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夜とヒーラー

「終わったー」

 アヤの作業場から持ってきたストールをほどき終え、大きく伸びをする。

 今ミチルは最初に通された小屋とは別の小屋にいた。そこにはシングルサイズのベッドがあり、仮の寝室として使用されているらしい。この小屋の中もブルーをベースにしたパッチワークの品々で彩られていた。

 よっこいしょと腰掛けたベッドから立ち上がり天井を見上げる。

 この部屋にも少ないなりに明かりとりの穴が開けられているのだが、ミチルはそこでハテと首をひねる。

 今、何時なんだろ。

 アヤが監禁室へ夕食持ってきた時も、外がやたらと明るかったので早い夕食なのかと思ったが、時間を聞くと8時ということだった。それはそれで明るすぎる気がしてアヤに聞いてみたが、アヤは笑ってその時になったらわかるからと言うだけだった。それからゆうに一時間は経っていそうなものなのだが、いっこうに暗くなる気配がない。

 まあ、今さら夜がこなくても驚きはしないけど……。

 ミチルは明かりとりの穴から降り注ぐ光を手の平で光を受けてみる。

 しばらくそうしてからある事実に気づいた。そこで改めて右手を影に、左手を光のもとにおいてみる。

「あったかくない……」

 本来太陽の光のあたるところには温もりがあるはずなのに、影の右手も、光のあたった左手も全く温度に変化がない。

 思い返してみれば、センに会うまでの結構な間砂漠を歩いていたはずなのに、そこまで暑さを感じなかった。体が暖まったのは基礎代謝によるもので、そこに太陽の力は介在していなかった気がする。 

 存在感の薄い太陽を、目を痛めない程度に直視してやろうと思ったその時。回りの景色がボンヤリと輪郭を失っていったかと思うと、急に部屋の中が暗くなってしまった。今や部屋の中を照らすのは芋虫のオイルランプのみとなっている。

 急な変化に驚いて外に出ようとしたミチルは、岩の椅子に思いっきり脛を打ちつけてしまった。脛を押さえたまま、うなり声をあげるだけでしばらく動けない。勝手ににじむ涙を拭い、ようやく息をついてズボンをたくし上げて脛をランプに照らすと、強打した部分が見事に黒っぽく色付いていた。

「くそー!」

 誰にも当たり所のない自爆に、お上品ではない悪態をつきつつ、ビッコを引き引きドアを開けて外を見る。そこはまるで紺色の絵の具を溶かしたような色合いになっていた。見上げた空は月の明るい夜のように青みがかっている。

 あまり外には出るなと言われていたが、ミチルは柵の方に歩いて彼方の空を見上げた。

 空には月の姿も星の姿もなかったが、都会の夜空のように、真っ暗になりきれない、黄昏時と夜の境目のような不思議な色合いをしていた。

 振り返ってメイン棟や周囲の小屋を見ると、そこやかしの明かりとりの穴から今度は逆に中のランプのぼんやりとした明かりがこぼれている。現実感のない、まさに幻想のような光景だった。

 柵に沿ってゲートの方へ歩き出す。ゲートの前を過ぎて作業場のある側まで回り込んだとき、中に一箇所明るい場所を見つけた。そこはカズネの作業場で、ドアのない入り口からは、しかめっ面で立ち働くカズネの姿が見えた。

「こんばんは」

 近づき声をかけるミチルに、カズネは足を止めてこちらに目を向けた。

 嗅ぐだけでも体に良さそうな薬草の香りが流れてくる。

「あら、あんた……ほれ、あの、そうそう、ミルミルの……ミチルちゃん!」

 え!?まさかの粉ミルク?

「あ、あはは。さっき、急に暗くなったからビックリしました」

「ははは。あれね、あたしも最初はビックリしたわ。電気かよっ!って」

 カズネの小屋の壁にはびっしりと乾燥した草木が吊下げられ、赤い岩の地肌は、もはや天井にしかその痕跡を残していない。戸棚には色々な形の瓶や土器が並び、床には精製する為の道具なのだろうか、木製の圧搾機のようなものから始まり、ミチルには用途の見当もつかないような道具が足の踏み場を遠慮無く侵害している。机の上も根っこやら粉やら液体やらで溢れており、机の面が見えるのはほんのわずかのスペースのみだった。

