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好きな人が屑で変態でもやっぱり好きなのよ

 春休みが始まった。

 私は自分の部屋で飼っているクロハラハムスターのマリーに話しかける。

「ねえマリー、私の好きな人は失恋したわ。私はどうすればいい?」

「チー」

 マリーはペレットを食べるだけで私の質問には答えてくれない。

 私は奏さんが久我君に告白すると聞いた時、ひょっとしてチャンスなんじゃないか?と思った。

 失恋した愛生を私が慰めて、ハッピーエンド。そんな事を少し考えていた。

 けれども、終業式で奏さんと久我君が付き合うと発表した時の愛生の顔と、

 その後愛生が駆け込んだトイレから聞こえてきた嘔吐の音と、

『なあ、俺の1年って、何だったんだろうな』

 その日の帰り道に聞いた、愛生の死にそうな声。

 私は愛生を慰めるとか無理だと思っていた。

 私の力じゃ愛生に開いた穴を埋めることなんてできないと思っていた。

 やっぱりあの時何とかして奏さんと愛生をくっつけるべきだったのだろうか。

 そんな事を考えながら、ほとんど部屋でぶつぶつとハムスターに語りかけていた。



 それにしても、最近愛生の家からドンドンと音がする。工事でもしているのだろうか。

 自分の部屋の窓から見える愛生の部屋の窓には真っ黒なカーテンがかけられていた。

「ちょっとあんた!何があったか知らんけどいい加減部屋から出てきなさい!餓死するつもり!?」

 愛生のおばさんの怒号が聞こえていた。どうも様子がおかしいと思った私は、愛生の家を訪ねる。



「あの、どうかしたんですか?」

「ああ、水面ちゃん…それがウチのバカ息子がずっと部屋に引きこもって、ご飯も食べようとしないのよ。水面ちゃん、何か心当たりはあるかしら?」

 おばさんが警察を呼んで無理矢理ドアをぶち壊そうかしら…と悩みだす。

「…私に、任せてください」

 愛生は失恋したせいで自暴自棄になってしまった。そして部屋に引きこもってしまった。

 3日程じゃまだ大丈夫だろうけど、このままでは本当に餓死してしまう。

 愛生がこうなったのは、私の責任だ。私が責任を取らなければ。



 もう3日も部屋から出てこない愛生のために料理を作って、愛生の部屋の前へ。

 なるほど、確かにドアには鍵がかかっているし、隙間から覗いてみるとバリケードのようなものが散乱してある。

「愛生、開けて」

「水面」

 コンコン、とドアを叩いて呼びかけてみると、中から愛生のかすれたような声がした。よかった、まだ生きている。

「ほっておいてくれよ」

 もう俺は生きている意味がないから死にます、そんな感じの声だった。

「駄目。死なれたら私が困る」

 愛生には幸せでいて欲しいのだ。愛生が死んだら私が困る。

「水面、何でお前あそこまで尽くしたんだよ、俺みたいな屑で変態な男のために。苛めに加担して、責任まで自分でとろうとして、何で俺と奏さんをくっつけようとしたんだよ。ま、お前の頑張りも結局は無駄になっちまったわけだけどな」

