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第九話 訪問



「今日はお越しいただきありがとうございました。それではお帰りください」


 フラスターナ家のドアの前でメイド服を押しのけるように強調した胸が魅力のセレーナさんが綺麗なお辞儀をする。


「まだ来たばっかです、セレーナさん」


 彼女のボケにしっかりツッコむと「お見事です」と中に通してもらう。

 今日は前に言われたとおり彼女の家にお呼ばれされていた。


 屋敷の前から感じていたがでかい。彼女の家がこちらの世界でかなり儲けているのが分かる。


 なんていうか、でかい。

 シャンデリアとかが普通にあるし、ドアは一杯だし廊下はドッジボールが出来るほどに長い。


 絨毯が敷かれていたり、変な銅像などもある。

 あ、壁に剣が飾られている。あれ、本物なのか?


 今の時代、そこまで武器も珍しくはない。

 身近な例で言うなら浩介だ。


「ここが、カリナ様の部屋です」


 そうして案内された場所は体育館の入り口のように大きなドアだ。体育館という考えしかない庶民的な自分を殴りたい。


 これだけでもう部屋がどれだけ大きいのか想像できる。


 魔界の金持ちであり、魔法の才に溢れている。

 魔界の探索に向かう地球の人を補佐したり、地球でも魔法の研究に手を貸している。


 さらには家族も様々な貢献をしている。

 全員がサラリーマンの数倍の年収をもらっているのだから、家がこれぐらいになるのも頷ける。


 俺はドアを開け放ち、


「遊びに来たよー!」


 何て言おうか迷ったが適当なテンションで声をあげる。


「へ?」


 間抜けな声がしたと思ったらカリナがきょとんとこちらに顔を向ける。


 彼女は生まれたままの姿で立っていた。小さなからだはキュッキュッキュッ。

 すべてが引き締まった彼女の身体。可愛らしい小ぶりの胸。


 ごしごしと目をこする。

 裸!?


 大きな姿見の前に立ち、ハンガーにかかった服を自分の身体に当ててどれにしようか選んでいるカリナがいた。


 一応下着はつけており、体の前も服で隠れているので見えない。


「ああ、カリナ様の部屋に入る前はノックをしないと怒られますよ?」


 セレーナさんはにやっと笑う。

 あの人知っててわざとかっ! ていうか、普通ノックするものか! 妹はそんなこと気にしないから全然考えてなかった。


 カリナは止まっていた脳が起動したのか、手に持っていたハンガーにかかった服で体の前を隠す。

 さらに足もとに溜まった服の山から適当に掴んで、投げてくる。


「きゃぁぁぁぁぁぁああああーー!! 変態! さっさとドア閉めなさいよ!」


 飛んできたのは服、服、服。

 ふにゃーんと山なりを描きボスッと顔に当たる。


 痛くはないが、出て行けという意味だろう。

 俺は慌ててドアを閉めて、ふうと壁に手を当てて息を漏らす。


「……怒りたいけど、心は正直だ」


 俺はぐっと親指を立てる。いいモノ見れた。


「ありがとうございます」


 セレーナさんが綺麗なお辞儀を見せてくれる。


 いいものを見れた。

 それにしても、カリナの家にはどんだけ服があるんだ?


 カリナの足元に発生していた服の塊。あれを後で片付けるのはセレーナさんだろうな。


「カリナって、服とか自分で選ぶんだな」


 てっきりすべてメイド任せだと思っていた。

 セレーナさんは頭に手をあて、わざとらしくため息を漏らす。


「普段は私に任せるんですよね。ですが今日は珍しく、一人で選ぶんですよ。なぜでしょうかね?」


 こちらの顔を覗き込むようにセレーナさんが顔を寄せてくる。

 近い。セレーナさん、毒舌が目立つけどかなり綺麗だからな。


 なんか良い匂いもするし。

 顔が熱くなってきそうなので、俺は慌てて後退して頬を掻く。


 なぜ、なぜなんだ?


「あ、俺が来るからとか?」


 な、訳ないですよねー。


「たぶん、そうですね」


「マジで!?」


 俺を男と見てくれてるのか!?

