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第五話 契約


 うるさい街中よりは比較的に静かな場所。

 俺が結構好きな場所だ。それほど長くはない川を横切るように作られた橋。


 あまり車の通行もない。この橋はあまり使われていないんだ。


 橋の上で俺たちは眼下の川を見下ろしていた。顔にかかる風が心地いい。

 夕陽が川に反射して、輝いて見える。


 フラスターナの纏う空気は重たい。


『どこか人が少なくて、ここじゃない場所に移動したい』


 フラスターナの提案したとおりの場所へ俺は案内した。移動中一言もなかった。

 たぶん、怒っているのだろう。なんとなく彼女は俺の発言を気に食わないものとして受け止めたんだ。


 フラスターナはつまらなそうに足元に転がる石を蹴り、川に落とす。


「そ、あんたもあたしの『力』が目当てなんだ」


 そういうと、フラスターナは寂しそうに目を伏せる。

 魔族にとって、契約目的の人間は嫌なのだろうか。


 人間でいうお金持ちにたかる人のようなものなのか?

 よくわからん。


「まあ、そうだな」


「隠さないのね」


「いや、だってばれてんのに取り繕ったって意味ねぇだろ?」


「まあね。だからって、開き直るのもどうかと思うわよ」


 フラスターナはとんと橋の手すりに乗せた腕を伸ばし、体を後ろに。

 俺もくるりと振り返ると、フラスターナは真剣な表情のまま身長さのおかげで上目遣いに見てくる。


 うっ。可愛いな、こいつ。


 半袖に半ズボン。俺が適当にとってきた服だ。お世辞にもおしゃれとは言えない。

 ボーイッシュな女らしくない恰好なのに、凄く映えている。


 夕陽も重なり、映画のワンシーンのような輝きがある。


「あんたは、なんであたしの力を求めるの? 世界でも征服したいの?」


 はぁ?

 俺はぶっとんだ発言に思い切り首を捻る。


 目とかもきっと見開かれている。

 漫画やアニメじゃないんだから、世界征服なんてしたいと思うわけがない。


 かといって、正直に言うのもどうだろうか。

 仮に、フラスターナが力を貸してくれるとしよう。


 だが、それが仕返しのためだと知ったら?

 それはどうなのだろうか。あまりにも、規模が小さくないか?


 いや、関係ないか。俺にとっては生死を分ける重大な問題なんだ。


「仕返しだ。俺は学校じゃ仲間外れというか、孤独というか」


「一人なのね」


 ずばっというのな。仕返しか。


「いや、そこまではっきりと一人ではないけどさ。ある一部の奴らから陰湿ないじめを受けてるんだ。そりゃもう陰湿すぎて心が磨り減るほどのな」


「まさか、あんた……」

 

 フラスターナは一歩引いて、顔を驚きに染め上げる。

 俺もごくりと息を呑み、はっきりと口にする。


「そいつらに――仕返ししたいんだ」


「ちっさ! でかいのは身体だけか!」


「うるせぇよ! 俺にはものすっげぇ大事なんだよ! 気ばっかでかくて身体のあちこちが小さいお前に言われたくないわ!」


「へぇ、どこが小さいのよ?」


「胸――」


 フラスターナ様が髪を逆立てる。

 口端の筋肉がぴくぴくと引きつる。俺は慌てて両手を振って違うんだと主張する。


「背が小さいだけだ!」


 そして、俺はゆっくりと視線を下げてしまう。敏感に察知したフラスターナは眉間に皺の軍勢を作る。


「へぇ、そう。胸も背も小さいっていいたいんだ」


 俺の正直者ぉ。

 俺はじわじわと距離を詰めてくるフラスターナに反比例するようにどんどん下がる。


 下がれないだと?

 さっきからずっと橋の手すりに腕を乗っけていた俺はこれ以上下がれば後は川に落ちるしかない。


 フラスターナががしっと胸倉を掴んでくる。


「ま、あんたならいっか」


 何がだ!? 何が!? 殺されちゃうの?

 まさか……突き落とされる!?


 俺は痛みに耐えるために歯を食いしばり、目をきつく閉める。

 いつ、いつ、浮遊感が襲ってくるのだろう。


 来ない、来ないぞ。

 痛みも浮遊感もやってはこない。


 俺はゆっくりと両目を開けると、一番最初に視界に飛び込んできたのはフラスターナの唇。

 ……唇!?


 柔らかいものが触れたような気がするが。

 動転してて、全く楽しむ暇なかったぞっ。


「どうする? あたしの方は準備は終わったわよ。契約、するの?」


 準備って一体何の!?

 今の状況。もしかして契約てキ……マストゥマウス!?


