#001
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お前の光は、今、何処にある。
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本日、七月二十二日、夏休み一日目は全国的に例年を上回る気温だそうだ。
本格化した夏の到来を告げる気温には気が滅入ってしまうけれど、青々とした晴天はそんなことを忘れさせるほど澄んだものだった。
雲一つない快晴、絶好の海日和、噴出す汗、蝉。
けど、まぁ。
どれだけ晴天だろうが曇天だろうが、雨天だろうが、僕のテンションは常に一定だし、欺瞞に満ちた住宅街は何も変わり映えしないし、世界に嘘は絶えないし、戦争だってなくならないし、今この瞬間だって膨大な自然が消滅しているし、天然記念物の動物だって絶滅していくし、人が排出する二酸化炭素は溢れるばかりで、そのせいで地球の温度も上昇していく一方で一向に省エネなんて実現されないし、僕の髪型だって小学生の頃から変わらないし。
出会いと別れを常に繰り返して、その度苦しい思いをするのに、それでも人同士お互いに繋がりを求める矛盾にも似た行為だって日常的に行われているし。
繋がりや人間関係を求めるくせに、上辺とか表面で関係を築く無意味さを理解出来ない人だって無数に存在するし。
上辺の付き合いをするくせに、皆の好感度を上げたいとか、誰しもに好かれたいなんて浅はかで思い上がりも甚だしい思考を持つ人間はどの時代にも存在するし。
それでもそんな矛盾を繰り返して、一方的に、且つ、自己中心的に思ったことを何でも口にして、愚痴を吐いて、嫌味を言って、陰口を叩いて、あれが嫌いとかこれが嫌いだとか、誰かの存在を肯定することが出来ない寂しい人間の数は一向に減らず、むしろそれは増大していく一方で、自分の全てを曝け出すことの出来る相手を持つ幸福者がどんどん減少していっている過酷な現状はいつまで経っても改善の余地を見受けられないし。
一体この世界はどうなってんだ。
僕に関しては、高位の存在―――現代の科学では証明することができない存在―――国家機関である警察を要しても立件、立証出来ない存在と関わり、人の身を無くしたのに。
一体僕はどうしたっていうんだ。
一体。
一体。
一体。
一体全体どうして比賣 咲夜はこんなにも渋い表情で、どこかもの寂しい表情で僕のことを見つめているのだろうか。
全く、この世界はどうなってんだよ。
「この世界がどうなっているかじゃなくて、あなたの頭の中がどうかしているのじゃないかしら」
「お前、平気で僕の心の中に入ってくるのな……でもまぁ、さすがの比賣でも僕の壮大な思考回路を理解することはできないんだな。まぁそれも仕方ないか、いくらお前が優秀でもこうも世界に関して諦めにも似た感情で、蔑んだ目で見てる僕を理解できる人間なんてこの世にいないからな」
「私は人間ではないわよ。それに、そういう思考回路を持つあなたがどうにかなってるんじゃない。この世界はどうなってんだよ、って世界に全ての責任を追求しているけれど、そんなに嫌いな世界に言及しているあなたの方こそさっき語った寂しい人間の一人なんじゃないかしら。だって嫌なことや辛いことや苦しいことも全部世界に責任を求めてるってことでしょう?それはやっぱりあなたが言う寂しい人間の内の一人だわ。誰にも求められず、誰からも信頼されず、誰も信用せず、誰かに言及出来ないからって世界に責任転嫁しちゃうのよね」
「ごめんなさい……」
七月二十二日、僕は、僕たちは町の中心部から外れた閑散とした喫茶店を訪れていた。
カウンター内で雰囲気のある老人の店主が丁寧にグラスを磨き上げる様を見ると、まるで高級なバーにいるような錯覚に陥ってしまう。
まぁ。
バーなんて、行ったことないんだけれど。
「で、話を戻すけど――いや、戻すもなにも、未だに僕はお前たちの正体を詳しく知らないんだよ」
「ふふ、そうね。詳しく教えたところで果たしてそれを受け入れることができるかどうかはさて置き、なのでしょうけど。知らない方が身のためと忠告でもしておくとするわ」
「……?」
「おい、お前……全く、もったいぶるのも言葉遊びもいい加減程々にせい。ここでこやつを混乱させて何の意味があるのだ」
「あら、そんなつもりはないのよ。ただのお遊び、優越に浸れるの唯一の退屈凌ぎよ」