 いやぁ、それは照れますなぁ。


 俺が頭の後ろで手を掻くと、セレーナさんもにこりと笑う。


「カリナ様にとっては、それだけあなたを特別に見てるんですよ。こっちに来て、初めて出来た友達ですからね。だから、これからも優しくしてあげてください」


「セレーナさん。あなた、そんな綺麗な笑顔できるんですね」


 母親が子供に向けるような美しい笑みだったのでぽろっと本音を漏らしてしまった。


「失礼ですね。まるで私が汚れているような言い方ですが?」


「いや、普段の言動とか、ねぇ?」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 いや、違うから。

 と、ツッコもうとするとドアが開けられる。


 肩で息をして、睨んでくるカリナ。


 今度はちゃんと服を着ていた。

 青い色の服で夏には涼しそうなワンピースみたいなものかな。


 肩紐だけなので肩の部分は肌が露出していた涼しそうだ。


「いいわよ、中に入って」


 あ、こめかみがぴくりと動いた。

 カリナの眼力が過去最高だ。

 

 セレーナさんは相変わらずの様子で俺の後ろに立っている。

 先に入らなければ、駄目?

 

 一歩踏み込んだ瞬間に首を吹き飛ばす仕掛けとかないよな。

 おそるおそる入り、椅子があったので座らせてもらう。

 

 俺の向かいにカリナも座り、もじもじしながら手を膝の上に置く。


「トイレか?」


 別に気にしないでいいぞ。


「違うわよ、バカー!」


 なんで、怒ってるんだ!?

 俺が心配したのに……。


「カリナ様、オムツの準備をしました」


 セレーナさんがどこかからオムツを取り出す。

 どこから出した?


「穿かないわよ!」


「普段、穿いてるのか?」


 じゃなければセレーナさんも持ち歩かないだろう。

 俺は恐怖した。


「穿いてないわよ! あんた、本当に一回殴るわよ!?」


 カリナが机を叩いて拳を俺の顔の前にちらつかせる。

 さすがに殴られると痛そうだから黙ろう。


 俺の態度にカリナはちょっとは落ち着いたのか、椅子に座りなおしてまたもじもじし始める。

 こいつ、本気でどうした?


 俺は本格的に心配になってカリナを見ると、


「どう?」


 カリナは頬を染めて、顔を横に向ける。

 だが、ちらちらと目がこちらを見るように動く。

 

 どう? 

 何がどう、なんだ? 馬でも鎮めるのか? どうどう。


「カリナ様は服が似合うかどうか聞いているんですよ。友達を誘ったのが初めてですので恥ずかしいんですよ」


 セレーナさんが耳元で囁くが、もろにカリナに聞こえるように言っている。

 おかげでカリナは顔を赤くして、両手をぶんぶん振って違うと強調している。


「あたしは、人間界ではどういう服が流行ってるのか聞きたいだけ! 余計なこと言うな!」


「余計とは、ケイゴ様に見せるのが恥ずかしい、ということですか?」


 くすくす。出た、真っ黒セレーナ。

 沸騰したカリナはぼうと湯気を出す。


「黙りなさい! もう、あんた飲み物でも取りに行ってきなさいよ!」


「二人きりになりたいと、分かりました」


 セレーナさんは最後まで余計なことを残してドアを閉じていく。

 カリナは真っ赤になったまま、怒っていますと腕を組む。


 はてさて、俺はどうすればいいのだろうか。

 すっかり茹で上がったカリナになんていおうか。


 服の感想? ファッションに縁のない俺がどうすればいい? 今日だって家にあった服を適当に着てきただけだぞ。

 休みの日に着替えるだけでも珍しいんだぞ。

 

 可愛いね。駄目だ。こんなありきたりな言葉じゃ。

 似合ってるね。あれ、俺のボキャブラリが尽きてきたぞ。


 輝いてるね。無理、身体が受け付けない。

 ……なんて、試練だ。これなら浩介の訓練のほうがまだ楽かもしれない。


「カリナはさ、服とか自分で選ぶのか?」


「……え、選ぶわよ」


 嘘発見。

 とはいえ、セレーナさんからその話は聞かなかったことにしてこのまま話を流そう。


 下手したら、着替えも全部任せてるよな。朝とか弱そうだもんなこいつ。

 カリナ、見栄張りたがるから胸小さいのに。


「似合ってると思うぞ、その服」


 自然だ!

