第21話〜三つの歴史〜
魔王。
その名に聞き覚えはあった。太古の人間界を破滅に追い込み、魔人戦争が始まったきっかけを作った悪い奴だ。戦争の結果は人間が大敗を喫したが、悪魔達も大分負傷してしまったため自らの世界へと帰っていった。これにより、人間界が征服されるという最悪の事態だけは免れたが、その後数百年間世界は暗黒の時代をたどったという話だ。
昔、俺の婆ちゃんが何度もその話をしてくれた。
「そのお話は多分チルド君のお父さんの時代の話だね」
俺が覚えている限りで話した昔話に、アリスは興味深そうに頷いた。それにしてもアリスの奴、今なんと言った?
チルドのお父さんの時代の話?
「そうだよ。だって魔人戦争って確か三千年位前の話でしょ?それって、チルド君のお父さんが魔王に就任した年だもの」
アリスは「そうだよね、チルド君」と確認すると、チルドは小さく頷いた。
「まぁ、その話は後で話すとして、要はあたしたちは人間とは別種族って言うことになるわけ。実を言うとさ、この間、カズ君を迷いの森から救い出したのは、あたしなんだよ?」
「えぇ!そ、そうなのか!?」
「そうだよぉ。もう、あの時のカズ君の顔、最高に面白かったわ。思えばカズ君の泣き顔を見たのは今回が初めてだったかも」
アリスは大層おかしそうに、愉快そうに笑った。いや、笑ったなんてかわいらしい感じじゃなかったな。あれは完璧に笑い転げている。
「どうして俺がチルドの家に行くって知っていたんだ?」
俺が聞くと、アリスは笑い転げるのをやめて続きを話した。
「だって、その日あたし日直だったじゃない。日直日誌を先生のところに届けにいったら、先生にいつもチルド君と一緒に帰っている子を教えてって聞かれたの」
「それでか」
「ここだけの話、あの迷いの森はチルド君のお父さんが作ったものなんだよ」
なんだって?
森を作った?
にわかには信じがたい話だった。だって、普通に植物の種をまいて、芽が出て細い木になって……森になるまで何百年もかかるんじゃなかったっけ?
「それをこなすのが魔王じゃない。魔王様に不可能はなし!」
「な〜し」
チルドは嬉しそうにアリスの語尾を反復した。こいつのマイペースぶりはたいしたものだよほんとに。
「じゃあ、森の入り口にあった立ち入り禁止の札は……」
「あれもチルド君のお父さんが親切心で立てたのよ。でも、人間の中には悪い人もいるから、乗り越えて森の中に入っちゃったらしいんだよね。そしたら案の定出られなくなってゲームオーバーっと」
人が死んだという思い話なのに、こいつはなんてあっけらかんとしているんだろう。
「だって、立ち入り禁止と書かれているのに入るのが悪いんだよ」
アリスは正論を言った。
「待ってよ。アリスは天使だろ?いくら悪いことをした人間でも助けるものじゃないのか?むしろ、助けて更生させるのが仕事だろ?」
俺がそう言うと、アリスは困ったように眉を細めた。
「昔はそうだったよ。でもね、いくら私達が人間にこれをしては駄目、あれをしては駄目と言っても結局またやっちゃうのよね。ほら、よく言うじゃない。駄目っていわれると余計にやりたくなるって。あれとおんなじ。だから今の天使界の方針では、『天使とは人間をよい方向に導く道標であって、強制的に導く者ではない』ってなっているの」
「ふ〜ん…」
正直この時はよくわからなかったが、アリスの言い分から察するに悪いのはどうも人間の心にあるらしかった。
「まぁ、そこまでお節介な天使も今は稀だねぇ」
「アリスは違うのか?」
「え?どうしてそう思うの?」
アリスがきょとんとした顔で聞き返した。
「だって、昨日のアリスってどう思い返しても、お前がさっき自分で言ったお節介そのものだったじゃないか」
「う……」
アリスは墓穴を掘ったと言わんばかりに言葉を詰まらせた。口ではああ言っていても、本当のアリスは困っている人間や、悪い人間を放っておけない性格のようだ。
「カズ、あまりアリスをいじめないで。アリスは天使界の常識を話しただけ」
チルドが少し怒ったようにつぶやいたので、俺はそれ以上彼女に何も言わなかった。
「カズ、他に質問ある?」
おっと、すっかり忘れていた。
「お前ら、ほんとは何歳なんだ?」
それである。この間の姿から察するに、二十歳は超えているだろう。それになぜ学校、しかも小学校に入る必要があったのか。
「レディーに歳を聞くのは失礼だよ」
「別にいいじゃん。言って減ったり増えたりするわけじゃないんだし」
そう言うと、アリスは深いため息をつきながら「八七〇歳だよ」と渋々つぶやいた。
「はい?」
目が点になるとは、まさにこういうことを言うのだろう。驚きを通り越して、なかなか小粋な冗談に聞こえてくるぞ。
「冗談違う。天使界や魔界では人間界と時間の流れ方が違う。それに、寿命も違うんだ」
チルドが説明する。
「ちなみにチルド君は九五三歳だよ」
きゅうひゃくごじゅうさん?
あまりに突飛な数字過ぎて俺の目がもっと点になった。
「人間界換算すると、私達の年齢はだいたい十二歳くらいかな」
「そうなんだ…」
ということはこの姿が本来の姿というわけか。
「違う」
チルドが素早く突っ込んだ。普段ボケ役のチルドに突っ込まれるとは思わなかったな。
「本来の姿はカズが昨日見た姿。種族が違っても二十歳くらいまでの成長過程はほとんど人間と変わらないんだ」
「じゃあ、どうしてこんな姿にまでなって人間の小学校に入ったんだよ。まさか人間の生活に触れてみたかったとかそんな理由じゃないんだろ?」
俺の言葉に二人は黙って顔を見合わせる。
「カズ君、今日暇ならうちにこない?実を言うとね、私達もどうして人間の学校に入るように言われたのか、あまりよく聞かされていないんだ。だから、ちょうどいい機会だし」
「でも、俺が行っても大丈夫なのか?」
「全然平気だよ。私の家は多分カズ君も知っているはずだよ」
俺の知っている場所?
俺達男子グループがよく行く秘密基地のことか?しかし、そんなところにアリスが住んでいるとは到底思えないし……。
じゃあ、一体どこのことを言っているんだろうか。
休み時間終了のチャイムがタイミングよく鳴り、この話は下校時間まで打ち止めになった。




