表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/53

岩の居住地

 彼らの居住地はクルミ型の大岩が群生する場所の、とりわけ大きな岩をくりぬいたところにあった。遠目に見る分には間口は小さく、明かり取りの為か、空気取りの為なのか、岩のそこやかしに穴があいていた。この砂の大地を見てもわかるように雨の心配がないのだろう。

 何やら外国の遺跡のようだったが、ミチルはすんでのところでその名を思い出すことはできない。

 確か……、なんか……、生き物か妖怪みたいな名前だった気が……。

 考えあぐねているとき。

「センちゃーんッ!」

木の柵で囲まれた居住地の内側から子供が数人、こちらに向かって手を振っていた。どうやらこの大男に向けた声らしい。

「おおー」

 男は片手をあげて応えた。

 自分の身の丈よりも高い柵に登ってキャーキャーやっている子供は四人いて、12歳位の女の子が一人と10歳前後の男の子が一人、7歳前後の男の子が二人といった内訳だった。

 セミロングの髪の毛を二つに束ねた女の子がミチルを見ながら聞いてきた。

「お姉さん、今日こっちに来たの?怖くなかった?」

 続いて男の子達が口々に、「化け物は見た?」「何か持ってたきた?」「ビッグバッドに遭った?」と言い立てる。センと呼ばれた大男は、シーッと人差し指を自分の口元にあててしかめっ面をしてみせたが、下がり眉なので若干威厳に欠けている。

「来たばっかりの人に色々言っちゃ駄目だって言われてるだろ?」

「えー、だってー」

「ほら、これ、アヤちゃんところに持って行ってくれ。落とすなよ」

 センはぶうぶう文句を言う子供達に大きな袋を掲げると、柵越しで女の子に手渡した。

「はーい」

「あー、マリずるいぞッ!オレが持って行く!」

「ああ、ダメッ!今日はボクだもーんッ!」

 子供達は子犬がじゃれるようにクルミ岩の棟の前を通り過ぎて、右手側の岩陰の奥へ消えていってしまった。

「あっちに作業場があるんだ。水が出るからね」

 言って柵の横を歩き進むと、一部が開閉できるようになっている柵を押し開け、先にミチルに入るように促した。

「こっちだよ」

 柵の向こうからも見えていた入り口は、近くで見ると赤い砂を居住地に入れないようにとの配慮なのか少し高い位置にとってあった。センはその中には入らず前を通り過ぎて、子供達が消えたのとは逆の方へ進んだ。

 開けた空間にはあちらこちらに2m程度の高さのクルミ岩があって、それぞれに小さなドアがつけられている。なんとなく小人の小屋のようだった。小屋周囲のサイズはその岩によってまちまちだったが、ミチルはなかでも幅広で、大きめのドアがついたところへ案内された。

 ドアの中は薄暗かったが、目が慣れると、中はちょっとしたリビング上になっていて、机や椅子の形に削りだした岩に色とりどりのカバーが掛けられいることがわかった。可愛い形のクッションがその部屋に柔らかさを与えている。

「ちょっとここで待ってて。トキオ探してくるから」

 センがドアを閉めたとたん部屋の中が一層暗くなる。

 部屋に取り残されたミチルは、とりあえず椅子に腰をおろした。

 小屋の上には穴が開けられていて、そこから入ってくる弱い光がボンヤリと部屋の中を照らす。放射線状にのびる光がカバーやクッションの色々な色の部分にあたり、小屋の中に幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 カバーもクッションも壁にかかったタペストリーも、それぞれがパッチワークキルトとなっており、色々な材質・色の布がセンス良く配置されている。岩山を削っただけの、ともすれば不気味になりそうな室内をすっかり癒しの空間へと変貌させていた。

 ミチルはキルトカバーの掛かった机につっぷして盛大にため息をついた。

 これ……夢なんだよね。

 女が目の前で砂になったことがあまりにショックだったのと、見るもの、触れるもの、それぞれがリアルですっかり失念していたが、これはミチルの夢なのだ。

 そのはずなのに……。

 薄い黄緑の布と、黄色と黒のチェックの布をつなぐ細かい縫い目に指を這わす。その横に縫い取られた間抜けな表情のネズミのキャラクターを指ではじいた。布を通して伝わる岩の堅さ。

 夢って、ほんとにこんな精巧な感じだったっけ?

