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砂と森の世界

「はああぁ  」

 湯船につかって盛大にため息をつく。

 学校から帰って計った熱は38.9分。そのデジタル時計を目にしたとたん、急に体力を削られたような気持ちになった。

「ミチルー、あんた熱あるんだからあんまり長く入っちゃ駄目よ」

「はーい」

 湯気に曇った磨りガラスの向こう側でいたミチルの母は、そのガラスの扉をほんの少しだけ開け、片目だけでこちらをのぞきこんだ。

「病院行かなくていいの?」

「うん。お風呂あがってすぐ爆睡するから。土日寝てれば治るよ」

「晩ご飯は?」

「うーん、とりあえずいらないかな。欲しくなったら適当に食べるから」

「そ。母さん今から買物いくけど、なんかほしいものある?」

「じゃ、なんか、果物とかゼリー的なものを」

「わかった。ぜんざいね」

 母のノリは、未だにわからない時がある。

「うわっ、つっこんでもくれないー。わー、なんか、ミチルが熱出すなんて何年ぶりかわかんなから、母さん気持ち悪いー。鬼の霍乱だー」

 親の言葉とも思えない。

 母はそのまま扉を閉めると、フルーッティ!フルーッティ!と呪文のように唱えて行ってしまった。

 あのテンションでもう四十というから驚く。

 実の娘から見ても黙っていればまあまあの美人だと思うが、あくまでも「黙っていれば」である。酒を飲んでるわけでもないのに年中ハイなあの母と結婚した父は、なかなかの強者だ。

 風呂からあがり、寝間着がわりのグレーのスエットを着込んでから念入りに髪の毛を乾かした。ダイニングを抜けて2回の自分の部屋に上がろうと階段に脚をかけたところで、今しがた外から帰ってきたらしい祖母に声をかけられた。

「ああ、ミチル、これ持って上がりな」

 差し出されたのはスポーツドリンクのペットボトルだった。 

「さっき母さんとその角で会ったんだけど、あんたやっぱり熱上がったんだって?だから学校休めっていったのに」

「へへへ。ばあちゃん、病院行ってたの?」

 スポーツドリンクを受け取りながら、祖母の手にした大量の薬袋をアゴで示す。

 4年前、祖父が亡くなったのを機にミチル達と一緒に住むようになったこの母方の祖母は、高血圧だ、不眠だ、頭痛だと、それだけで小腹が満足しそうな程の薬を飲んでいる。

「うん。薬の効きがナンだから、替えてもらったんだけどさ。前のやつなんかほとんど飲んでないのに返品きかないもんかと思うね」

「まあ、人様のとこから返品された薬なんて、もらう側は嫌だもんね。しょうがないんじゃない」

「あれあれ、あんた顔真っ赤じゃないか。熱あるのに風呂なんか入っちゃだめだろうに。熱、高いんだろ?あたしと一緒に病院行けば良かったね」

「立ってたらフラフラするだけで、他はたいしたことないから大丈夫だよ。じゃ、もう寝るね」

「ちゃんと水分とるんだよ」

「うん。ジュースありがとね、ばあちゃん」

 熱のせいで重く感じる体をひきずるようにして自分の部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ。

目を閉じると、ぐるぐると軽いめまいのような感覚にみまわれる。それでもベッドに横になることで体の緊張がゆるんだせいか随分楽になった。ひんやりとしたシーツが肌に触れ心地よい。頬にかかる髪は、丁寧に乾かしたつもりだったがまだ湿気を帯びていた。

 もそもそと布団の中に入ると、とたんに抗いがたい眠気がやってくる。ミチルは余計なことを考える暇もなく、あっという間に眠りに落ちていた。




                    

 ふと、目が覚めた。

 携帯のアラームか母親の奇天烈なモーニングコールを耳にするまでは起きられない自分。そんな自分がボンヤリと目覚めたこの瞬間の記憶を、最近、確かに自分は体験した―――。

「―――ッ!」

 跳ね起き、とたん木々の間を抜けて広がる赤茶けた景色にミチルはうめき声をあげた。

「うー、またここだよ」

 頭の中で霧が晴れるかのように、ここでの記憶が呼び覚まされていく。

 ササクレだった樹皮と生木特有の湿気。木の繊維が皮膚に触れるささやかな痛み。

 先と違うのは、今自分の存在するこの空間はとてもリアルでいて、「リアル」ではない、ミチルの夢だという認識があることだった。

 確かにミチルには今自分が夢を見ているのだという実感があった。それは決して不安定な思いではなく、確実に自分の心にある。だだ、何故その確信があるのかという理由は残念ながらミチルの中の深い霧の向こう側にあるようで、どうにも引っ張り出すことができない。それでも、これが夢なのだという確信がゆらぐことはなかった。

