表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4話 打ち間違えた…。

「あの……」

「あ!?」

(声をかけるんじゃなかった……)

 男の人が振り向いたとき、私は激しく後悔した。

 フードを被っていたから気付かなかったけど、その男の人は金髪。煙草の匂いもするし、その目は切れ長。ギターかベースかのケースを背負っているからおそらく軽音楽部の人だろう。正直怖い。

「す、すみません! なんだか困ってたみたいだったので!」

「こっちこそすみません。ちょっとイラついたことがあった後にこの雪だったから……」

 しかし、その男の人の怒りはすぐに引っ込んだようで、ばつの悪そうな顔で謝ってきた。

「いえ、気にしないでください。手に持ってるの、確かカホンでしたっけ。それ持ってこの道帰るのは大変ですよね。軽音の方ですか?」

 確か文化祭のライブに出ていたのを見た覚えがある。その時は確かベース弾いていた気がするけど、手に持っているのはカホン。マルチプレイヤーという奴だろうか。

「だったって言う方が正しいかな」

 男性は困った様子でそう答える。

「え?」

「たった今軽音楽部退部してきたから」

「……なんかごめんなさい」

 イライラの原因はきっとそこだろう。部活を円満に退部できることはそうそうない。大体もめて、その後が気まずくなる。

「いや、君は悪くないから。むしろ練習邪魔して悪かった」

「え?」

「さっき、練習場所に戻る時、君のトランペットの音が聞こえてきたから」

「ああ……」

 トランペットの音は大きい。楽器庫のドアは薄いから外に音が漏れ出していたのだろう。

「大丈夫ですよ。そろそろ帰ろうと思ってたので。鍵閉めて出てきたら丁度あなたがいたんですよ」

「そうか。ならよかった」

「でも、この天気だから帰るの大変ですよね。もう雪は降らないと思ってたのに」

「そうだよなぁ。さすが雪国ってところか」

 窓の外を見ながら外の天気について話す。

「高田とか妙高の方はもっとひどいらしいですけどね。うちの部活に上越出身がいますけど、道路の両端に雪の壁ができてるとか」

「そりゃ恐ろしいな……」

「ところで、傘持っていらっしゃらないようですけどよかったら部活の傘使いますか?」

 しばらく立ち話をしていたが状況を思い出し、男性に提案してみた。

「部活の傘?」

「ええ。吹奏楽部用の置き傘があるんですよ……ってその荷物じゃ傘を差すのも大変ですよね」

 男性の背中にはハードケースに入ったエレキベース。右手にカホンを抱え、左手でカホン用のシンバルを持っていた。幸い楽器は濡れずに済んだようだったが、この雪の中を持って帰るのは困難だろう。

「ああ、せめてエレキベースだけだったらなんとかなるんだが、今日はカホンのケースを持ってきてなかったんだ」

 男性はため息をつく。

「あ、そうだ」

 その時、ある考えが浮かんだ。

「あの、もしよかったら吹奏楽部の部室に置いておいたらどうですか?」

「え?」

「今日預かって、晴れた日に取りに来てもらったらいいんじゃないかなと」

 吹奏楽部の部室は軽音部の部室から離れた場所にある。なので軽音部のメンバーと鉢合わせする心配は少ない。退部したと言っていたからきっと軽音部の関係者には会いたくないだろう。

「それはありがたいけど、迷惑じゃないか?」

「先輩が引退して、棚がスカスカなので問題ないです」

「上の人の許可取らなくて大丈夫か?」

「え?」

「ほら、部長さんとか」

「……あの、私が部長です」

「あ……。ごめん、1年生かと思ってた」

 男性は意外そうな顔で私を見ている。そりゃ私の性格じゃ部長に向いているとは言い難いけど初対面でそれはちょっと失礼なんじゃないだろうか。別に背丈もそんなに小さいわけではないし。

「こう見えても明日から3年生です! 国際学部国際学科の新野にいの 優子ゆうこ。吹奏楽部部長です!」

「失礼しました……。経済学部経営学科の木澤きざわ 龍平りゅうへいだ。俺も一応明日から3年生。サークルは今んところ無所属……ってなんで俺たち自己紹介してるんだろうな」

