好きな人の敵になる覚悟はある?
文化祭が終わって、代休となった月曜日。
私は当日に見れなかった演劇部のロミオとジュリエットの動画を焼いたDVDを持って朝早く愛生の家に押しかけた。チャイムを鳴らすとまだパジャマ姿の愛生が出てくる。写真に撮りたいな。
「おはよう愛生、これ見ましょ」
「…?それロミオとジュリエットか。俺は文化祭で見たしいいよ、一人で見なよ。DVDプレイヤーは貸してやるから」
「お願い聞いてくれるんでしょ?」
「そりゃ奏さんと受付代わってもらったお礼にお願い聞くとは言ったけどさ…そんなんでいいのか?もっときつめのお願いでもいいんだぞ?大体何のために」
「ムードよムード。それじゃあがるわね、両親は仕事でいないんでしょ?ついでにお昼ご飯作ってあげるわ」
まるで押しかけ女房だ。愛生の鈍感さにはたまにイライラもするけれど、逆に鈍感だからこそ気にせずにこう言う事ができるのだから、物は考えようなのかもしれない。私は久々に愛生の部屋にお邪魔して、DVDプレイヤーにそれを入れた。
「ああロミオ、私もすぐに後を追うわ」
ジュリエット役がそう言って短剣を胸に突き刺し、幕が降りる。
2時間にも及ぶ大作。流石は全国屈指の演劇部だ。
「うーん、二回見ても面白いね。男の俺でもこれはすごいよ」
「そうね、皆名演技だったわ」
しかし、ロミオとジュリエットという作品自体はあまり好きではなかったりする。
ロミオは親友を殺されたことに激昂し、ティボルトを殺してしまう。
その時点でロミオはもう罪人、悲しい勘違いで毒薬を飲んで死んでしまったのも天罰なのかもしれない。
だったら愛生はどうなのか。好きな人と結ばれるために卑劣な手を使う彼は、幸せになれるのだろうか。
そして私も。
たまに私と愛生は、ロミオとジュリエットのように最後は悲惨な事になるんじゃないかと怖くなる。
奏さんを苛めているのが私達だとばれれば、実際にそうなるのだろう。
だったらせめて愛生だけは守らなくては、私が全ての罪を負ってでも。
その後12時のチャイムが鳴ったので、お昼ご飯を作ってやる。
ついつい張り切りすぎてたくさん作っちゃった。
「で、明日からどうするの」
葵家の食卓で無駄に豪勢になった食事をとりながら、愛生に今後の作戦を問う。
「それなんだけどさ」
愛生は少しためらう仕草を見せた後、私に向き直り、
「俺と奏さんの敵になってくれ」
真剣にそうお願いしてきたのだ。
翌日、私と愛生はいつも通り一緒に家を出て、途中のT字路で奏さんと合流して教室までとりとめのない話をしながら歩く。
教室に入ると、クラスメイトの女子が私達…いや、目線的に奏さんを睨みつける。
「…?」
奏さんは頭に?を浮かべながらも自分の席へ着く。睨んできた女子が奏さんの机に歩み寄ると、
「奏さん、あなたが文化祭のセット壊したんでしょ」
死刑宣告をするようにきつく言い放つ。
「え…?」
奏さんは意味がわからない、そういった表情を浮かべている。
「奏さん当日だって第一発見者だったらしいじゃない、怪しいもんよね。クラスにも馴染んでいなかったし、腹いせに壊したんでしょ?」
もう一人の女子も奏さんの机まで行き、座っている彼女を蔑むように睨んでそう吐き捨てる。
「ちが、わたしは、そんなこと」
奏さんはもう限界のようで目に涙を浮かべる。ああ、不愉快だ。あのうるうるとした目が、愛生を私から奪ったのだ。
「いい加減にしろよ、なんか証拠でもあんのかよ!」
愛生が女子二人を怒鳴りつける。
ほうら、泣けば愛生が守ってくれる。
「…ちっ」
女子二人は舌打ちをすると自分の席に戻って行ったが、私も実は舌打ちをしていた。
「…ちょっと体調優れないので、保健室行ってきますね」
