第七話 仕返し
学校の授業。
午後は実技授業が多い。俺のいるクラスは体育館で魔法の練習だ。
今時、魔法なんてのは使えて当然だ。
魔法が使えない人間はそれだけで、ゴミ扱いされることもある。
日常生活でも魔法を使う場面は少しずつ増えているからな。
とはいえ、俺の学校はそこまで酷くはない。一部バカがはびこっているが、邦彦のいる学校と比較してみたら、可愛いものだ。
あそこは本当にヤバイ。実力ごとにクラスワケをしており、他クラスを激しく差別する傾向が強い。
その学校を出たというだけで、将来がばら色に輝くらしいが、貴重な学生時代をそんな地獄で暮らしたくはない。
ま、俺には縁のない場所だ。筆記で満点とっても、魔法が使えないだけで落とされるのだから。どうせ筆記で満点もとれないし。
と、意識がそれてしまった。
40人ほどが俺のいるクラスの人数だが、この数で大きな体育館を使用するのはなんとも贅沢だ。
気弱そうな担任はマイクを使いながらたどたどしく、授業内容を説明してくれる。
用は、怪我しない程度に各々が自由に魔法の練習。
分からないことがあったら先生に聞いてね、だそうだ。
それだけの内容なのに、五分ほど待たされた。もっと、まとめてから話してほしい。
ようやく解放された俺達は体育館のあちころに散らばり魔法の練習をする。
とはいえ、だ。契約したが、所詮魔法は使えない。
昨日家に帰って試してみたが、身体能力が向上した以外は目立った変化はなかった。
魔法の訓練が本格的になってきた。あちこちで魔法が生まれ、壁や床にぶつかるが傷は一切ない。
体育館の壁は耐魔法素材を使われているので、俺達学生程度の魔法の威力では破壊なんてできない。
精々傷をつけるのが関の山。たとえ傷がついても、修復の魔法の効果を持つ体育館は10分もあれば元通り。
鮮やかな魔法の数々を見て、いいなぁと思いながら体育館の隅でスクワットをして時間をつぶす。どうせやることはないのだ。
そんな中。クラスのあまり目立たない男の元に飯島が近づいている。
体育館の隅でひっそり練習している男の肩に手をかけている。
横顔は悪人面だ。よからぬことをたくらんでいるに違いない。
……ちょうどいい。ここで、あいつの学校での立ち位置を地に落としてやる。
一部のバカであるあいつを、叩きのめす。
いい加減うんざりしてるんだよ。
自分も迷惑しているが、多くの人間があの男に嫌なことをされてきた。
いつまでも威張っていられると思うなよ。
飯島に近寄り、俺は無理やり飯島をこちらに振り向かせる。
「おい、テメェ。オレと勝負しろよ」
飯島は壁に男を追い込み、力任せに脅迫している。
男の子は困ったように顔を伏せ、うなずこうとする。
「弱いものいじめか? 暇人」
飯島の肩に手をかけ、こちらに向かせる。
あぁ? と怒り顔の飯島は俺を認識するとくくっと笑う。
狙いが変わったようだ。
「はっ、てめぇでいいか。先生よぉ、審判頼むぜ」
体育館の壇の前に立っていた先生に声をかける。びくんと肩を跳ね上がらせる。
「え、え……で、でも」
瞳がきょろきょろと慌て、とめるべきかどうか迷っているようだ。俺の成績を考えれば、この模擬戦は戦いではなくてただの暴力になるのは明らかだ。
だが、強く言えない。この先生の駄目な部分だ。
そんな性格で教師になろうと思ったことが疑問だ。
「先生、別にいいですよ」
だが、今は好都合だ。俺には力がある。もらい物ではあるが、紛れもない俺の力。
担任は戸惑いの眼差しを向けたが、自分にはどうにもできないと悟ったのか、体育館のバスケットコートの半分ほどのスペースをあける。
「えっ、はい……二人とも、相手に怪我をさせないようにしてください」