 今の俺、さいっこうに冴えている。


 世界中の人が俺に賛美を送ってるはずだ。

 カリナはうっと唸り顔を下げる。


 限界突破したはずの顔がまた赤くなっているような気がする。

 まあ、友達自体いないようなことをセレーナさんがほのめかしてたしな。


「ふ、ふん! 別に褒めて欲しくて服を選んだわけじゃないわよっ」


 カリナもちょっとは機嫌がよくなったようだ。

 よかった、これで俺に雷が落ちることもなさそうだ。


「その割には、嬉しそうですね」


 なぜだ。

 セレーナさんが飲み物を持って背後に立っていた。


 ドアが開く音も気配もなかったぞ、忍者か。


「カリナ様はオレンジジュースを。ケイゴ様は麦茶でよろしいですか?」


 カリナはかぁっとゆっくり顔を赤くする。


「オレンジジュース?」


 セレーナさんのお盆の上に乗っている俺の麦茶が入ったコップは縦長の店など出るようなものだ。

 対するカリナはティーカップ。てっきり紅茶でも持ってきたのかと思ったら、オレンジジュース。子供か?


「魔界には柑橘葉というものがあるのよ。柑橘葉から作った飲み物はこっちの世界のオレンジジュースに似ているのよ。魔界では貴族の嗜みとしてそれを飲む風習があって、まあ日本にはもちろんないからオレンジジュースで代替しているのよ。別にオレンジジュースが好きなわけではないから、勘違いしないでよね」


「セレーナさん」


 俺は魔界に詳しくないからな。魔界の事は現地人に聞くのが一番。

 セレーナさんはぞっとするほどに優しく微笑み。


「全部嘘です」


 テーブルに飲み物を並べていく。


「セレーナッ!」


 カリナが顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がる。

 俺はセレーナさんに襲いかかりそうなカリナの肩に手を置き、微笑む。


「まあまあ、オレンジジュースが大好きなオムツちゃんはじっとしてましょうね」


「殺すわよ!?」


 カリナが血走りそうなほどに目を開いて睨んでくる。

 俺はにやにやしながら、悪い悪いとちっとも反省しないで座る。


 まあ、俺もオレンジジュースは嫌いじゃないさ。子供の飲み物だとも思ってはいない。

 だけど、カリナが必死に言い訳しなければスルーしていたけど、あそこまであからさまな弁解をされたら、からかわずにはいられない。


 セレーナさんは飲み物を置くと、「外で待機しておりますので何かありましたらお呼びください」と残して去ってしまう。


 残されたのは俺とカリナ。

 俺はとりあえず麦茶に口をつけて、どうしようかと考える。


 友達の家で遊ぶとしたら、ゲームか訓練じゃないのか?

 少なくとも浩介と邦彦はそんな感じだからな。


 女の子は何をするんだろう。

 おままごと? ……何歳児だ。


「そういえば、あれからどうなの? 仕返しとかあるの?」


 と色々思案しているとカリナの方から話題提供。

 あれ、というと俺の反逆劇か。


「めっきり静かになったな。俺以外の生徒にも結構威張ってたわりに牙がもげたピラニアみたいなそんな感じだぞ今は」


「へぇ、まあいい薬になったんじゃない? 力があるからってすべてが許されるわけじゃないわよね」


「良い事言うな、カリナらしくない」


「蹴るわよ?」


 カリナが目を鋭く細める。そんなことをしても俺が興奮するだけだぜ?


