ガチバトル
「生まれ変わるんでしょう?」
え、いやタクトさん?
クスクス笑うアヤの横で、マリが複雑な笑いを浮かべながら口を開いた。
「あのね、赤ちゃんはすぐには耳は聞こえないの」
あ、いえね、論点が違うんですが。
「え?でもママもパパもお腹に話しかけてたでェー」
「それは、もうちょっと後ね。ちょっとお腹が大きくなってきてからじゃないと」
「……あの、マリさん。保健体育の授業もよろしいんですけど、これはいったい……」
「トキオくんがね、タケルくんとミチルちゃんが埋葬にでかけた先で、シュンの生まれ変わりを作ってきてくれるかもしれないね、ってこの子らに言ったのよ。だから、二人は少し帰ってくるのが遅いかもしれないけど、心配しなくていいいからねって」
「あの……それは……」
「この前タケルくんだけ帰ってきて、ミチルちゃんは今ちょっと体調悪いからって置いてきたって聞いたら、リオちゃん、それは悪阻だって。ママが気持ち悪くなってて大変だったって。そんな大変なヨメをほったらかしてタケルは阿呆かって」
アヤさんがリオのマネをして変な発音の関西弁になる。
「つわりなんて、まだまだ先なのにねェ。ほら、リオ、こっちおいで。赤ちゃんビックリして出てこなくなったら困るでしょ?」
マリさん、指導の内容がズレて……。
ちょ、ちょっと待てッ!
「これは……あれですか?もうすっかりタケルとの既成事実的なことがあった感じの話になって……」
ミチルの弱々しい声は、まるで小姑のようなマリの声で遮られた。
「それに、チビたち!まるっきりのシュンが産まれてくるわけじゃないんだからね!女の子だったとしても、オカマとか言ったらダメなんだから」
いや、だから、何も産まれてこないよ?
くっ……トキオの奴ッ!言うにことかいて、子供達になんてことをッ!
タケルが説明をしたがらなかった理由がわかった。
「あ、……のねッ!」
とてもじゃないが丸ごと受け入れられる話ではない。ある程度の誤解を解こうと、後ろに向けていた首を前に戻した。
口をひらこうとして、ヒサシが――ほんの少し笑みを浮かべたヒサシがミチルの腹部にそっと触れているのを見た瞬間、もう何も言えなくなった。
あーッ、もうッ!
「はいはい。お勉強中だったんでしょう?続けて続けて」
ミチルはヒサシの頭を撫でながら立ち上がる。
「ああ、ミチルちゃん、時間空いてたらオチビさん達の方みてもらえる?タクトくんが漢字の書き取りと、リオちゃんが字をかくお稽古」
「オッケーオッケー!それくらいならまかせてッ!」
……とかいいながら、書き順がアヤシイかも。今までいかに適当に書いていたかを反省する。
「じゃあ、席ついてー!リオはもう平仮名全部読めるー?」
「バカじゃないの」
……へ?
