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第三話 逃走


 俺は色々と物色して、服を撫でていた。

 どんな生地を使っているのか分からないが、俺が普段着る服の数倍さわり心地がいい。


 これらを敷いて眠ってもいいレベルだ。


 とと、いつまでも遊んでいてはダメだ。さっさとしなければパーティーも始まってしまう。邦彦に言われた場所から服を取る。


 個室に入り、ズボンを脱いだ時、あ、入り口の鍵を閉めていないと思い出してパンツ一丁のまま近づく。


 まま、もう誰もここにはいないか。

 すでにみんな着替えてパーティー会場にいるだろう。


 そして、ドアが開きやがった!

 鋭く迫る扉。回避する方法なんてない。

 

 鍵を閉めようと伸ばした右手が強打。幸いにも咄嗟に指を曲げることによりつき指は免れた。

 まだ危険は終わらない。今度は俺の体に襲い掛かり――。


 見事にぶつけられる。そして、すぐに扉は閉まる。

 力が入らずにぶっ倒れる。だ、誰が入ってきやがったんだ。


 何とか顔を持ち上げて、俺は目をぱちくりさせてしまう。

 ここは、男の着替えをする場所だ。なのに、なんで。


 可愛い子だ。黒いドレスに身を包んでいて、黒とは対照的に氷のような透明な白さを持つ足が目に飛び込んでくる。


 銀髪瞳が青で……この子ってもしかして魔族か?

 魔族には青目の人が多い。日本人の黒目のようなものだ。


 確か、この学校には魔族特設クラスもあったな。そこの子だろうか。

 どちらにしろ、下手に怒らせたりすると厄介なことになりかねないな。


「あ、あんた! どこか隠れられる場所ない!?」


 突然女の子が胸倉を掴んできて頭を揺する。

 うおい、俺酔いやすいんだぞ!?


「な、なんで隠れるんだ? ……おえっ」


「追われてるのよ!」


 分かりやすいな。げぼっ。


「あうえ!? ええと、そうだあそこ!」


 衣装部屋の隅にもしっかりと掃除用具入れがあった。

 あそこなら身を隠せるだろう。


「え、ええ……?」


 少女の揺さぶる両手攻撃は止む。

 どうにも、あそこに入るのは嫌なようだ。俺はかくれんぼとかでよく入ってたから忌避はしないけどな。


 コンコン。部屋の扉が叩かれる。


「すいません。中に誰かいませんか?」


 がちゃがちゃと扉を開けようとするが、鍵がそれを阻む。


 あ、いますよ。 

 俺が扉の方へ歩き出そうとすると、少女が肩を掴んでくる。


「ひっ! あんた出るんじゃないわよ!」


 耳元に小声で囁いてくる。

 彼女の身体が近づいてきて、香水だろうか。花のいい匂いがする。


「いや、早く出ないと悪いだろ」


「あたしを追ってきてるのよ!」


 そこで思い出す。俺も下はパンツしか穿いていない事実を。

 このまま出れば警察のお世話になるだろう。


「ああ、そゆことね。だったら、早く隠れてろって、俺が適当にごまかしてやるから」


 いまいち彼女の事情は知らないけど、まあ誰だって一人になりたい時とかあるよな。

 きっと、彼女も金持ちで一人でいる時間がないのだろう。邦彦もそうやってぼやくことがあったし。

 

 その当たり理解力のある俺はよく邦彦を連れ出していたなと懐かしく思う。


「う、うううう」


 それでも、掃除用具入れには入りたくないらしい。


「大丈夫だ。つっかえるところはないから入れるって」


 ぐっと親指を立ててから背中を押してやる。

 なぜか、彼女の両目が鋭く尖る。


「胸がない……って言ったかしら?」


 暗には言いました。だらだらと流れる冷や汗を隠す。

 般若のような形相になりやがったので俺は慌てて両手を振る。


「今は関係ないだろ? ほら、さっさと行けって」

 

 ちょっと強めに押してやると、彼女は顔を強張らせながらも掃除用具入れに収まった。

 完全に姿が見えなくなったのを確認してから、鍵を開ける。


 外には、メイドがいた。女性にしては背が高く、胸もあり、顔も綺麗。モデルのような人だ。

 瞳が青い。……もしかして、魔族?