円形のテーブルを囲うようにして座り、左の『白い彼女』がそこで溜息を吐いた。
右には比賣 咲夜。
ただならない笑みを浮かべていた。
怖い……。
「じゃぁ、そうね――こちらから全てを教えるっていうのも何だか気が引けるし、あなたの質問には答えてあげるわ」
真実かどうかはともかくね、と比賣は加えた。
僕はその言葉を聞いて、唸る。
質問か……。
何を訊くべきなのか――いや、訊くべきことは山ほどあるか。
山ほどあり過ぎて絞り込めない。
「はい、三つまで」
「……え?」
「私、待たされるのは性に合わないのよ」
「ちょっと待って、今絞り込んでる途中なんだよ。っていうか、神様でも時間に対して執着心を持ってたりするのかよ」
「それは私が神であるかという質問?それとも、神は時間に執着するかという質問?」
「え……いや、それはちが――」
「答えはイエスよ」
比賣は僕の訂正を聞くまでもないと、遮って言った。
僕を制して、答えた。
答えてしまった。
「はい、あと二つ」
「…………」
そんなやり取り――比賣から一方的ないじめを受ける僕を見て、『彼女』はまた嘆息した。
そもそもいじめは本来一方的なように思えるけれど、それを言うなら、これはいじめではなく虐待だ。
横暴にもほどがある。
「木花之佐久夜姫と言えば、出来の悪そうなあなたにもわかるかしら?私の本当の名前よ」
「えっと……コノハナ?」
何だかアニメやゲームに出てきそうな名前だ。
しかし、お生憎様、僕はそんな奇妙な名前を一度たりとも耳にしたことがない。
「知らないのにどうしてそんなに偉そうなのよ」
「いや、ごめん……」
まぁ。
これは前々から薄々とわかっていたことではある――比賣が《人》ではないということは。
けれど、いきなり自分の本名ならぬ神の名を言われたところで、ピンと来るものなんて何一つないわけだ。
「言っておくけど――」
比賣は本当に不機嫌そうに声調を一段低くする。
今にも人を殺しそうな、剣呑な目つきが怖ぇ。
「あなたみたいな下等な人間が対等に話せる存在じゃないのよ、私は」
「あぁ、そうかもしれないよな……ま、僕だって既に人間じゃなくなってるわけだけど」
不運にも。
未だに自分が人の身でないことを受け入れられない。
例え受け入れたとしても、そこには常に疑念が付き纏うだろう。
「……ちっ」
「ちょ、おい!何で舌打ち!?」
「御主がこやつよりも上位の存在に成り上がったから納得いかないのであろう。まぁ、気にするでない。これも我のおかげ、我のおかげ。御主は堂々と胸を張っておればよい」
『白い彼女』が無表情に言った。
「と言うかさ、いい加減お前の呼び名は何とかならないのか?いくら名前も力も僕に渡したって言っても、神様はやめてないんだろ?」
「いや、やめておるよ」
「ノリが軽いな……そうだとしても、僕はお前を呼ぶ時困るんだよ。『お前』って呼称でも別に問題はないけれど、名前がないと呼び辛くて仕方ない」
「名前など別にこだわるものでもなかろう。こだわるとしたら、それは人間か、もしくはこやつのように嫉妬深くて執着心の強い器が小さなやつくらいじゃろ」
「…………」
僕と比賣は辛辣な言葉を躊躇なく放った『白い彼女』の前に沈黙した。
掛けるべき言葉が見つからない。
「まぁ、御主が言うなら呼び名くらいあった方がよいかもしれんの。何でもいい、御主が決めてくれ」
「そうだな……カミムスビって名前にあやかって、『ムスビちゃん』とか」
「昭和の臭いが漂うアニメに出てきそうな名前じゃのう」
「何でお前は昭和のアニメを知ってるんだよ」
「人の上に立つ存在として、現世に無知とはいかんよ」
「そんなもんなのか……」
それなら、と僕は少し思考して。
「かっこよく『ビームス』とか」
「それはテレビ業界の用語か何かか?」
「だから何でお前はそれが業界用語みたいだってわかるんだよ」
「と言うかの、御主。神の名で遊んでおると天罰が下るぞ」
「天罰を与えるのは神様だろうがよ」
どんな脅迫だよ。
脅迫にしても、幼児くらいにしか通用しない。
「そうじゃのう……今となって我は神ならぬ身。今更、神のような大層な名など必要あるまい。御主と同じような、人のような名で構わん」
「人のような名前、ね……それなら、『ハク』」
「それは確かに人のような名ではあるが、しかしどうしてか、日本っぽくないとは思わんか?」