剣を含んだ声が、それこそ刺さるような鋭さでもって食堂に響く。
声のした方を見ると、中央の階段を降りきったすぐの壁にもたれて、目をすがめたカエデが腕組みをして立っていた。
「何が言いたいの?」
前回うるさいと言われたことに関してはこちらに非もあったが、バカといわれるのは聞き捨てならない。座ろうとして中腰になっていたミチルは、背中を真っ直ぐに伸ばして立ち上がり、カエデと視線を合わせた。
カエデはすくいあげるようにしてミチルを見ると、挑発するような笑みを唇の端にのせる。
「バカだって言ってるのよ。勉強なんてしたって無駄だってわかりきってるのに、なんでそんなことに時間をさくのかってこと。どうせここから出られっこないんだから、勉強なんて意味がないじゃない。もとの世界に帰ったときの為?笑わせる。誰も帰れた人間なんていないのに」
……なんてことをいうんだ、この女。
怒りで鼓動が早くなった。
それでも拳に力を入れて、なんとか感情的ではない声を出す努力をする。
「……なんの権利があって、……あんたがそんなこと言うの?」
「権利?はッ、一般論でしょ?無駄だから無駄だって言ってるのよ。どうせみんな長くて数年。早ければ明日にだって砂になるんだから。勉強なんて教えるより、さっさと現実をわからせてやったほうがいいんじゃないの?」
カエデのキレイが顔がいやらしく歪んで、とても醜く映る。
ミチルはとにかく冷静に言い返さなければと言葉を探したが、次のカエデの言葉で目の前が真っ赤になるような錯覚を覚えた。
「ここに流れ着いた時点で、生きてる意味ないのよ」
頭に血が上った。血管が切れたんじゃないかと思う程の勢いで。
ミチルは、少し高い位置にあるカエデの目を見据えたままツカツカ近づくと、力一杯その頬を平手で打った。
「ベチッッ!」
重そうな音が響く。反動で斜め下に顔を向けたカエデの白い頬が、一瞬にして赤くなった。
「ここに来たからとか、そんなの関係ないッ!一生懸命生きるのに、意味のないことなんてないッ!そんなこと言って何もしないのは、ただそれを言い訳に使ってるだけよッ!こうだからとか、ああだからとか、文句ばっかりいってるあんたに、意味がないとか絶対言ってもらわないッ!そんなことしか言えないあんたは、どこの世界にいたって、そんな生き方しかできないッッ!」
「……人の顔になんてことすんのよッ!ブスのくせにッ!」
カエデは頬を押えたままミチルをキッとにらみつけると、反対の手の平でミチルの頬を打ち返してきた。痺れるような頬への痛みにミチルは我を失い、カエデの両肩を力一杯押す。
「顔がキレイだからって何ッ?根性が腐りきってるあんたに何言われてもどーってことないわよッ!」
「……この、くそ女ッ!」
カエデがミチルに掴みかかった。
どうしていいかわかわずうろたえる周囲をよそに、ヒートアップした二人はますます力を込めて掴み合い、地面に倒れ込んだ。カエデはミチルの上に馬乗りになってその頬に長い爪をたてる。ミチルはなんとか自由を得た手で、カエデの長い自慢の髪を後ろに思いっきり引っ張った。
女のバトルは、たまたま食堂におりてきた男性有志によってなんとか終止符が打たれたが、お互いの手加減の無さをあらわすように、各々の顔や腕には無惨な傷がついていた。
カエデと引きはがされて後、ミチルはとりあえずの空き部屋に放り込まれた。
心臓がバクバクと荒くれた音をたてている。
冷めない怒りの興奮に手が、体が、小刻みに震えていた。
特に何もない殺風景な岩肌の部屋の中、アヤの手作りなのだろうか、作りつけの棚におかれた手の平サイズのブルーのクマが、布でできた体を投げ出すようにしてちょこんと座っていた。それを目にしたとたん、暴発した気持ちが一気に落ち着く。すると、あちこちの痛みとともに、アヤに対しても暴言めいた言葉を吐いたことが思い出された。
どうしてこんな女に好き勝手言わせてるんだと。
誰も、ちゃんと何も言わないからそんなことを平気で口にするようになるだと。
興奮していたのでハッキリは覚えていないが、確かにそんな感じのことを言ったのだと思う。 そこに居たのが子供達の他はアヤだけだったから、勢いで八つ当たりまでしてしまったのだ。
呆れてるかなー。怒ってるかなー。
イスに腰掛け大きくため息をついたとき、ドアの外でかすかにアヤの声が聞こえた。それに被すようにもう一つ男物の低い声。二つの声の短いやりとりの後、軽いノックの音と共に返事も待たずにドアがあけられた。
「入るぞ」
言いながら既に入ってきているタケルの足が二本、俯くミチルの目に入った。