 落ち着け。俺がこの前ネットで調べた限りではそんなことは載っていなかった。

 学校の授業でもそんなこと。いや、学校の授業は俺の記憶をあてにしてはいけないか。


 フラスターナは心なしか頬が赤い。それは決して怒りではなくて、きっと恥じらい。

 これは、契約だ。契約なのだ。


 決して疚しい気持ちはない。唇の感触を一生覚えておいてやるなんてこれっぽっちも考えていない。


「は、初めてなんだ、俺」


 俺は頬を染めて顔を横に向ける。

 恥ずかしい。人の顔をじっと見続けるのなんて慣れてない。ましてやそれが女で美少女。


 俺の女性に対する免疫は紙一枚程度の防御力しかない。

 もうボロボロだ。ゴミ箱行きだ。


「当たり前よ。そんなに何回もできるわけないじゃない」


 そ、そういうものなのだろうか。

 フラスターナは意識したのかさらに顔を赤くする。


「それじゃ、行くわよ。あんたはあたしが尋ねたら『はい』と答えなさい」


「あ、ああ」


 怪しい契約だとしても俺は全く見破れないぞ。ま、ここまで来たら行けるとこまで行けだな。

 フラスターナは目を閉じて、可愛らしい小さな口を開く。


「我はカリナ・クレイル・フラスターナ。ケイゴ・ネコノギを我の騎士と任命する。ケイゴ、汝にその意志はあるか?」


 なにやら、堅い文章だ。聞いてるだけで脳内を殴られているような感覚に捉われる俺は勉強が嫌いだ。


「はい、あります」


 はい、だけだと味気ない気がしたので後に付け足してみる。

 ちらと釣り上がり気味のくりくりお目々が可愛らしいフラスターナの表情を窺うがその後もつらつらと喋っている。


 契約に問題はなさそうだ。

 フラスターナはふうと首元をいじりながら、ため息を漏らす。


「はい、これで言葉の契約は終了したわ。これからキスするわよ」


「……優しくしてね」


 俺は恥ずかしくてそれしか言えなかった。

 するとフラスターナは強い拒絶の意志を持った表情になる。


「契約、やめてもいいわよ?」


 くすくすと口元が歪む。こいつ、楽しんでるだと。

 俺はそんな余裕はない。第一俺の方が関係的には下なわけだ。上司がフラスターナで俺はしがない……犬?


 ああ、なんだろう。少し興奮してしまうじゃないか。


「い、いや契約しよう」


 ここまで来て引き下がるわけにはいかない。

 俺の悲願とも言える願いが叶うチャンスなんだ。


「そ、じゃ行くわよ」


 フラスターナはさっきまでの恥じらいはどこかへ行ったのか強気な眼差しと共に俺の頬を両手で挟みこんでくる。

 逃がさないわよと顔には書いており、戸惑う俺がフラスターナの目の中に映っている。


 どこか虐めるように、目と口は曲げられる。

 俺は恥ずかしくて目を強く閉じる。


「なんで、あんたが目を閉じるのよ」


 フラスターナがちょっと怒ったように呟き、ふふんと笑う。

 そして、俺の……頬に柔らかい感触が訪れる。


 へ?


「あ、あれ?」


 俺が驚いて両目を開くと、フラスターナが俺から手を離して、腹を抱える。


「あははは!! あんた、まさか唇にキスすると思ってたの!? バッカじゃないのっ!? は、ははは! 笑いが止まらないわよ!」


 気品溢れるどこぞの令嬢なフラスターナが橋の上を下品に転げ回る。

 俺は……かぁぁと顔に一気に熱が集まり、自分の勘違いを思い出して恥ずかしさが限界を超える。


「ぎゃぁぁぁ! 忘れろっ! 俺は別に何も勘違いしてないからな!」


 とはいえ、同時に嬉しさもこみ上げる。彼女にバカにされている。それが俺をたまらなく興奮させるのだ。

 だから、落ちつけ俺!


 まずやらなきゃならないのは、記憶の削除だ。

 記憶ってどうやって消せばいいんだ!? 頭とかぶん殴ればいいのか!


「ケイゴに命ずる。跪きなさい」


「ぶべっ!」


 フラスターナがにやっと意地悪く笑い、一言呟く。

 俺は両手を上に、両足を変な風な形のまま地面に顔面をぶつける。


 アスファルトとキスしている。


「引かれたカエルみたいよ」


「う、うるせぇ」


 何とか顔を横に向ける。どうせだったらスカートを穿かせたかったな。

 ズボンじゃパンチラはない、か。


「それにしても、あたしに歯向かうとはいい度胸じゃない。あんた今のあたしは『ご主人様』よ? 命令は絶対服従。それが、あんたとあたしの関係よ」


「それって、ただの下僕よりもひでぇじゃねぇか!」


 ああ、でも下僕って響きいいかも。


「当たり前よ、なんたってあたしは偉いんだから」


 なぜかふふんとない胸を張ってみせる。


「お前の偉さは関係ないだろ……」


 と、文句を言うが今のフラスターナにはそれも可愛いもののようだ。


「さて、どうしようかしら~。踏んだりすると喜ぶ?」


「……生足なら」


「変態!」


 素直に言って何が悪い。フラスターナは俺に身の危険を感じたのか距離をとりやがった。

 声もあまり聞き取れないほどだぞ。


 何もしない、いやできないのにそこまで離れなくてもいいじゃないか。


「あんた! あたしの学校は知ってるわよね!?」


 わざわざ手でメガホンを作り、大声を出す。

 

「ああ! それがどうしたんだ!」


 俺も返事をする前に喉が潰れんばかりに声をあげる。

 発声練習なんてしたことないから、この調子で話していたら明日はがらがら声だ。


「明日、授業が終わったら会いに来なさい! 命令よ、分かったわね!」


「え、あ、ああ!」


 なんだ、そりゃ。

 俺は微妙な表情のまま返事をすると、フラスターナは手を振って走って行ってしまう。

 

 あ、おい! 待てよ! 俺を自由にしてくれ。

 と、心で叫んだのを聞き取ったように拘束が解ける。


 自由になった四肢を動かして、俺は空を見上げる。


「力って、どうやって使うんだろ……」



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