「ふふ、そうですね」

 ちょっと出た怒りの芽は木澤さんとのやり取りですぐに摘み取られていた。見た目は怖いし、第一印象も悪かったけど、意外といい人なのかもしれない。

「連絡先聞いてもいいですか?」

「ああ」

 木澤さんは鞄から手帳を取り出すと、さらっとアドレスと電話番号を書いて私に渡してきた。

「じゃあ、カホンお預かりしますね」

 私は木澤さんからカホンを受け取ると、空いている棚に置いた。



「だからここにカホンが置いてあるわけか」

 高橋くんは納得したように頷く。

「そういうこと。でも木澤さん、全然取りに来ないんだよね……」

 あれから数日が過ぎた。新年度を迎え、私たち吹奏楽部員は11人全員が無事進級した。

 今日は入学式だ。吹奏楽部は入学式での演奏を担当する。部長である私と、運搬係である高橋くんは忘れ物がないかチェックするために楽器庫に戻ってきていた。

「メールはしてみたのか?」

「うん……。でもなぜかエラーで返ってきちゃって。どうしたんだろう……」

「そうだなぁ……。来週頭まで連絡なかったら学科の友達に頼んで連絡とってみるわ」

 高橋くんは経済学部。確か木澤さんも経済学部と言っていたからなんとか連絡がとれるだろう。

「その時は悪いけどお願いするね」

「分かった。それじゃあそろそろ行こうか。もう少しで出番だし。忘れ物ないよな?」

 私は運搬リストを見ながら棚をチェックする。10人分の管楽器は全て搬出されているし、さやかちゃんが使う打楽器も会場に持って行ってある。

「大丈夫」

 私たちは楽器庫から出て、会場である体育館へ向かった。


--------------------------------------------


「ハクショイ!」

 体育館の外に出ると冷たい風が吹いてきた。4月になったとはいえ、まだ冬の寒さが残っている。

「木澤。風邪でもひいたのか? 今日、結構くしゃみしてるよな?」

 一緒にバイトをしている近藤こんどう 優介ゆうすけが少し心配そうに尋ねてくる。

「先週雨に降られて丸3日寝込んだ。バイトも代役探すの大変だったわ……」

「ああ、そういや俺にもメール回ってきてたっけ。俺、結局行けなかったけど代役見つかったのか?」

「いや、見つからなかったから無理やり出た……。寒空の中3時間外でビラ配り。死ぬかと思った」

「そりゃ大変だった……」

「嘘だけどな。さすがに休ませてもらったって」

「おい!」

 優介は真面目だから、からかうと面白い。やりすぎると黙り込むからバランスが難しいが。

(しかし、新野さんからメール来ないなぁ……。メールアドレス送ってもらうことになってたのにな。結局風邪やらバイトやらで練習棟まで行く暇がなかったから一回連絡入れないととは思ってるんだが……)

「……澤?」

(アドレス、もしかして前の送っちまったか?)

「木澤」

(あー、誰か吹部(※1)の知り合いいたっけな……。ダメだ。あいつは吹部辞めてるから頼めないし……)

「木澤!」

「ん?」

「ん? じゃねえよ。新入生来たから誘導するぞ。お前リーダーなんだからしっかりしてくれよ」

 優介の声にようやく我に返ると、優介は呆れた様子でこっちを見ていた。

「ああ、悪い。ちょっと考え事してたんだ」

「軽音部のことか?」

「違う。……今その話したくないから聞かないでくれないか? 退部届は出してねえけどもうあいつらとは縁切りたいと思ってるから」

「……分かった。それじゃあ、俺あっち誘導してくるな」

 優介はすまなそうな表情を見せると、すぐに新入生誘導に回った。


 あの後、軽音部の部長からメールが来たが、安藤たちはどうやら今回のことを歪曲して伝えたようだ。最初に手を出したのがなぜか俺ということになっていて、メールの内容は安藤たちに謝れと言うことだった。全く話にならない。

 そのメールは無視したままだ。退部届はネットで適当な書式を探して書いたから、今日の帰りにでも部長の家のポストにでも放り込んでおくことにする。


「すみません。入学者受付はどちらでしょうか?」

「あ、はい。反対側の入り口なのでそちらの通路を抜けて……」

 俺は軽音部のことを思考から追い出すと、受付を尋ねてきた新入生の対応に回るのだった。

大分空いてしまって申し訳ありません。新生活に慣れるのに必死でした。

ゆっくり更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