ガールズトークと肉食系女子
「昨日、見た?」
「見た見た。桜木くん、ヤバかったぁ。カッコ良過ぎてマジありえない」
「いやいや、そこは皆川くんでしょー」
昼休み、いつものように決まった6人で教室の適当な机を陣取って弁当を広げる。そしてやはりいつものように食べながらのおしゃべりが始まった。
結局ミチルは集と神楽と別れた後1時間程ぼんやりと医務室のベッドで過ごし、4時限目には授業に復活していたのだが、あまり食欲もなく、広げたお弁当をただ箸でつついていた。
「ミチルは?昨日見てないの?」
先程出てきたアイドルの個人名で、夕べの音楽番組の話だと見当をつける。先に出てきた二人の名前は、あまりの人気にいつ寝ているのかこちらが心配したくなるような、同年代の7人組アイドルグループstreamのメンバーのものだった。
流行の音楽や歌手に興味のないミチルも、休み時間に頻繁に出てくる会話のおかげで知識だけはやたらと詳しくなっていた。
「ごめん。見てないや。夕べからあんまり体調良くなったから」
本当は自ら率先して別局で放送されていたクイズ番組の視聴率に貢献していたのだが、1限目が終わった直後に医務室に運ばれた事実があるので、ミチルの虚偽の申告はすんなりと受け入れられた。
「あーそっかー、そうだよねー。残念!ポワールの新曲良かったんだよッーCD買ったら貸すね」
友人はキラキラした目をミチルに向けて言った。
ポワールは5人組のビジュアル系バンドだった。ミチルの中でのイメージは「化粧した綺麗なニイチャン達のグループ」という程度で正直たいした興味はない。しかし昨日その友人から、うるさいくらいにそのバンドの新曲を聴けと勧められ、そのあまりの熱意に一応その音楽番組にチャンネルをあわせてはみた。みたものの……。その5人組バンドを含め、7人組のアイドルグループや15人組のダンスユニット、はては何人いるのかもわからない女の子の集団を目にしてすっかり件の新曲を聴く意欲を失ってしまったのだった。
「ポワールっていえばさ、作曲してたメンバーの人死んじゃったんでしょ?それからなんか曲の雰囲気変わった感じするよね」
「いやいや、リューシは死んでないから。確かに意識はないけど死んでませんーッ」
「ショクブツニンゲンだっけ?」
「はい、人権侵害発言!今は植物人間って言ったら駄目なの。正しくは植物状態」
「へーへー。で、その植物状態のリューシの嫁がさ、なんかリューシの子を人工授精で子供を産むとかって言ってるらしいよ。やばくない?」
「あ、知ってる!別居してたくせに何言ってんのって姉ちゃんの友達が怒ってた。絶対印税とか金目当てだーって」
「ポワールのファンとして言わしてもらうけど、ほんと、あれ、ありえないわ」
「リューシの嫁ってさ、俳優の三鷹秀典とデキてたんでしょ?」
「うそー!でもあの人って、モデルの、ほら、なんとかいう子と噂になってない?」
「遊佐でしょ。あの子が横からでてきて揉めたって聞いたよ」
「遊佐ってさ、最近ドラマとかやたら出てるけど、実際スタイルだけで、そこまで好い女かって話じゃない?」
「言えてるー。演技とかひどいよね」
「あ、ねえっ!ちょっと、聞いて聞いて聞いてッ!こないだ4組の山下がさあ」
めまぐるしく変わる友人達の会話にとりのこされたミチルは、だだ「へえ~」と間抜けな声をあげるしかなかった。
今の6人で昼食をとるようになって2ヶ月になるが、いつまでたってもこのテの話に馴染むことができないでいる。決してこの友人達が嫌いなわけではないし、一緒にいるのが苦痛、というわけでもないが、流行のアイドルやドラマ、実をともなわない噂話や恋の話が主流の会話にどうしても同調することができない。ミチルだってそれらを全く口にしないわけではないが、食事中の人の悪口というのは、あまり消化によくないと実感する日々だった。
ここのところ連日のように「クリーチャーハンター」の為に食後すぐに集のところへ行っていたのは、ゲームをやりたい気持ちはもとより、この環境から逃れる為というのも一つの理由ではあった。
ただ、今日の気持ち悪い&腹の立つ夢は集の言うように「クリハン」の影響かもしれないので、おとなしくここで頷いていようと白いご飯を噛みしめた―――その時。
「香坂さーんッ!」
後ろからいきなり肩をつかまれ、驚きのあまり食べかけのご飯が入ってはならない器官に入ってむせかえる。
「あー、ごめーん、大丈夫ぅ?」
振り向くと、あまり話をしたこともない隣のクラスの少女が二人、ミチルにニコニコと笑顔を向けていた。
「……ん、ゴフッ、んんっ、な、何?ガフッ、どうしたの?」
「見たわよー、2限目の前の休み時間ー。体ぁ、もう平気?」
やや派手な二人の少女のうち、セミロングの丸い目をした少女が笑顔のまま、咳き込むミチルの背をトントンと叩く。
「あ、うん。大分マシ」
熱のある人間が頭にボールをぶつけられて倒れた話を、何故全開の笑顔で聞いてくるのかがよくわからないままとりあえず頷く。そんなミチルの肩口に小さなアゴをのせたセミロングの少女からは、整髪料なのか、バラのような香りが漂ってきた。
「よかったねー。ね、ね、神楽君って本当にカッコいいね。香坂さんをお姫様抱っこして行くとこ、ちょーヤバかったぁー」
ミチル自身には全くその記憶はない為、何がどう「ヤバい」のかはわからなかったが、神楽に連れて行ってもらったことは聞いていたのでとりあえずここも素直に頷いておく。と同時に、二人の少女が用があるのは自分ではなく神楽だということを理解した。
もう一人のボブショートの少女がミチルの机に手をつき、こちらをのぞきこむと甘ったるい声をあげた。
「香坂さんさァー、神楽君と仲良いけどォー、彼女じゃないんでしょお?」
彼女なの?では無く、彼女じゃないんでしょお?という聞き方とその口調に少しイラッとする。思わず彼女だッ!と言ってやりたくなったが、その嘘は自分の首を絞めると思い止まり否定しておいた。
ボブショートの少女はキレイに爪の整った指を胸の前であわせる。
「だよねー。でね、聞くんだけど、神楽君てェー、彼女とかいるのかな?」
彼女とかって何だ?「とか」の彼女以外ってことはヨメか、カレシかッ?そう聞き返したい思いをグッとのみこむ。
「いや、よく知らない。幼馴染みの友達だから話はするし、一緒にゲームとかはするけど、そんな踏み込んだ会話しないし」
その幼馴染みとすら踏み込んだ話などしない。集とは小学生のように、ひたすらゲームの話やマンガの話をしているだけで、神楽はニコニコ笑ってそれを見ているというポジションだから、考えてみれば神楽とは話らしい話もしていないかもしれない。その光景を思い描き、神楽は一体何が楽しくて集と一緒にいるのかと、場違いながら改めて疑問に思う。
「じゃあさぁ」
ボブショートの少女は、セミロングの少女のいる反対側の肩に手を置くと、少し言葉をためてから含みのある笑顔をミチルに近づけた。
「今度、っていうかぁ、近いうちに聞いてみてくれないかなぁ。なんだったら幼馴染みの子ォー、天下?あの子に聞いてもらってもいいしー」
「えっ?」
いきなりの展開にフリーズしてしまったミチルを見た昼食メンバーは、後に「メデューサとゴーゴンに挟まれた人みたいだった」と評したのだった。