好きな人と相合傘ができればどうだっていい
１０月。１１月に控える文化祭の準備などで色々と忙しい時期だ。
私、正留水面のクラスは隣のクラスと合同でお化け屋敷をすることになっている。
お化け屋敷と言えば、昔小学校の遠足で遊園地に行った際、
愛生とお化け屋敷に行って何度も抱きつかれた覚えがある。怖がりなのだ、彼は。
あの頃に戻りたいわね。
文化祭、愛生と一緒に回りたいけれど、叶わないでしょうね。
その日は朝から大雨。
「雨と言えば、傘を盗んだことを思い出すね」
「そうね。ちゃんとあれは元の場所に戻したわよ」
私と愛生はザーザーと雨の降る中、いつものように学校へ。
雨は好きだ。特に雨があがった後のあの土の匂いが。
そんな感じに内心うきうきしていると、Ｔ字路の向こうに憎き奏さんの姿を見つける。
愛生がおーい、と手を振ると、彼女は手を振りかえしてこちらに近づいてくる。
惨めにこけろ。
「おはようございます、葵さんに水面さん」
「おはよう奏さん、可愛い傘だね」
愛生が注目したその傘は、かなりファンシーな柄だった。あ、これ私も欲しい。
「はい、前のがボロボロになっちゃったんで、昨日買い替えたんです。模様がすごく私好みで、傘がさせるから今日雨が降って嬉しかったり」
「ははは、可愛らしいね」
もし私がその傘をさしていたら、似合わないねとか言われるんだろうか。
授業を受けて放課後。今日は文化祭の準備の当番で私、愛生、奏さん、あと久我君が居残って作業をすることになっている。
今日の作業はお化け屋敷で使う脅かし役の衣装の作成だ。
といっても、愛生も久我君も役に立たず、おろおろするばかりだ。
やがて愛生は気まずくなったのか教室の外へ出て行ってしまう。
その間に久我君が私のところにやってきて、
「なあ正留さんや、あの二人を応援してていいのか？」
そんな事を耳打ちしてくる。こいつは私の気持ちに気づいているのだろう。
「貴方にはなんの関係もない話でしょう？」
見透かされている気がして少し不機嫌になり、彼を睨みつける。
「おやおやお節介ですみませんね」
そう言うと彼は奏さんを眺めはじめた。
しばらくして、愛生が教室に戻ってきた。手におしることホットカルピスを抱えて。
「はい奏さん、おしるこ。水面はホットカルピスでいいよね？」
「あ、ありがとうございます！」
「…どうも」
サボってたと思っていたら飲み物を買っていたのか。
１０月の豪雨の中作業をして程よく冷たくなっていた私の体にホットカルピスが染み渡る。
しかしよく愛生は私がホットカルピスが好きだなんて覚えていたものだ。
下校時間になり、文化祭のテーマソングが流れる。世界中を敵にしても私は愛生が好き。
「いやー、大分進んだね」
「そうだな、いやー疲れた。ファミレスいかね？」
愛生と久我君がそんな事を言いながら伸びをする。
「男子２人ほとんど何もしてないじゃないの」
しまいには二人でゲームしだすし、まったくもう。私だって狩りたい気持ちを抑えて黙々と作業してたのに、途中ずっと久我君にそこを代われと念じていた私の気持ちがわかる？
「あはは…さ、片付けして帰りましょう」
奏さんがそう言って片付けをしだす。仕切るな、泥棒猫。
片付けをし終わった後、４人揃って下駄箱へ。
久我君の提案でファミレスに行く流れになっていたのだが…
「…え」
下駄箱で、奏さんが力なくそう漏らす。
無理もない、買ったばかりの傘をビリビリに引き裂かれたのだ。
「酷い…誰がこんな事を」
「……」
「……」
白々しく激昂する愛生。無言で立ち尽くす私と久我君。
「うっ…うっ…」
奏さんは泣き出してしまう。いい気味だ、と思ってしまった私はもう愛生よりもずっと汚れているのかもしれない。
「奏さん、俺の傘使いなよ。俺は久我や水面と帰る方向同じだからさ、そっちに入れてもらうよ」
「…ありがとうございます」
会話のないまま、私達はＴ字路へ。
「それじゃ、傘ありがとうございます。明日返しますね」
精一杯強がってそう言い去って行く奏さんを、私達三人は見送り、自分たちの家の方向へ。
久我君はこの辺り出身ではないので、途中の駅でお別れだ。
去り際彼は、
「カンニングの時に協力しちまったから、偉そうなこと言えないけどよ、いい加減にしとけよ」
そう言って駅へと去って行った。
私は愛生を自分の傘に入れて、私達の家へ向かう。
愛生が奏さんの傘をビリビリに引き裂いた、そんな事どうでもいい。
今はただ、相合傘を楽しむので精一杯、私はそんな女。
