を立てず、顎でそれを噛んだ。
「神の派閥と言ったけど、考えてみれば誤解を含んだ表現だったかもしれないわ。派閥じゃなくて……そうね――家庭、みたいな感じよ」
「家庭……?」
「元々、そんな大それたものじゃないの。とある離婚した夫婦がそれぞれで築き上げた家庭が、それぞれをいがみ合うなんて、現世でもよくあることでしょう」
それに、と比賣は加える。
「その夫婦の仲は険悪の関係になってしまった。殺すほど相手が憎いのよ、彼らは。けどまぁ、私たちからすれば、そんなの無関係の他人事なのだけれどね。それでも、私たちがアマテラスを敵と見做しているのは、私たちが絶対的な主従関係にあるからと言えるかもしれないわ。私の場合、単純に利害が一致しているのだけど、姉はそうじゃないみたいだし」
「はぁ……ですか……」
何やら複雑な家庭環境(?)がおありのようだ。
と言うか、そんな話をされても何一つ共感できないのだが……。
それに、例えそうだったとして――比賣の言う通りの関係性が神様の間にも築かれているとして、部外者以外の何でもない僕がとやかく首を突っ込めるはずがない。
家庭はおろか元々が神とかけ離れた人間だったのだ、勿論、知るべきことでそれに越したことはないのだろうが、随分とまぁ人間らしい、人間味を帯びた関係である。
神が人を創ったのか、人が神を創ったのかはさて置いたとして、それでも、僕から見れば両方どちらもあまり変わりがない《人》のように思える。
それは恐らく、僕が元々そうだったからなのだろうけれど。
とにかく。
アマテラスが敵だったとして、わざわざ挨拶に出向く理由は一体何なのだろうか。
いや、それを言うと僕の敵でもあるかのようだが、実際は比賣や磐奈さんの敵であって、それも僕とは無関係だろう。
けれど、仮にも比賣に助けられた身、磐奈さんに導かれた身としてはやはりそう捉えられなくもない。
それに、シロがこちら側についている以上、僕も共に行動しなくてはいけない。
どんな手段があるかは定かでないけれど、少なくとも、僕に継承されたらしいこの名前を彼女に返すまでは同じ釜の飯を食うべきなのだろう。
まぁ、とは言っても、どれだけ格好つけた物言いをしたところで、それ以外の選択肢など皆無に等しいのだ。
格好つけても、格好がつかないのもまた事実である。
格好をつける――中学生の頃、数学の授業中に教師が言ったことを僕は思い出した。
A掛けるCの式を『エーカッコシー』とにやけながら解答した教師にクラス中が爆笑した。
当時の僕は東地方から引っ越してきたということもあり、その解が含む面白さを理解できなかったけれど、どうやら後から聞いた話によると、関西地区近畿地方では『格好をつける』ことをそう言うらしかった。
『エーカッコシー』はつまり、『ええ格好しい』ということらしかった。
そこで僕はなるほどと納得したのだが、今考えてみても、そこまで面白い話ではないように思う。
しかし、その後に『格好をつけるということは何かを掛けることだ』と教師が加えたことには思わず笑ってしまったけれど。
まぁ、そんな回想に果たして意味があるのかはさて置き。
およそ二時間超の電車旅は機内アナウンスを伴わずに幕を閉じた。
ついた先は伊勢であり、そして敵地である。
車両扉から一歩降りた先、眼前に広がる光景は一度目にしたことがあるものだった。
僕はそれを知っている。
常夜、死後の世界、誰にも侵されることのない神域。死者の国、死人の彷徨う黄泉の国――暗闇の世界が僕の眼を襲った。




