好きな人が風邪をひいて喜ぶなんて賎しい女ね
この夏、日本をインフルエンザが席捲した。
私、正留水面の幼馴染である葵愛生もそのブームに乗っかってしまい土曜日から寝込んでいる。
今年のインフルエンザは特に他人にうつりやすいタイプらしく、私も数日と持たないだろう。
私が家を出ると、隣の家で花壇に水をやっていた愛生のおばさんに声をかけられる。
「あら水面ちゃん、あなたはインフルエンザ大丈夫なの?」
「ええ、今のところは」
「そう、だったらウチの愛生を看病してやってくれないかしら、アタシも旦那も今日は仕事が長くなりそうで心配で心配で」
「わかりました」
おばさんに愛生の家の鍵を渡される。愛生の両親は一人っ子ということもあり傍から見ればかなりの過保護だが、そんな彼女達に信頼されているというのは幼馴染冥利に尽きる。
一人で学校へ行くのは久々な気がする。なんだか落ち着かない。
愛生と一緒に通学してもほとんど会話がないけれど、やっぱり好きな人と一緒に通学ができるというというのはそれだけで嬉しいのだ。思っていたよりも愛生は私の心を支配している。
「よう、お前も一人か」
後ろから声をかけられたので振り返ると、そこには金髪の背の高い少女。
彼女は私達と大体同じ時間帯にこの道を歩く、焔崎高校に通う女子高生のさなぎさん。
「あの、私に何か」
「いやー、お互い相方がインフルエンザでいなくて寂しいよなぁ、そんなわけで何か話そうぜ」
そんな理由で声をかけるとは、なんてコミュニケーションに積極的なのかしら。
「はあ。さなぎさん昔の面影全くないですね」
「…あれ?お前俺の事知ってんの?」
「正留水面。幼稚園の頃に一緒だったけど、覚えてないかしら」
「…ああ!思い出したぜ!そうかそうか、マサルちゃんか」
実を言うと彼女とは幼稚園が一緒で、よく名前が原因でいじめられていたという接点を持つ。
しかしあの頃に比べると髪も染めて背も伸びて完全に別人だ。
「しかしチャンスだよな」
「何が?」
「俺の彼氏もインフルエンザでやられちまったから今日看病しに行くんだよ。弱ってるところに優しくすればもう好感度うなぎ上りだな。ついでに弱ってたら襲いかかっても抵抗されない」
「痴女ね」
少女漫画とかでよく見るわ、そういう展開。男と女は逆だけど。
「恋は戦争なんだよ。お前だってあのいつも一緒にいる男の看病するんだろ?それで寝てる男にこっそりキスとかしちゃうんだろ?」
どうやらこの子とは恋愛に対する価値観が正反対らしい。それじゃあな!と彼女は焔崎高校の中に消えていった。
自分の教室に入ると、奏さん…愛生の片想いの相手がいた。彼女も無事なようだ。
「奏さん、おはよう」
「あ、正留さん、おはようございます。休み、多いですね」
クラスを見渡すと、大体半分くらいの生徒が休んでいるようだ。
「…ところで、今日愛生の家にお見舞いに行くのだけど、奏さんもどうかしら」
「え、ええ?わ、私が、葵さんの家にですか?」
私はどうしようもない馬鹿だ。恋敵をお見舞いに誘うなんて。
「ええ、奏さんが良ければだけど」
「…はい。行かせてください!葵さんにはいつもお世話になってますから!」
恋のライバルと正々堂々戦う、とかそんなのではない。
ただ好きな人の喜ぶ事をしたいから、だから奏さんを誘った。
自分の幸せなんてどうでもいい、愛生が幸せなら。
それで私も幸せなんだと自分に言い聞かせて今まで生きてきた。
こういうのなんて言うのだっけ、メサコン?
放課後、スーパーでプリンとか梨とかを買って愛生の家に。
愛生の部屋に奏さんを残して、私は梨を剥いたりおかゆを作ったり。
できるだけ愛生と奏さんが二人きりになれるように努めたわ。
自然と目から涙がこぼれる。結局私はどうしようもない馬鹿なのだ。
恋のライバルに勝ち目がないから、譲ることで自分を納得させようとしているだけなのだ。
作ったおかゆに涙が入ってしまう。しょっぱくなってしまった。
泣くなら心で泣け、体で泣くんじゃない。おかゆをトレイに乗せ、私は愛生の部屋に向かった。