真っ白な姿をする彼女の印象が強すぎて、『白』という文字から離れることができない。
まぁ、確かに『ハク』はどっちかというと中国人っぽい。
そもそも中国から伝わってきた漢字だ、音読みにするとどうしたってその感はでてしまう。
それなら、訓読みか。
『白』の訓読み……。
「日本っぽくするなら『シロ』だな」
「応、ようやくわかった。御主、我を愚弄しておるのだな。でないとしても、我を手なずけようとしておるのは確かなようじゃ」
「ごめん……」
さすがにそれは元神様としてのプライドが許さないのだろう。
彼女は露骨に不愉快な表情をする。
『シロ』か――良い名前だとは思うけれど、それはどっちかという愛玩動物につける名前みたいだ。
「いいじゃない、『シロ』――いいえ、『シロちゃん』」
比賣は。
待ってましたと言わんばかりに、体をテーブルの上に乗り出して言う。
黒い、ドス黒い笑みを浮かべて、くつくつと白い歯を見せた。
「僕もいいと思うよ、『シロ』」
「ええ、すごくいい響きだわ。『シロ』」
「……ぐぬぬ」
そんな悶絶にも似た唸り声で、眉間に皺を寄せながら苦痛の表情を浮かべる彼女――彼女からすれば不覚にも、そして不運にも、愛玩犬に名づけるように『シロ』と命名された瞬間だった。
意気消沈。
意気銷沈。
意気阻喪とも言う。
「さて、質問コーナーは残念ながらこれでお仕舞いね」
「待て、僕はまだ一つしか質問してない」
理不尽なカウントを含めてもまだ二つだ。
「一つも二つも三つも同じようなものでしょう。『少し』と『ちょっと』くらいに大差ない意味よ」
「お前は平気で僕に己の観念を押し付けるんだな!」
比賣は僕の言葉など聞こえていないかのような素振を見せて、言う。
それに――と。
「ここで駄弁るためにわざわざあなたを呼び出したわけじゃないのよ。生憎だけど、悠長にあなたの質問に答えてる暇なんてないの」
「そうですか……」
今はっきりわかったことがある。
理解したことがある。
比賣は――こいつは僕のことが嫌いなのだ。
それはシロが言ったように、嫉妬を含んだ感情によるものなのだろう。
いや、もしかすれば、それだけではないのかもしれないが。
「ん、待てよ。てっきり僕は今後についてとか、人に戻る方法とか、そういうのを一緒に模索してくれると思ってたんだけど、そうじゃないのか?いや、まぁ、それだと僕の個人的な我が儘に付き合わせるみたいな言い方になるけど――何かしらの形で協力してくれるのかと思ってたんだけれど」
「甘いわよ、カミムスビ」
比賣は。
僕をそんな風に『神の名』で呼ぶ。
「けどまぁ、確かにあなたからして見れば私たちは協力者なのかもしれないわ。ただ、あなたが人の身に戻る方法だとか、今後何をすべきなのかとか、そんな人生相談を受けるわけじゃないのよ」
「……そう、だよな」
「いや、ごめんなさい。少々意地悪な言い方だったわね。素直に言えば、私たちはあなたの味方。敵でもない、中立でもない――味方だということは覚えておいて」
僕は比賣の言葉に軽く頷いた。
「それが理解できたのなら、行くわよ」
「行く?どこに?」
「あら、決まってるじゃない」
私たちのボスのところよ――平淡な口調で席から立ち上がり、涼しい音色のするベルを鳴らしながら喫茶店から出る。
僕もそれの後に続き、テーブルに顔を埋めて沈黙を保ったままだったシロを尻目に確認して扉を閉めた。
敵でもない、中立でもない、味方か。
神楽坂 美耶子は僕のことを正面から《敵》と見做した。
神留 古鳴さんは僕のことを嘲笑しながら《中立》だと宣言した。
そして。
比賣 咲夜は僕のことを無表情に《味方》だと布告した。
なんだろう。
敵味方、そして中立という三者の中心に僕がぽつんと立っているような。
いや、それは僕がまだ何一つ理解していないからなのかもしれない。
それ故に、どこか孤独に感じるのかもしれない。
しかし、まぁ。
一先ず、味方だと言ってくれた比賣を信じてこれから向かう『ボス』に謁見するとしよう。
シロもいることだし、要らぬ心配、余計な心配は隅に置いていこう。
そして、いずれは人に戻る方法も見つかるだろう。
シロが僕に神の名を継承したように、何らかの方法で同じことができるはずなのだ。
それも追々、と言うか、むしろそれこそ迅速に模索すべきことだ。
まぁ、棘々しいやつだけど――比賣は別に悪い人間じゃないと、僕はそう思う。
いや、人ではないのだが。