「素足なら喜んで」


「……やめるわ」


 そこで、ぴっと会話が終わる。

 どうにもカリナはちらちらと俺の方を見てくる。


 何か話題を提供しろということだろうか。

 いや、でもさっき俺の事が話題になったんだから。ああ、カリナの事を何か聞けばいいのか。


 学校生活は……やめよう。

 邦彦の話から彼女はどうにも一人でいる時間が多いのは分かっている。


 所謂地雷だ。

 俺は昨日二人から聞かされた話を不意に思い出し、ぽつりと漏らす。


 そうだな。カリナは案外自覚していないこともあるし、一度びしっと言っておくか。


「そういえばさ、お前って結構やばい状況なんだな」


 ぴくっとカリナが眉を動かす。

 テーブルに置かれたティーカップへ小さな手を持っていく。


「その話なら、やめなさい。聞いてもつまらないだけだわ」


 カリナは優雅に持ってきたオレンジジュースに口をつける。

 俺も麦茶を嚥下してから続ける。


「つまらないって。いいから、聞けって。お前を狙ってる大きな組織があるんだよ。俺の友達が前に一人捕まえたから信憑性は高い。夜とか一人で行動するなよ?」


「それ以上は、やめて。本気で切れるわよ」


 カリナの顔には聞きたくないと書かれているが、ちゃんと自覚してもらわないとこっちも大変だ。

 俺も、お前がいなくなったら、嫌だ。友達だから。


「お前なぁ、子供っぽいこと言ってるなよ。結構マジで危ないんだぞ? 魔王の素質を持つお前を国単位で狙ってもおかしくない状況なんだから――」


 がたんと椅子が倒れる音がして、俺は途中で口を止める。

 なんだ? と思っていると。


 テーブルに片手をつけたまま、カリナが俺の胸倉を掴んでくる。

 両目を鋭く尖らせて、歯を食いしばっている。


「だから、何であんたまでそんなこと言うのよ! しつこいわよ!!」


 あんた、まで? 誰かに同じことを言われたのか?

 いや、誰でもいい。きっとそいつもカリナを心配したから言ったんだろう。


「心配だからだろ!? 俺は、お前の下僕なんだろ!? 心配して当然だろ!?」


「下僕なんだから、あたしの言う事聞いてればいいの! あんたは、あたしの道具なのよっ!」


 道具……だと?

 カリナは、俺を本当にただの道具にしか見ていないのか?


 それなのに、俺はカリナを友達と思って一緒に遊んだりして。

 俺だけだったのか?


 カリナは、ぽかんとして口を押さえている。


「ち、違う違う! 今のは間違えたわ」


 何が、間違いなんだ?

 咄嗟に出た言葉が俺を道具扱いする発言。


 普段から思っていなければ出てくるはずがない。


「悪かったな。下手に口出しした俺が悪かった」


 急な俺の態度の変化に驚いたのか、カリナが戸惑ったように瞳を揺らす。


「ケイゴ……?」


「お前は、俺に物であってほしかったんだもんな。余計なことは聞かないで、口答えもしない。主に従順な駒が欲しいんだよな」


「何、言ってるのよ……?」


 俺は、駄目だ。

 一度怒りを口にしたら、止まらない。


 抑えろ、抑えるんだ。これだけは言っちゃいけない。

 それでも、俺の口は動きを止められない。自分のモノのはずなのに、他人に操られているような。


「じゃあな、ぺちゃぱい」


 余計なことまで言ってしまう。

 

「誰が、ぺちゃぱいよ!!」


 カリナが本気で怒った。

 俺は逃げるように部屋を後にする。


「あんたなんか! 二度と顔も見たくないわよ! さっさとどこかに消えていなくなればいいのよ! バーカ、バーーーカッ!!」


 屋敷全体に広がるような大声だ。近所迷惑、にはならないか家がでかいもんな。


 外で待機していたセレーナさんが見てくるが、何も言わない。

 どうせならカリナの側について怒ってくれてもいいんだが、こういうときは毒を吐かないんだな。


 俺はさっさとカリナの家から逃げた。





 家に帰る途中の公園のベンチに座り滑り台や砂場で遊ぶ子供たちを見ながら、俺は頭を抱えていた。


 何をやってしまったんだ。


 馬鹿だ。

 なんで、あんなこと言ったんだよ。

 

 もっと、こうなんか言う事できなかったのか?

 あいつだって、本心じゃないんだろう。本当に頭に血が上って言ったのは分かる。


 普段どう思ってるかは、毎日のように接してる俺が分かる。

 あれが、『物』に対して接する態度だとは思えない。

 

 そりゃ、俺を馬鹿にしたりもするがそんなの兄妹喧嘩みたいなもののはずだ。

 俺だってからかったりするんだからおあいこだ。


 まあ、あいつがかなりの演技がうまいのなら俺はすっかり騙されてるわけだけど。

 カリナが演技がうまい? いやいや、壇上に立ったらカッチカチにあがるタイプだ。


 マイク持っても何も言えずに、喋ったと思ったら絶対噛む。

 なんか想像したら笑ってしまいそうだ。


 パンッ! と決意するために頬をたたく。

 よし、明日謝ろう。


 邦彦にカリナのクラスが終わる時間を調べてもらって、校門のところで奇襲攻撃だ!

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