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赤い砂の所以

              

 どれくらい歩いただろうか。ミチルとしては随分歩いたような気がするが、一人黙々と歩いていたので長く感じるだけなのかもしれない。それに加えて、あまり変化のない景色が時間の感覚をおかしくする。

 初めこそスエットの裾を靴代わりにして森の縁を歩いていたミチルだったが、かなり歩きづらかった為、途中でズボンを元の位置にもどして砂の上を歩いていた。最初のうちはドキドキと化け物の急襲への緊張があったが、あまりの変化の無さにすぐに気が抜けてしまった。

「はあぁぁ」

 ミチルはドッカリとその場に腰をおろした。

 いつ目ェ覚めるんだろ。前回、化け物を見て気を失った時に目が覚めたんだから、いっそ化け物に喰われたら目覚めるかな?

 そう思ってから足の裏の痛みを思い出し、その考えは捨てることにした。

 ショックで死ぬわ。

 ぼんやりと、相変わらず代わり映えのない砂と山の景色を見ていたときだった。遠くの岩陰にうごめく何かが見えた気がした。ミチルは立ち上がり、手をかざしてそちらを見やる。

それはどうやらよろめく人間のようだった。人影はフラフラと進んだかと思うと、そのままその場に倒れ込む。ミチルは慌てて駆けだした。

 サラサラの砂地に足を取られて必要以上に体力を消耗する。人影が中年の女だと判断できる距離まできた時は、すっかり息があがっていた。

「だ、だい、……大丈ッ、夫ですかッ?」

 うつ伏せになって倒れている女の傍に膝をつき、ミチルよりも体重のありそうな女の上体を、なんとか抱き抱える。

 女は薄く目を開けると、ミチルの方に手をのばして何度か口を開け閉めした。何か言いたいのだろうと女の口元に耳をよせる。女の息がミチルの耳にかかった。

 ―――その時、急にミチルの手元が軽くなった。

 急に軽くなった反動で、力を込めて女を支えていたミチルは、後ろにひっくり返ってしまう。

「……え……?」

 尻餅をついたミチルの顔や体に赤い砂が降りかかる。

 目の前で起こった出来事をミチルは一瞬理解できなかった。

 ミチルが支えていた、確かに呼吸をしていた十分な重みのあった女の体が、ミチルの手の中を滑り落ちていったのだ。―――赤い砂となって。

 今ミチルの手の中に残っているのは、抜け殻のような、女の着ていた衣服のみだった。

「あ……、あぁ……」

 悲鳴が喉につかえて声にならない。

 座り込んだミチルの膝や腹の上の赤い砂は、ミチルの震えとともにサラサラと流れ落ち、地面に同化していった。

 ゆっくりと腹部に視線を落とす。

 赤い砂を内包した、ダラリとした女の抜け殻。

 ミチルは発作的に立ち上がると、その場を飛び退き、火の粉をはらうような勢いで体についた砂をはらった。

 なんなの?なんだっての?なんで人間が砂になるのッ?

 それも地面と同じ赤い砂。

 ミチルは足下に広がる赤い砂を目にして、息をのむ。

 これ……、この砂って……、人の、なれの果て?

「やだッ!やだもうッッ!何ッ!!」

 素足で地面に立っているのが耐えられず、なんとか違う足場を探そうと首を巡らしたときだった。

「あれ?若返ってる」

 低い声が上から降りてきた。

 声の方を見上げると、クルミ型の大岩の上にこちらを見下ろす大柄な男の姿があった。

「向こうから見たときはおばさんかと思ったのに」

「あの、あのッ!その人が今、砂にッ!サァーってッッ!」 

 要領を得ないミチルの言葉であったが、男は得心したように頷いた。

「あー、イッっちゃたのか。じゃあ、あんたは別人なわけね」

 ひょいっと身軽に、4mはあろう岩の上から飛び降りる。

 重い音とともにミチルのすぐ傍まで砂が舞いあがった為、ミチルは小さな悲鳴をあげ、体についた砂を神経質にはらった。

 背中に大きな袋を背負いのっそりと立つ男。高さ、幅ともに驚くほど大きかった。

 身長だけいえばタケルとそれほど変わらないが、いかんせん幅はその倍はありそうで、立っているだけでかなりの威圧感がある。ただ、小さな目の上の眉が八の字に垂れ下がっているので恐ろしい印象は受けなかった。年の頃は30才前後というところだろうか。