 目覚めた瞬間に夢は色を失う。起きて、日々の生活を始めるとともに風化する夢の記憶。目覚めた後に忘れてしまっているだけで、夢の中はこうも現実味を帯びているものなのだろうか。

 ミチルは机から身を起こすと、立ち上がって壁際に歩みよる。

 削られた赤黒い岩肌に触れると、背伸びをして、少し高い位置にある3cm程の穴に目を当てた。向こう側の光が見えるまでの奥行きは40cm程もあるだろうか。意味無く指をつっこみながら結構分厚いんだなと思っていると、穴を通して外の音が耳に飛び込んできた。話声だろうか。

 さっきミチルがこの居住区にやってきたときにいた子供達が遊んでいるのかと思ったが、よくよく聞くと大人の男の声だ。センは「トキオを探してくる」と言っていたので、ひょっとすると二人が立ち話でもしているのかもしれない。

 ミチルは小屋のドアを開けると外に出た。小屋の中との光量の差で少し目がおかしくなる。何度か目をこすってから声のする方に足を向けた。

 一番大きな居住区を中心にして、周囲を柵で囲っているのだろう。声がするのは、ミチルが目にした中央の居住区の真裏に位置するところのようだ。岩の小屋の陰から声のする方をのぞき込むと、3人が立って声高に話をしているところだった。

「……からさ、ガチ笑える」

 3人の内二人は背を向けていたが、こちらから顔の伺える一人は若い男だとわかった。

「ぐえー気持ちわりー」

「うーわ、なんかヤバイもん出してきた」

 背中を向けている棒きれのように細い手足の方は声変わり途中なのだろう。かすれたような調子はずれの声をしている。

 彼らは3人とも地面近くを見ていた。ミチルは背伸びをして彼らの視線の先にあるものを見た。

 げっ、羽根トカゲの化け物!

 感情のない黒い目はそのままで、裂けた口から例の蛇のような赤い舌が上下左右と何かを探すようにさまよっている。そしてその口からは気泡を伴った緑の液体がドロドロと糸をひいて垂れ落ちていた。鋭いカギ爪の生えた両足と背中の膜状の羽根は蔓のようなロープで強く頑丈に縛られており、そこから逃れようとしているのかビクビクと体を動かしている。

 シッポはこちらからは見えない位置にあったのだが、持ち上げられた瞬間ミチルの目に映る。そしてその振り回したシッポの先が、こちら側を向いている男の足にあたったらしい。

「むかつくんだよ!バケモンの分際で!!」

 言うなり、思いきり化け物の頭部を蹴り上げた。緑色の体液が宙を舞う。

 鳴き声も無く表情もないが、だからといって痛みがないようには思えない。苦しそうに暴れる化け物の様子にミチルは目を覆いたくなった。

「おい、ヒロキ、おまえなあ、方向考えて蹴れよ。ズボンについただろ。キモチワリー」

 こちらに背をむけている、完全に声変わりをしている男が笑いながら言った。

「ほら、痛かったら鳴いてみろよ!!」

 ヒロキがもう一度足を振り上げようとしたときだった。彼らの向こうに、忘れもしない、あの憎たらしい、無愛想で背の高い男が現れた。

 自分の前にいる二人の視線で気づいたのだろう、ヒロキも蹴る足を止めて振り返る。

 タケルは変わらない歩調と無表情で3人に近づくと、いきなり日本刀を振り上げた。ヒロキは自分が斬られると思ったのだろう。喉にひっかかったような悲鳴を上げて両腕で顔を覆うと、恐怖の反動からかその場に尻餅をついた。しかし刀身はそんなヒロキを素通りし、タケルの手によって迷い無く化け物の喉元に振りおろされた。

 刀は切っ先から化け物の首の中頃まで食い込む。一拍の後、化け物は動きを失った。

 刀身を引き抜き、顔に飛び散った緑の体液をものともせずタケルはヒロキを見据える。

「無駄に生かすな」

 ただそれだけを口にすると、現れたときと同じ歩調で去っていった。

 こ……、怖い。

「タケルさん、ガチでヤバイっすね…」

「おい、大丈夫かよ」

「うるせーよ!」

 ヒロキは苛立たしげに差し出された手を払いのける。

「くそッ…!」

 口の中でぼそぼそ悪態をつきながら自力で立ち上がり、二人には何も言わず行ってしまった。

「八つ当たりダセェー」

「しゃあないっスよ。タケルさんガチヤバイもん。あぁー、オレまで緑ベトベト」

 これらのやりとりに心を奪われ、自分の背後に人が立っていたことに気づかなかったミチル。

「お下げちゃん、めーっけ」

 両肩に手を置かれて文字通り飛び上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