好きな人が孤立する様を見るのは、辛い?
砂入りお弁当事件の翌日、私は愛生に遅れること10分、学校へ行くため家を出た。
私と愛生は対立していることになっている、そんな二人が一緒に学校など行けない。
ああ、愛生と一緒に学校に行けないなんて辛い。
高校へ行き、教室に入る。
愛生が女子グループに悪意のこもった目でみられ、ひそひそと陰口を叩かれている。
こいつらを全員〆てやりたい。愛生の悪口は許さない。
ただ、心のどこかで私は愛生の奏さんに対する感情と同じようなものを抱いていた。
愛生がクラスから孤立していると、なんだか安堵してしまう。
教室の後ろのドアからこそこそと奏さんが入ってくる。
「うーわ、朝から嫌な奴見ちゃった。さいあくー」
愛生に対してはひそひそ陰口を叩く女子が、今度はストレートに暴言。
奏さんは下を向きプルプルと震えながら自分の席に向かい、
「…!うっ、っ…」
突然泣き出した。一体どうしたのだ、と愛生が奏さんの席に向かい、
それからティッシュを取り出して椅子を拭きはじめる。
大方、接着剤でもつけられていたのだろう。
愛生がやった…わけではないようだ、愛生の戸惑った表情を見る限り。
そう、もう愛生が手を汚す必要などない。
後は影響されやすい馬鹿な女子が、勝手に奏さんを苛めてくれる。
「俺の椅子、代わりに使いなよ」
「あ、ありがとうございます」
接着剤が完全に取れなかったようで、愛生は自分の椅子と奏さんの椅子を交換した。
愛生のぬくもりが感じられる椅子を、私が誰もいない教室で座ろうかな、でも恥ずかしいなと躊躇って一度も座ったことのない椅子を、奏さんはいとも簡単に座ったわけだ。
4時間目が終わり、お昼ご飯の時間。
いつものように愛生は普段つるんでいた男子と食べようとするも、
「悪いな、俺達も女子連中に嫌われたくないんだよ。奏さんと食べるんだな」
と切り捨てられてしまう。酷い連中ね。
そして奏さんと食べる大義名分が出来てしまった愛生は、
「良かったら、一緒にご飯食べない?」
「わ、私で良ければ!是非!」
奏さんと一緒にお弁当を食べることになったのだ。
ああ、腹が立つ。私は大人しい女子グループとお弁当を食べながらも、チラチラと二人を睨みつける。
「葵さん、私のせいで本当にごめんなさい、水面さんとも何だか仲悪くさせちゃいましたし…」
「奏さんのせいじゃないよ、奏さんが文化祭のセット壊すはずないのに、きっとすぐに誤解が解ける、それまでの辛抱さ。水面なんて知らないよあんな奴、正直幻滅したな」
聞こえてくる二人の会話。愛生が私に幻滅したと言った。わかってる、これはお芝居。
愛生は別に私に幻滅なんてしてない。してないのに。体は殺気を奏さんに向けてしまう。
私のピリピリとした雰囲気を感じ取ったのか、一緒にお弁当を食べている女子が大丈夫?と聞いてくる。ごめんなさい。
「あ、私ちょっとトイレ行ってきますね」
食事の途中に奏さんがそう言って席を立ち、教室を出て行く。
私なら愛生との食事の時間は一分一秒たりとも無駄にしたくないのに贅沢な女だ。
活発な女子グループの2名がくすくすと笑いながら教室を出て行く。
しばらくしてその女子2名は戻ってきたが、奏さんは戻ってこなかった。
「聞いた?きゃあああ!だって、裏返った声できゃあああ!って」
「いい気味よね、トイレの水の臭いがお似合いだわ」
昼休憩が終わってすぐ、活発な女子グループからそんな会話が聞こえた。
おそらく、彼女達はトイレの個室に入った奏さんに、バケツか何かで水をかけたのだろう。
5時間目の授業を受けながら、今も奏さんはトイレの個室で水浸しになりながらすすり泣いているのだろう、いい気味だ、なんて悪魔的な事を考えていると、折りたたまれたルーズリーフが飛んでくる。
開くと『奏さんどうしたんだろう』と書かれていた。愛生からだ。
私は『トイレで水をかけられたそうよ』と書いて愛生に送り返す。
文面を見た愛生はガタン!と立ち上がり、私を睨みつけてきた。
「どうした、葵。急に立ち上がったりして」
「…すいません先生、お腹が痛いので保健室行ってきます」
そう言って、愛生は教室を飛び出して行った。奏さんを助けにいったのだろう。
女子トイレに侵入する変態扱いされてでも、奏さんを助けたいのだろう。
ああ、悔しい。
5時間目が終わると愛生が教室に戻ってきて奏さんのロッカーからジャージを取り出し再び外へ。
休憩が終わる直前に愛生とジャージを着た奏さんが教室に入ってきた。
どうしようもなく不愉快になった私は窓の外を見るばかりだった。
今日の授業が終わると、愛生は奏さんを連れてすぐに帰宅してしまった。
私は教室の掃除をしながら窓の外を見る。
愛生と奏さんが、仲良く歩いているのが見えた。
その後私が一人で家に帰ると、愛生からメールが送られてくる。
『何でもっと早く水の件を教えてくれなかったんだ』
気づいたらすぐに俺に伝えろ、そういうことらしい。
だって、伝えたら愛生は奏さんを助けに行ってしまう、それが悔しかった。
本当に今愛生は、私に怒っているのだろう。
私は涙を流しながら、携帯電話を床に叩きつけた。