「この有り様にもビックリ?先に言っとくけど、片づけられないんじゃないわよ。これがベストポジションなの。絶妙なバランスの上に成りたってるってわけ。で、そりゃそうと暇だったりするでしょ?この根っこ、つぶしてもらってもいい?ああ、その辺のもん適当にどけて座って」

 その辺といわれた辺りに目をやると、器具の台と思っていたのは椅子だったらしい。ミチルはなんとか場を広げ、受け取った大きなお皿と硬い木の棒を使って言われた通りに潰し始める。既に何かの処理を施されているとみえる太い根は思ったよりも脆くつぶれた。

「これ何なんですか?」

 ミチルの問いかけに、謎の道具にむかいさっさと自分の作業にもどっていたカズネは、こちらを振り返ることもなく答える。

「胃腸薬の素。でもなめると口の麻酔にもなるわよ。苦すぎて。ああ、それつぶし終わったら、そっちの入れ物に入ってる粉全部と混ぜて、あっちのシロップで練って。丸薬にするから丸められる程度の堅さでね。それと悪いけど砂時計みててくれる?あたし集中するとすっかり忘れっちゃうから。はい、これね。今からスタート。よろしく」

 矢継ぎ早に指示を出し、砂時計をひっくりかえすとまた自分の作業に戻るカズネ。ミチルはその後も次々に作業を言い渡され、一段落ついた頃にはすっかりくたびれてしまっていた。

「お疲れさん。助かったわ。これ、はい。甘いのがよかったらさっきのシロップ入れて」

 僅かな机の隙間に湯気の立つカップが置かれる。ミチルは礼を言って、根と粉末を練るときに使ったシロップを垂らして混ぜ口に含む。花のような香りのお茶と、うっすら甘いシロップの風味にうっとりと息をはいた。

「うまぁ。これ何で出来てるの?」

 カズネは自分用に机のスペースをあけ、どっかと座ると、何やら一枚一枚が分厚い紙を広げた。

「シロップは樹液で、お茶は花とか葉っぱとかモロモロ。美味しいでしょう?あ、薬用のシロップちょろまかしたことは内緒でよろしくね」

 カズネは両の手の平からはみでる長方形の箱から取り出したペンで、机の上の分厚い用紙に何かを書き始めた。手の中のペンは、クリップの部分に宝石らしい単褐色の石の埋め込まれた万年筆で、それはミチルが昼間目にしたものだった。赤い砂になってしまった女の遺した、高級そうな太短い万年筆。

 ふいに顔をあげたカズネがミチルの視線に気づいて万年筆を少し持ち上げた。

「ここにはロクな文房具がないから便利よ。文明の利器ってほんと最強。だってこの筆箱の中見てよ」

 ミチルは万年筆のことにはそれ以上触れず、カズネが傾けてみせた箱の中を見た。箱のサイズからしてそうだが、その中身を見てもとても筆箱とは思えない。手を伸ばして何本もある紐で巻かれた木の棒の中の一本を取った。

 その棒は、中央の黒く細い物体を15センチほどの半円径の細長い木で両端からはさみ、その周囲を細い紐で固定しているという形状の物だった。木の棒からちょんと、わずかばかり出た黒い物体をジッと見ていたミチルは、思いついて声に出す。

「鉛筆?」

「ご名答。先が脆いから書きにくいのなんのって。で、そっちの羽根がつけペンなわけだけど、インクが良くないからやっぱり書きにくくてね。紙もこーんな手作りのごわごわしたもんだし」

 言いながらもカズネはペンを走らせていた。聞けば薬やお茶の精製方法から使用方法までを記録しているのだという。

「あたしもいつどうなるかわからないからね。少しでも多く書き残しておかないと」

 書き物の手を止めることなく淡々と語るカズネ。アヤもそんなことを言って一針一針を刺していた。

手作りの鉛筆の、すっかりすり減った先を指に当てる。

「ナイフあったら、この鉛筆削りましょうか?」

「あらまあ、重ね重ね悪いわね。頼める?ついつい面倒くさくて」

 カズネは前掛けの、ぼっこり膨らんだポケットの中から小さなおりたたみナイフをとりだすと、ミチルに投げてよこした。ミチルはそれを受け取り木の軸に刃をあてる。よく見ると、軸に巻いてある糸は軸を削ることを範疇に入れてか何段階かに分かれていた。

「うまいもんね。あたしなんか勢いあまってついつい芯ごと削っちゃうのよね」

 カズネはミチルの手元を見て感心するように言うと、また書き物に集中し始めた。ミチルもそれからは黙って作業に没頭した。

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