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「ふぅ…」


 俺は頭を休める意味もこめて一つ小さなため息をついた。

 やはり俺は筆をとるよりも、人前で演説をしていたほうが気楽でよい。俺のこのつたない文章で少しでも話の内容を理解してくれたら嬉しい限りである。

 少しばかり親身に話をしすぎて目的の場所を通り過ぎてしまったが、まぁいいことにしよう。どこかで転回すれば済む話だ。



 そういえば、俺がどこに行くのかまだ教えていなかったな。俺がこれから向かう場所は料亭雄山(おすやま)。東京内では有数の超高級和食料理の店である。今日は卒業して数回目になる小学校時代の同窓会をやる日で、今回の幹事は俺になってしまったのだ。職業上、こういう店に詳しい俺はクラスの仲間達と何度も予算について話し合った結果、たまには贅沢をしようということでこの店を選んだのだ。本来ならば、あの店は会社の社長など、一部の金持ちしかいけない店なのだ。

もちろん、俺自身はあまり金には縁がないのだが、政治家なんてやっていると、こういう店に引っ張りだこにされることも少なくない。俺だって本当はこんな店の料理よりかは、うちに帰ってゆっくり酒を飲みながら食事をするほうが好きなのだが、どうも変な爺や親父に無理矢理引っ張られていってしまうのである。そのくせ、仕事でここぞという時には俺のような若い者に任せっきりにしやがって、いい根性してるよな。

 

 おっと、すまない。年をとるとつい愚痴っぽくなっちまう。政治家の中ではまだ若い俺だけど、やっぱり三十を過ぎちまうと知らず知らずのうちにおじさん化していくんだなぁ。



 小学校を卒業してからいろいろあった。中学、高校とサッカー部に所属していたので一時はサッカー選手になろうと思い、きつい練習にも取り組んでいたのだが、外国語の授業でたまたま発表した英語のスピーチを評価され、世界外国語スピーチ大会なんてものにだしてもらい、ベスト五に名を連ねた。それからというもの、俺はサッカー部を退部し、ひたすら外国語の勉強と、論文やスピーチの特訓に励んだ。昔、誰かが言っていたように、俺は結構演説家としての能力はあるみたいなので、ものにするまでにそんなに時間はかからなかった。それでも、少なからず挫折はしてきたが。

 その間にもアリスやチルドに手紙を出すことは忘れなかった。チルドの家は迷いの森ごと消えてなくなっていたが、俺はそこに自作の手紙受けを作り、そこにチルドへの手紙を。もとアリスの家だったあの駄菓子屋には、アリスの手紙を預かってもらっている。いつかあいつらがこっちに戻ってきたときのために。しかし、あいつらからの返事が来ることは、この二十年近く一度もなかった。去り際に聞いた、魔界や天界では人間界と時間の流れが違うということだろうと思い、敢えて返事を強要するような文は書かなかったが、暇があれば姿を見せてくれと書いたことは何度もあった。

 奴らの手紙の返事がこないからといって、俺は奴らのことを片時も忘れたことはない。俺の心の中にはいつでもあいつらがいた。そして、挫折した時、嬉しかった時、悲しかった時はいつもあいつらに話を聞いてもらった。


「どこにいるんだよ…。今回はいつになく高い店を選んだんだぜ?お前らの分も、きっちり入れて予約したんだ。来ないと金と料理が無駄になっちまうんだぞ。だから……」


 くそ、ふがいない。

 俺の目にまた涙が浮かんでくる。

 もう泣かないと二十年前のあの日に決めたのに……


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