「あれ?裸足?ちょっと待ってて」

 男は背中の袋を地面におろすと、ごそごそと中を物色する。

「あー、これどうだろ」

 袋の中から外側が黒、中がピンクチェックの新しいスニーカーをミチルの前に差し出した。

「履いてみな」

 一瞬どうしたものかと思ったが、素足でこの砂の上にいるのは精神衛生上良くないと判断してそのスニーカーを受け取った。足を入れてみると24cmのミチルには少しきつかったのだが、踵を踏んで履くことにした。

 その様子をみていた男はウンウンと頷くと、砂になった女の抜け殻―――衣服を持ち上げた。同時に赤い砂と共に何かがコロコロと転がり落ちる。

「おっとっと」

 男は大きな体を丸めるようにして体を折ると、地面に転がったものを手にとった。

「なんの石かわかる?」

 ごつい男の手の平に乗ったそれは、クリップの部分に宝石らしい単褐色の石の埋め込まれた、高級そうな太短い万年筆だった。

 ミチルは首を横に振る。ミチルは俗に言う「誕生石」の種類すら把握していない。

「ふーん」

 男は特に興味もなさそうに、スニーカーが入っていた袋に万年筆を放り込むと、女の残した衣服も同じようにして袋に入れた。

 その光景を見たミチルは、自分の足を包むスニーカーに視線を落とす。

「もしかして……」

 ミチルの言いたいことを察してなのかどうか、男は「ウンウン」とつかみ所のない、返事とも取れないような調子の声を返すと、袋をまた肩にかついで歩き始めた。

「いや、でも、これッ!」

 足を動かすことができず男と靴を見比べるミチルに、「まあまあ」と言ってから、ついてこいというように首をしゃくってみせた   

 ミチルとしては一瞬の躊躇はあったが、腹をくくると男の進む方に足を向けた。

 少し進んでから一旦立ち止まり、後ろを振り返ってみたが、赤い砂と融合してしまった女の姿は欠片も見出すことができなかった。

 女の消えた瞬間の、重みを失った腕の感覚が蘇る。

 ミチルは一度大きく頭を振ってから、大男の横へ小走りに駆け寄った。並んで歩きながら男を見上げ、聞いてみる。

「どこ行くの?」

「まあまあ」

「あの女の人は一体どうなったの?」

「ウンウン」

「私の履いてるこの靴も、あんなふうに消えた人のものなの?」

「まあまあ」

 ずっと男を見上げる形で歩いてたミチルは、首が痛くなってしまった。

 ミチルが何を聞いても、温和な表情のまま、「まあまあ」「ウンウン」としか応えない。タケルと違って返答はあるものの、結局は体の良い無視だ。

「タケルっていう人といい、あなたといい、何か知ってるんなら教えてくれればいいじゃない」

 手を頭に当て、凝った肩を伸ばすように首を曲げたミチルに、大男は歩き始めてから初めて視線を向けた。

「もしかして、あんたがこないだトキオが言ってたセーラー服のお下げちゃんか。でも、セーラー服でもお下げでもないな」

「あの人のこと知ってるの?」

「うん。タケルも知ってるよ」

「タケルって人、すっごい感じ悪かったわよ。そりゃまあ、助けてもらったけど、それを差し引いてもあまりある嫌な感じだったわ」

「はは。あの子は口数が少ないからね。でも悪い子じゃないよ」

それを聞いたミチルは、この下がり眉の大男は性善説論者に違いないと思った。

 それからは、また何を聞いても「まあまあ」「ウンウン」の繰り返しが続いたが、とりあえず、今向かっているところが居住地で、そこにはトキオやタケルがいるということは判明した。

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