俺と飯島が向かいあう。怪我をさせないでというのは本当に意味はない。飯島はそんなこと関係なしに攻撃してくるだろう。
心配そうな目が集まる。魔法の練習はいつの間にか終わっている。
今この体育館には俺たちのクラスしかいないから先生も止められないのだろう。
教師になって5年くらいだったか? 初めて持ったクラスが問題児の集まりで大変そうだよ。
審判として、緊張している先生に向って軽く手を振る。
安心してくれ。今日の俺は前までとは違う。
俺の前に立っていた飯島ははっとチンピラ顔を歪め、
「余裕だな、ねこのぎぃ? この前のは忘れたのかぁ?」
「そういや、そんなこともあったな。その分も含めて、全部仕返ししてやるさ」
俺は自分の肩に手を置き何度か回してからにぃっと笑う。
負ける気がしない。体の底から湧きあがるこの感覚。
「は、始めてくださいっ!」
先生が叫ぶ。
まだ能力は発動していない。発動の前段階ってところか。
それで、ここまで心に余裕が生まれるなんてな。
「いい加減自分の立場を理解しやがれ!」
飯島は手を横に振ると、火の矢がいくつも降りかかってくる。
俺は矢をすべて回避し、反撃のチャンスもあったがやめた。
挑発するようにニヒルに笑ってみせる。
「どうしたこの程度かよ?」
くいくいと指先を動かす。
「……っ! うるせぇよ!」
今度は魔法を地面にぶつける。
この体育館は魔法訓練ができるように耐魔力構造になっているので、燃えはしない。
地を這う火の蛇が噛み付こうと俺へと迫ってきたので、俺は思い切り足を振り回す。
風が生まれて、地面の火は消し飛ぶ。
体育館に傷はない。所詮、その程度だ。
飯島の優位は完全に崩れた。飯島の顔が恐怖に塗りつぶされていく。
俺は戦う気力をなくした飯島に腕を振りながら、近づいていく。
「今まで、お前がやっていたことだ。力を誇示して、他人に恐怖を与えて自分の言う事を聞かせる」
俺は飯島の目の前にしゃがみこみ、怯えた視線にぶつける。
笑ってやると、彼は顔を歪ませる。
「ひっ、くるな!」
「聞いたぜ? お前の親父結構有名な冒険者なんだってな」
少し、ゲームのようではあるが今の地球にはダンジョンと呼ばれる未知の存在がある。
明確な答えはないのだが、今はどうでもいい。
俺の言葉で思い出したように男は顔に余裕を取り戻す。
「オ、オレの親父は世界的にも有名な冒険者で、手を挙げればどうなるか分かってんのか!?」
下卑た笑みが俺の顔に向けられる。
ああ、知ってるよ。俺の中でのランクは4だけどな。
だから、事実を言ってのける。
「家なんざ知るかよ。というか、学校内の落ちこぼれ代表である俺に負けて親に泣きつくのか?」
「……うるせーぞ! テメェ、オレに近づくんじゃねぇ!」
「もう、うっせぇっ!」
飯島までの距離を縮め、当たる寸前で回転。
後ろ回し蹴り。飯島に避けるような力は残っていない。
俺は寸前で、契約の力を解く。
……さすがに、マジでやったら殺しかねないからな。
「ぶべぇっ!?」
顔面にヒットして、飯島は数秒体が宙に浮きドサッと背中から落ちる。
ピクリとも動かない。気絶したのかもしれない。
あー、相手に怪我させちまったな。先生の言うことを守れなかった。
頭を掻きながら、俺は肩を上下させて深呼吸する。
(うん……?)
異変に気づく。
体の節々が痛い。普通に立っているだけなのに、痛みはどんどん大きくなる。
「いっでぇぇぇえええーーー!?」
耐え切れないほどの痛みになり俺は大声をあげて、その場で横になった。
うん、なんていうか情けない状態だろう今の俺は。
契約に関しては伏せて、説明をすると筋力強化の魔法を使えるクラスの開力男君に保健室まで連れていってもらった。




