現在(おまけ)〜大円団〜
時間より五分ほど遅れて料亭雄山に到着した俺は、クラスの皆が待つ座敷へと案内された。
座敷では皆まだ料理や酒に手をつけてはいなかった。
「おぉ、今回の主役のお出ましだぞ」
「なんだよ、今回の主役って」
おそらく幹事のことだろうと思いながら、俺は空いている場所に座った。
「チルドとアリスは来たか?」
俺の問いかけにクラスメート達は揃って首を横に振った。
「そうか、一体どこで何をやっているんだかな」
「なぁ、和也…」
俺の横に座っている男――名無しも可愛そうなので友人Aにでもしておく――は小声で俺に話しかけた。
「チルド達と一番親しかったのはお前だよな?お前、あいつらから何も聞かされてないのか?中学校はどこにいくとか、日本のどこに引っ越すとかさ」
「わからない。あいつら、俺に何の断りもなく引っ越してしまったから」
「そうか……」
友人Aは残念そうに俯いた。
これまで何度か同窓会を開いてきて、アリスとチルドが出席したことは一度もない。最初の頃は、悪魔と天使の結婚ということでいろいろ問題でも起きているのだろうと思っていたが、回を増すに連れ、どうやらそうではないことがわかってきた。さっきも言ったように人間の世界とあいつらの世界では時間の流れ方が違う。厳密に言えば魔界と天界も時間の流れが若干違うことも、子供の頃チルドの召使い二人組に聞いた覚えがある。だから、もう彼らはよぼよぼの年寄りになってしまっているのかもしれない。
「アリスは女にしては結構勝気なところがあったしさ、絶対酒に強いよな」
「いや、あれで結構弱かったりしたら可愛いと思うぞ」
「お前、まだアリスを諦めてなかったのかよ?」
「あいつにはチルドがいるのになぁ」
「チルド君って変わった人だったけど、優しかったよね」
「そうそう、昼休みに学校の裏庭で猫の世話してたの私知ってるよ」
「それ私も知ってる」
クラスメート達から口々にアリスとチルドの話題が沸き起こった。
毎回、話題に出るのだが、今日のはまた格別だな。でも、あんまり度が過ぎると後でしんみりしてしまって乾杯ができなくなると困るし、一度ここらで止めておいたほうがいいだろう。
「はいはい、ちゅうも〜く!」
俺は両手を叩き、全員をこちらに注目させる。
「皆、あいつらのことについていろいろ言いたいことはあるかもしれないが、とりあえず先に乾杯をしよう。せっかく俺お勧めのいいお店なんだからしっかり味わってくれ!それじゃ皆、グラスを上に」
俺の指示で全員がグラスを天井に向かって掲げる。
「かんぱ〜い!」
「「「かんぱ〜……」」」
「ちょーっと待ったぁ!!」
突然の叫び声とともに、勢いよく戸が開かれる。皆、何だ何だとグラスを置いて騒ぎ始めた。戸の向こうにいたのはどう見ても俺達の知らない人物。
「あ、あれぇ?何、この間は?」
勢いよく戸を開けた女性は気まずい雰囲気を読み取ったのか、チラリとうしろを振り返った。
「何で皆白けちゃっている風味なのかな?」
「当たり前だ。物事には順序というものがある」
女性の後ろに立っている青年は冷静な口調でそう言うと、女性の横に並んだ。
「皆、久しぶり。だいぶ姿が変わって驚いているかもしれないけど、チルドとアリスだ」
チルドと名乗る青年がそう言うと、後ろでアリスを名乗る女性も照れくさそうに舌を出して笑っている。
「まさか、本当にお前らなのか……?」
俺は思わず立ち上がってつぶやいた。
男女は優しく微笑み、声を揃えて言った。
「「ただいま、カズ」」
その言葉を聴いた瞬間、俺は奴らに向かって走り出した。
何なんだ…。
何なんだよ…。
こんな粋な演出は設定した覚えはないぞ。だけど……。
だけど、どんな現れ方でもいい。あいつらが帰ってきた時は、俺の胸の中で「おかえり」と……。
アリスとチルドはやさしく俺を受け止めた。
「馬鹿野郎!帰ってくるのが遅いんだよ!俺達が、俺がどれだけお前らの帰りを待っていたと思ってるんだ!」
素直にお帰りと言えなかった俺の目から、二十年間封印していた涙が頬を伝って零れ落ちた。
「ごめん、カズ……」
チルドは俺の背中をさすりながら小さな声で謝った。
「そういえば、お前ら結婚どうなったんだ?」
ひとしきり泣いた後の俺の一言で、静まり返っていた会場が勢いを盛り返した。
チルドとアリスは最初こそ照れて何も話さなかったが、二人で何かを決意したのか互いに頷きあった。
「えっと、僕らはこの春結婚しました」
会場が『お〜』と湧き上がる。
「それまでにちょっと家の問題とかもあったけど、こうして無事にチルド君と結婚できました。それもこれもみんな、カズ君のおかげです」
「え、俺の?」
俺は目を丸くした。
この二十年あいつらはここに来てないんだから俺が何かをした覚えなんてないのだが……。
「またまたすっとぼけちゃって。手紙、ちゃんと読んだわよ」
アリスは嬉しそうに笑った。
手紙?そういえば、なんかその手のことをあいつらが行ってすぐに書いたような気がしなくもないような。
「でも、子供の頃に書いたあんな拙い手紙なんて何の役にも立たなかったんじゃないか?」
「そんなことないよ。カズ君の手紙のおかげで、私達は何回も立ち直れたんだよ。カズ君は私達の恩人なんだから」
アリスに面と向かって言われ、俺は恥ずかしくなって下を向いた。
「それから、政治家になったんだってね。今日もテレビでなんか放送していたのみたよ」
「ああ、この間の討論会のやつな。難しくてつまらなかっただろ?」
「う〜ん、ちょっとね。でも、カズ君、すごく立派になっててかっこよかったよ。
一番はチルド君だけど」
アリスのその一言に、会場がまた沸きあがった。
そして、この二人を交えての新たな乾杯の儀式が始まった。
「え〜、それではこれより六回目の同窓会を始めます。今回は私達のよき友人であるアリス・アストグレー氏とチルド・ニルソン氏をお迎えしましての……」
「ナベ君、かっこつけすぎ〜」
「難しくてよくわからんぞー!」
「庶民にわかる挨拶をしてくださーい」
「引っ込めー!」
「氏ねー!」
俺の丁寧な挨拶にクラスメート達は口々に野次をとばす。中にはただの暴言もあったが、それは温かい心でスルーしよう。とにかく――
「乾杯!」
「「「かんぱ〜い!!」」」
夢にまでみたチルドとアリスとの再会。
二人が俺よりも年を取っていたらどうしようかと思って、会わなくてもいいかと思った時もあったけど、やっぱりこうして再開できたことは俺にとって一番の幸せだ。
今日が終わればまた、二人は元の世界に帰るだろう。でも、絶対にまた会えると俺は信じている。
「チルド、アリス。俺はいつだって待っているからな」
<おわり>