悲劇のヒロイン様はそう言うとふらふらと教室を出て行く。
「でもよー、俺も奏が犯人だと思うんだよね」
「夜中に学校へ向かう奏さんを誰かが見たって話よ」
彼女が教室から出ていくと、クラスメイト達が彼女を疑いだす。
私のネガキャンは想像以上に効果があったみたいね。
さて、作戦の仕上げにかからなければ。愛生が奏さんのお弁当箱を盗みその中に砂を入れるのを、私は誰かにばれないように見張る。気分は愛生のボディーガードだ。
3時間目の途中にふらふらと戻ってきた奏さんは、4時間目終了のチャイムが鳴った後お弁当箱を開き、
「いただき…ま…」
砂の入ったお弁当箱を見て状況を理解し涙をこぼし始める。
そんな彼女にクラスメイトは厳しい。
「あーら、汚いお弁当ね」
「誰がやったか知らないけど、自業自得じゃない?」
「だよねー、ほら、文化祭台無しにしようとした女には砂まみれのお弁当がお似合いだって、早く食べなよ」
アクティブな女子のグループはそう言って奏さんを煽り、
「おいおいやりすぎだろ~」
「奏さんかわいそうじゃ~ん」
その女子のグループと仲の良い男子はそう言って笑い出す。
「っざけんじゃねえ!」
とある男子グループに混ざっていた愛生はガァン!と机を叩いて立ちあがり叫ぶ。
「いい加減にしろよてめえら!奏さんはな、誰よりも文化祭成功させたくて毎日頑張ってたんだぞ!それをクラスに馴染んでないとか難癖つけて挙句の果てにこんな嫌がらせしてよぉ!なあ、奏さんが犯人なわけないだろ、水面!」
そして台本通り奏さんを庇って私に助力を求める。
ああ、演技でもいいから愛生に庇われたりしたいものだ。
「さあ、どうかしらね?」
「な、水面!?」
私は演技のかかった冷たい視線を愛生に送り、それから演技でも何でもない、正真正銘の悪意のこもった視線で奏さんを睨む。
「火のないところに煙は立たないっていうし、疑われるような事をしてるのは事実なんじゃない?」
昨日言われた通り、今日から私は愛生と奏さんの敵となる。
私にもそれなりに信用を寄せていたのだろう、奏さんは私の発言が信じられないようだった。いい気味だ。
「私もそう思うよ、葵君」
「私も」
私と一緒にお弁当を食べていた友人二人が、私に同調する。友人ながら主体性のない子ね、ちょっと心配だわ。しかしこれでアクティブな女子グループと私達大人しい女子グループ、クラスの女子の大半が奏さんの敵となったわけだ。
お弁当を抱えて教室から逃げ出す奏さんを愛生は追う。
愛生が教室に戻って10分、戻ってきた奏さんは弱弱しく早退して行った。
女子がニヤニヤと笑い、男子のお調子者がそれに同調し、大人しい男子は傍観者を決め込む。
いつもなら友人と話をしている愛生は、自分の席でぽつんと窓の外を眺めていた。
自分達で仕組んだとはいえ、愛生をこんな目に合わせるクラスメイトと私が許せない。
立場上敵対している私達が一緒に下校するのはおかしい。5分ほど時間をずらして下校して、電柱で落ち合った。
「これで、よかったのかな」
「さあね」
愛生の問いかけに私は適当に答える。ちなみに私はよかったとは思っていない。今後奏さんと共に愛生もいじめの被害を受けると思うと。影ながら全力で阻止するつもりではあるが。
「そんなわけで、明日からばんばん俺と奏さんをいじめてくれよ、手下使ってでもさ」
「…まあ、頑張ってみるわ」
愛生を苛めるつもりなんてないけどね。
「…今更だけど、ごめんな。こんな下らないことに巻き込んじまってさ」
「申し訳ないって思うんだったら、絶対にクラスのいじめに打ち勝って奏さんと幸せになる事ね」
私はそんな心にもないことを言うのだった。
愛生と奏さんが幸せになるなんて、嫌だ。