 二人も目が青いということは、逃げてきた子は魔族だな。

 メイドの鋭い視線に射抜かれる。


「こちらに誰か――なんて格好をしているんですか」


「ぬおっ!」


 俺そういや半裸だったっ。


「訴えますよ? 私の目が腐り落ちたらどうするんですか」


「そ、そこまでですか?」


「ええ。とまあ、こちらも急かすように開けましたしね。鍵が閉まっていないし、返事もないので誰もいないのだと思ってましたよ」


 よ、よし。なんだか雲が晴れていったぞ。

 見事な快晴だ。ひゃっほい。


「それでは、半裸のままでお聞きください」


 何か着たかったが、下手に長い時間いられるのもまずいと考えていたのでこれでいいかもしれない。


「こちらに、誰か来ていませんか?」


 ぎくっ。違う意味で心臓が脈打ち始める。

 俺はちらと掃除用具入れを見て、ってこのままだとばれちまう。


 慌てて天井へと視線を逸らす。


「いやぁ、知りませんね。どうしたんですか?」


 メイドさんはじーと見てから、ため息を漏らし、


「本日、この学校に入学予定のカリナ・クレイル・フラスターナ様がパーティーに嫌気がさしたのか突然トイレに行くと言い残してどこかに逃げました」


 ……その名前聞いたことあるぞ。


 俺の目的はフラスターナに会うため。そして、契約してもらうため……。

 もしかして、掃除用具入れにいるのがふふん・ふふふふ・フラスターナ?


 日本に来るのは初めてだということで、画像が一切ない。

 姉などの画像はネットに貼られていて、胸があってすっげぇ美人ばっかりだったけど。


 姉は銀髪。掃除用具にいる少女も銀髪。……偶然じゃないよな。


「あなたの名前は?」


「ええと、猫之木啓吾です」


 メイドさんの鋭い視線に曝され、俺はどもってしまう。

 誤魔化すように頬を掻くが、大丈夫かな?


 メイドさんは「そうですか」と観察するように見てきて、


「私はセレーナです。もしも、カリナ様を見かけたら教えてください。それではどうか、これからよろしくお願いします」


「あ、こちらこそよろしくお願いします」


 相手が頭を下げてきたので俺もつられて頭を下げる。

 お願いします、ねぇ。

 