 自分の体に視線を向けると、前回はセーラー服だったが今回はグレーのスエットの上下で足は裸足だった。触れた髪は三つ編みには結っておらず、おろしたままの髪の毛のそこかしこに、小さな木クズのようなものがひっついていた。

 手櫛で髪をすくようにしてクズをはらいながら周囲に視線を向ける。

 どうしたらいいんだろ?

 ミチルはやはり途方に暮れてしまった。

 夢がさめるまでここでじっとしてればいいのかな? 

 木のウロに腰掛けたまま裸足の足をブラブラさせる。

 あー、この森なんかおかしいと思ったら、鳥の声がしないんだ……。まあ、でも夢だしな。そこまで手が回らないんだ、私も。演出家じゃないしな……。

「…………」

 ミチルの通信簿に小・中学校を通して書かれていたこと。表現方法こそ各々工夫はあれども、ようは「もう少し落ち着きをもちましょう」というような内容だった。

 そんなミチルが無為な時間を座ったまま過ごせるはずもない。ただ座っていることに、すぐに飽いてしまった。

 夢だしなー。

 とりあえず、よっこいしょと木のウロから足をおろした。

「痛ッ!」

 いきなりの痛みが足の裏に走る。慌ててもう一度木のウロに座り足の裏を見ると、細く小さな枝が刺さっていた。そろりと抜くと、そこからうっすらと血がにじんでくる。

 いやいや、夢……、だよね。

 痛みと鮮血を伴うリアルな夢に思わず自問する。

 最近の映画もCGとか凄いしなぁ……。

 映像と痛感とは全く別物なのだが、その辺りはあえて気にしないようにしつつ、スエットのズボンの裾をひっぱって爪先まで被い、足下の落ち葉や枯れ葉に注意しながらゆっくりと歩き出す。

 森の切れ間から広がる景色は前回同様見渡す限りの赤い土と岩の世界。赤い大地の上に見える太陽は妙に人工的に見える力のない光を放っていた。

 夢で同じ景色を再現できる自分に感心しながらも、ひょっとすると夢の続きと思っているだけで、夢の続きを見ている夢を見ているのかもという考えが頭をもたげた。

 夢と思ってる夢?いや、夢と思ってる夢と思ってる夢?で、とりあえず夢?

 下手な考え休むに似たりで、どんなに考えたところで答えは出そうにもない。結局は夢なのだからと深く考えるのはやめにした。

 森の端ギリギリで足を止めて砂地の様子をうかがう。

 森の端は唐突に切れていて、一歩足を踏み出せば赤い砂に触れることになるのだ。

 前回のことをふまえ、ミチルは進むことを躊躇した。

 羽根の生えたトカゲの化け物とイソギンチャクモドキに遭遇したのはこの砂地だった。

 実際は砂地と化け物に因果関係なんてないのかもしれない。化け物の種類だって2種類とも思えないし、この森に居たところで化け物と遭遇する可能性はあるのだ。それでも最悪、空から現れる羽根トカゲと、砂から現れるイソギンチャクモドキの急襲には備えられる。

 夢だとわかっていても、小枝が刺さった足の痛みを思うと化け物に喰われる経験などしたくなかった。あの時は妙な二人組に助けてもらったが、今回はどうだかわからない。

 ミチルは振り返って森の方を見た。

 ミチルが目覚めた巨樹の向こう。光は高い木々に阻まれ、奥に行くほど黒く深い、奥行きのしれない深い森。鳥の鳴き声も、木の葉の揺れる音も、生き物の気配が何も感じられない。それはそれでかなり不気味だった。

 仕方なしに、砂と森の縁を辿るようにして歩き始める。

 こうするうちに誰かと会えるだろうか?少しの期待を胸に歩を進める。例えばこの間の二人組。トキオとタケルだったか。タケルはムカツク奴ではあったが、あの二人組といれば化け物の脅威からは逃れられそうな気がする。

 いや、そもそも、私の夢なんだから私が生み出した存在なわけよ!……それならなんであんなムカツク奴登場させちゃったんだろう。

 前回目一杯無視された挙げ句、無遠慮に肩をつかまれた事を思い出してまた腹が立った。

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