好きな人が靴に画びょうを入れるのを後押ししたわ
夏休みも終わり、9月。
「はい、これ田舎のお土産です」
「ありがとう、奏さん」
始業式の後、奏さんが愛生に田舎のお土産としてトロール人形(彼女の田舎はノルウェーなのかしら?)を手渡すのを眺める。お土産をくれるということは、それなりに奏さんは愛生に気があるのだろう。
逢えない時間が逆に二人の距離を縮めるという事もある。良かったわね、愛生。
「ところで葵さんは、夏休み何してましたか?」
「えっ?な、何もしてなかったよ…」
私と映画に行って、夏祭りにも行ったのに。ものすごく腹が立って、愛生を睨んでしまう。
それから、またいつも通りの、平和な?日常。
朝は愛生と一緒に学校に行き、教室で大抵一人で本を読んでいる奏さんを眺めている愛生をチラチラを見たり…何だかアホ臭くなってきた。
「なあ水面、奏さんは何か女子高生として足りないものがあると思うんだけど何だと思う?」
ある日愛生と一緒に下校していると、そんな事を言われた。
奏さんに足りないもの?そんなの決まってるじゃない。
「…友人じゃないの」
「それだ」
そう、愛生の恋する相手はぼっち。愛生や私以外と話しているところを見た事がない。
私の女友達にも、何だか暗いよね~とか言われる始末。
そんな奴に愛生を取られる気持ちがわかるかしら?かなり悔しいわ。
「水面、奏さんに友達紹介してくれよ。水面は人気者だしさ」
ただ実際奏さんが根暗な人間かというとそうでもない。寧ろ私よりも明るいと思う。
絶望的に受動的な人間故交友関係が広げられないだけで、こちらから話しかければ対応する。
きっかけさえあれば、奏さんは人気者にだってなれるのだ。
ただ、私はそんな展開を望まないし、本当は愛生だって望んでいない。
「…本当にそれでいいの?」
「へ?」
私は冷たく愛生に向かって言い放つ。愛生はきょとんとしている、まるで当たり前じゃないかと言わんばかりに。
「あんた当初の目的忘れてない?奏さんを陥れてまでも自分への好感度を稼ぐって言う。奏さんに友達ができて、友達と帰るからあんたとは帰れなくなったりしていいの?彼氏ができてもいいの?」
奏さんの味方は愛生ただ一人でなくてはいけないのだ。
愛生が奏さんを陥れてさあ自作自演で助けようとしたところに偶然現れた別の男がそれを助け、奏さんはその人に惚れる…そうならないためには奏さんに味方を作ってはいけないしむしろ敵だらけの方が都合がいいのだ。
「だ、だめだ、それは困る」
うろたえる愛生。きっとこいつは頭の中で奏さんを陥れるためのプランを練っているだろう、私は見事にそうなるよう誘導したというわけだ。自分の手を汚さずに、恋敵を酷い目に合わせることができる。嫉妬に憑りつかれた今の私はそんな事を考えていた。
翌日、私達はいつもより早く学校へ行く。
愛生は教室から持ってきた画びょうを奏さんの上履きに仕込んだ。
そして二人遠くに隠れる。しばらくすると奏さんが下駄箱へ。
「…ああっ!」
哀れにも奏さんは画びょうを思い切り踏んでしまい、悲痛な叫び声をあげる。
「どうした、何があったんだ奏さん!」
最高のタイミングで偶然通りかかった設定の愛生がそこへ駆けつける。
そして二人は保健室へ。
奏さんは自分に向けられた悪意に怯えていたようで、顔が青ざめていたようね。
その悪意の犯人である私はひそかにほくそ笑む。
その日の放課後の帰り道、嬉しそうに愛生は戦果を報告。
「っていう具合だ、いい感じじゃない?」
「そうね、奏さんの信頼はばっちりみたいね」
作戦に協力すればするほど愛生と奏さんの仲が進展するというもろ刃の剣。
しかしそれにしても愛生は良心が痛まないのだろうか。焚き付けておいてなんだけど。
まあ、愛生が鬼畜だろうと私は好きだけどね、こればかりは奏さんには負けないわ。
「…もし水面が奏さんに疑われたりしたら、ごめんな」
呆れた。この男はこの期に及んで私の心配をするのか。
そういう誰にでも優しい態度を取るから私はいつも一喜一憂してしまうというのに。
まあ、奏さんは愛生が犯人だなんて微塵も思っていないでしょう。
となると、奏さんの中で一番怪しいのは恐らく私。
「疑われる?私も共犯だから」
実際に焚き付けたり、作戦を考えたりしている私が今更蚊帳の外面できるものか。
とことん奏さんの敵になってやる。私は自嘲気味に笑った。