 そこまで丁寧に頼まれると、教えたほうがいいのかもしれないけど。

 ……いや、下手なことするとフラスターナに怒られそうだな。


 伝えるとしたら、フラスターナの許可を貰ってからだな。たぶん、無理だけど。

 メイドさんはそれきり、外に出たので俺は鍵を閉めなおす。


「おーい、うまく誤魔化したぞ」


 すぐに、顔を顰めながら掃除用具入れから出てきたフラスターナ。

 服にほこりがたくさんついていたので、払おうと手を伸ばすと――すかっ。


 回避された。


「ふん、あんたみたいな変態があたしのホコリを落としていいと思ってるの?」


 そりゃ勝手な親切心を見せたがそんな言い方はないと思う。

 俺は少々ぶっきらぼうに言い返す。


「あんだよ、いいだろ。それに変態じゃないぞ俺は」


「パ、パパパパンツだけでダンスしてたじゃない」


 勝手に捏造しないでくれ。それだと俺が変態みたいじゃないか。

 俺の名誉のためにも言っておいてやる。


「ここは、着替え室だ」


 親指をくいっと向ける。

 ずらっと並んだ様々な服。フラスターナは目を見開き、それから顔を赤くする。


 どうやら、自分の過ちに気づいたようだ。


「……変な場所に連れ込むな、バカッ!」


 顔を赤くして、フラスターナが両腕を下に思い切り伸ばす。


「だから、誤解を招くようなことを言うなよ!」


 このまま話していてもラチがあかない。

 切り替えるように空気を吸うと、頭の中もリフレッシュしたのか落ち着いて状況を理解できるようになる。


「それで、ふふん・ふふふう・フラスターナ」


 人の名前を覚えるのは苦手だ。おまけに、長いんだよ魔族の奴らは。

 名前と名字だけでも十分なのに、領地の名前とか父、母両方の名字が入っていたり。


 フラスターナだけは最低で覚えておいたんだ、感謝しろよな。


「あんた、あたしの高貴な名前を侮辱してるわよね?」


 目もとはにっこり、唇も綺麗に曲がっているがこめかみがひくひくと蠢いている。

 さすがにまずい、俺は和むように冗談を飛ばす。


「もしかして、カルシウム不足?」


「刺すわよ」


「……すんません」


 フラスターナが右手人差し指と中指を立て俺の眼前で振ってきたので謝るしかない。

 どう考えても目潰しするつもりだよ、この子。危険極まりない。


「で、どうすんだ。なんで、こんなところにいるんだよ?」


「……なんていうか、こっちもあっちも変わらなくて嫌だったのよ」


 いまいち要領を得ない答えだな。

 首を傾げると、フラスターナはずっしりと肩を落とす。


「あたしはこっちで、もっとちゃんとした友達を作ったりしたかったのに」


「友達いないのか、お前」


 ま、俺も自分の学校にはいないのだが。


「……うるさいわよ」


 フラスターナは……、なんていうか。

 気持ちが痛いほど分かってしまう。


 期待が辛い。周りは自分を特別に見てくる。

 俺の家系もそうだ。父親も母親も有名で、俺もそこそこ期待されてたからな。


 すっかり棘が抜け落ちたフラスターナの横に立って、頭を押さえ込む。

 そのままぐりぐりと髪をかき回す。


「な、なにするのよ! あたしの髪に触る何て万死に値するわよ!」


「なんつーかさ。難しい事考えるの、やめない? 俺ってあんま頭使うの好きじゃないからさ、そういう細かいこと話されても、なんつっていーかわかんないしさ」


「……」


 フラスターナは黙り込んだ。

 俺は、頭から手を離してばっと手を広げる。


「んで、どうすんだ? ここから抜け出して外の街でパァーッと羽でも伸ばすかっ?」


「……それも、いいわね」


 フラスターナは柔らかく微笑む。魔界で結構位の高い人でもあるらしいから、凡人な俺には分からないような苦労が多いのだろう。


 なら、俺も手を貸そうか。


「とりあえずはその服装だな。ここに都合よく服もあるし、この隣には女の着替え室もあるぞ?」


「別にいいわ。適当に着れそうな服を見繕ってくれない?」


「あいよっ」


 俺は彼女の背にあった、ちっこい服を選び渡す。

 少し眉をひそめられたが、受け取り着替えるために個室に入る。


 カーテンを閉め切ってから、顔だけを出して、


「覗いたら殺すから」


 言われなくても覗きませんよ。

 少しの間服の衣擦れの音が届く。

 

 パサッとドレスか何かが落ちる。

 彼女は今裸身なのかもしれない。スタイルがいいとは到底思えないが、むしろ未成熟のあの裸体も少し興味はあった。


 小ぶり――下手をすれば、まだ一切の実りも感じられない胸や、細い肢体。キレイな指が服を着るために自身の身体をなで上げる。


 ヤバイ、音だけだと想像が無限に膨らみそうだ。

 パシられたが、そのぐらい屁でもない。


 彼女が着替え終わる。

 姿は男物だけあり、ボーイッシュなイメージがある。


 だが、彼女が着ると魅力溢れる衣装に変化する。

 近くにあった帽子を投げ渡すと、彼女は被る。


「これで、恐らくすぐには見つからないんじゃね?」


「そうね。それじゃあ、外に誰かいないか見てきてくれる?」


「へいへーい」


 ドアを開け、外に出る。

 廊下には誰もいない。隣の部屋のドアをノックする。返事はない。


 こそこそと隠れながら移動するのってゲームみたいで楽しい。


「よし、ゴー」


 俺が男子更衣室の扉を開けて、声をあげると、フラスターナが身を低くしながら近くまで来る。

 そのまま俺が先行し、その建物から出る。


「どうやって出るのよ」

 

 誰もいないのに小声だ。彼女も中々分かっている。


「近くに脚立があるんだ。それで脱出だっ」


 フラスターナに待つよう告げてから、俺が先に近くの茂みに行き、脚立があるのを確認する。

 よし、これで。


 フラスターナへ手招きをすると、彼女はそそくさやってきて茂みに身を隠す。

 俺も周囲を警戒しながら、脚立を立てて上り校外へ。


 3mほどあり、着地と同時に足がジーンってしたけど何とかだいじょぶ。


「フラスターナ、来い」

 

 車の通りや通行人がいないことを確認してから、出来る限り小さい声で叫ぶ。

 フラスターナもよじよじと上ってきて、少し身長に心配はあったけど何とかこっちにやってくる。


「た、高いわ」


「言うほど高くないって。ほら、ダイブっ」


「い、嫌よ。足がじーんってしそう」


「大丈夫。痛くはない」


「じーんが嫌なのよ」


「じーんくらい我慢しろって」


「じーん嫌」


 なんだこの会話。知能が低いにもほどがある。

 天才最強ケイゴくんと呼ばれる俺としては、これは譲るしかない。


「ああ、もう。俺がキャッチするから信じて飛び降りろ」


「え、あ、う、わぁっ!」


 戸惑うような悲鳴とともに不慣れな飛び降りを見せる。

 まて、足から来るんじゃない! キャッチができ――ガボォウ!


「あ、大丈夫だった」


「そりゃ、人を蹴り飛ばしながら着地すればね……」


 結局、下敷きになった俺は、背中を踏みつけられる形で彼女を受け止めた。


 それと同時に。

 校内のほうが何か騒がしくなり始めたぞ。


「……もしかして、ばれた?」


 俺の呟きに、フラスターナは、


「逃げるわよ!」


 既に走り出していた。俺は痛む体をさすりながら、彼女の背中を追いかけた。

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