 何で…か。いい加減私も覚悟を決めて、この鈍感男に伝える必要があるのだろう。



 私は深呼吸をすると、思い切りドアに体当たりをかます。

 好きな人のためなら、こんな障害なんて壊してやる。

 頑丈なドアだ、びくともしない。

 それでも何度も何度も体当たりをかます。右肩がずきずきする。

 だけどこんな体の痛みなんて、愛生の心の痛みに比べたらどうってことないのだ。

 何回体当たりをしたか忘れたけれど、ついに私は愛生の部屋のドアをぶち破った。

 突然ドアを破壊してやってきた私に、愛生は目を丸くする。

 色々言いたいことはあるが、とりあえずご飯を食べさせなければ。

「んっ…うおっ…んぐ」

 私は無理矢理愛生の口に作ったおにぎりを押し込めて食べさせる。

 おにぎりを食べた事で食欲が急に湧いたのか、愛生は無言で持ってきた料理にがっつきはじめた。もっと味わって食べて欲しいな。

 その後料理を食べ終えて死にそうな顔が活き活きとしだした愛生を見て、私は涙を流しだす。よかった、本当に良かった。

「本当におせっかいだな。体痛くないのか?つうか何で泣くんだよ?」

 ぶつかった方の右腕の感覚がほとんどないけれど、そんなことどうでもいい。



「おせっかいじゃない!私は!愛生の事が好きなの!屑で変態でも!だから、だから死んだら嫌なのよ!」

 私はすがりつくように愛生を抱きしめた。

「み、水面が?俺の事を?」

「そうよ!私は愛生が好きなの!」

 言ってやった。ついに告白してやった。私は愛生が好き、だから幸せになって欲しくないし餓死なんて嫌。

 私と結ばれなくてもいいから元気な顔を見せて欲しい。告白の恥ずかしさと、愛生を助けることができて良かったという安心感から私は子供のように泣きじゃくる。



 気づいたら、愛生も私の事を抱きしめていた。

 そこから後は、言葉なんていらない。





 春休みが終わって今日から私達も高校2年生。

 始業式に行くため私と愛生は二人で家を出て学校に行く。

「お、久々だなお前ら。おいおい、手をつないで学校行くとかバカップルにも程があるぜ」

「ようやくくっついたんですね、おめでとうございます」

 途中でさなぎさんと桃子さんに祝福を受けた。

「おはよう、さなぎさんに桃子さん。…桃子さん、その指輪」

 愛生が桃子さんの手にはめられている綺麗な指輪に注目する。

「えへへ、彼氏に貰ったんですよ。自分でアルバイトして買ったんですって、自慢の彼氏です」

 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる桃子さん。それじゃあ、と二人の通う高校の前で別れる。

 数年後、私もあんな指輪をつけてみたいものだ。



「あ、葵さんに正留さん、おはようございます」

 T字路にさしかかると、奏さんが立っていた。

「おはよう奏さん。その、俺達付き合う事にしたんだ」

 愛生が奏さんの前で、私と付き合っていることを公言。

「そうなんですか、おめでとうございます。それじゃあ、私は久我君ここで待ってるので。同じクラスになれるといいですね」

 奏さんとひとまず別れて、高校に向かう。



「葵愛生です。ダブルブルーと呼んでください。1年の時同じだった奴は今年もよろしくおねがいします。あ、それと、水面と付き合ってます」

 始業式の後、自己紹介で出席番号1番である愛生がいきなりそんな事を言いだす。教室中が拍手と冷やかしに包まれる。

「奏加奈子です。ちょっと内向的な所もありますがよろしくお願いします。久我君と付き合ってます」

「久我真一です。その、よろしく。あー、さっき加奈子が言ってたけど、付き合ってます」

 愛生のせいでこの二人のカップルも付き合ってることを公言する羽目になり、

「ま、正留水面です。その、よろしくお願いします。その、愛生と、付き合ってます」

 私も顔を赤くしながら言うのだった。皆が私達を祝福してくれるのが、たまらなく嬉しかった。



「いやー、同じクラスになれてよかったよかった」

 帰り道、私と愛生は二人で下校する。

「そうね。…全く、愛生があんなこというから私もカミングアウトする羽目になったじゃない」

「わりーわりー…とみせかけてうりゃっ」

 愛生は私の後ろに回り込むと、突然脇をくすぐりだした。

「…っ、ひゃ、や、だめ、あ、ちょ、調子に乗るな!」

 物凄い快感に打ち震えるも、何とか打ち勝って愛生を突き飛ばす。

「いやー、不意打ちが一番気持ちよさそうだからさ」

 私は脇が弱いのだ。

「だ、大体、こんな道端でするなんて何考えてんのよ。…その、続きとかなら、私の部屋でさせてあげるから、来るでしょ?」

 私は顔を赤らめながら愛生を家に誘う。全く、男の人ってエッチな事しか考えてないのかしら。

 まだ私達付き合って1ヶ月くらいよ?なのに愛生ったら…まぁでも、それも含めて愛生の事、好きだけどね。




 好きな人が屑で変態でも、やっぱり好きなのよ。

 

最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございました。

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