カエデ姫
冗長続き
「ほんとは武器工場にも案内しとこうと思ったんだけど、今日は怒りん坊将軍がいるから止めとくね。さっきからかったから、ほとぼりが冷めるまで近づかないでおくよ」
笑顔で怒りん坊将軍と呼ばれたトップ2の片割れ、タケルに会わないですむことはミチルにとってもありがたい提案だったので、手の先だけで小さく万歳をした。
「一番奥が井戸になってるんだけど、台所もそこ。洗濯も同じく。生活の基盤になるようなものは外にある感じかな。あ、宗教的な祭壇なんてのもそのずっと奥にあるんだよ。困ったの時の神頼みの際は是非どうぞ。そうそう、トイレはすぐその向こうの小屋ね。結局、中央棟は寝るのとご飯食べるのに使ってる感じ。お下げちゃんはしばらく棟内に入ってもらえないから、監禁室のどれかで過してもらうことになるけど、基本的にはそんなにかわらないかな」
岩を削った流しに板を立てた掛けた台所と、同じようにして作られた洗い場。少し離れたところには木の物干し台が置かれていた。
「なんかキャンプ場みたい」
「みたいというよりはそのもの。それも親の強制で無理矢理参加させられるやつね」
ウインクしながら笑顔をむけるトキオ。
この人はいちいちキザだけど、それがまったく違和感がないのが凄いわ……。
「記憶がないのにそう思うってことは、本当に嫌々参加させられたんでしょうね」
「うん。ボク自慢じゃないけど体力ないからインドア派にはきつい……ん?」
中央棟の勝手口になるのだろう。水場と物干し台と直線でつながる位置のドアが開いていて、そこから小鳥達がさえずるような音が聞こえてきた。目を向けると子供達がクスクス笑いながらお互いを押し合いしているところだった。
ミチルがここにきた際塀に登っていた子供達のようで、じゃれ合うようにして開いたドアから交互に見え隠れする姿が愛らしい。
「なんで君らがそこにいるの?勉強の時間始まってるでしょー」
腰に手を置いて軽くにらむトキオに、子供達はやはりクスクス笑いながらも一番小さな男の子を盾ににして少しだけ外に出てきた。
「だって誰もこないんだもーん」
「しばらく待ってたけどこないんだもーん」
「だもーんだもーん」
言っている間にもジッとはしておらず、やはり4人の子供達は押し合いへし合いをしている。
「今日は誰が先生の当番?」
「カエデさんだって言ってたよー」
「うん。でもカエデさんこないから探しにきたー」
「ウソつき。イモちゃん見に行こうとしてたくせに。わたしは止めたわよ」
「結局マリだって来たじゃないか!」
「来たじゃないかあ」
「それは年長者としてチビたちの面倒みないといけないからよ」
「はいチビー、おまえらチビな」
「あんたもよ、ヒサシ」
「はあ?チビじゃねーし」
理由こそわからなかったが、その光景を見て何やら懐かしいような思いにとらわれたミチルであった。
「はいはいケンカしない」
トキオは手を軽くパンパンと合わせると、子供達の方に歩み寄って、ヒツジの群を追うようにドアの向こうへ押し込みながら深いため息をついた。
「まったくカエデはしょうがないな。とにかく君らは部屋に戻ってて。僕が言っとくから」
「じゃあ、ついでに、わかんなくてもヒステリーになるなって言っておいて!」
「間違えても怒らないでっても言っといて!」
「言っておいて!」
「怒るとシワが増えるわよって、マリが言ってたって言っといて」
「こらヒサシ!何言ってんのよッ!そんなこと言ったら窓から逆さまに吊られるわ!」
子供達のやりとりの声が小さくなる間ドアの前に立って見送っていたトキオだったが、大股で歩き、一つの窓の下に立つと手をメガホンのようにして声をあげた。
「カエデーッ!カエデーッ!」
何度か名前を呼ぶと、2階にあたる部分の窓から気だるげな様子の女が焦茶色の髪を垂らして顔をのぞかせた。女は赤茶色の岩の窓枠に肘をつき婉然とこちらを見下ろす。トキオよりも少し年下といったところだろうか。顔のパーツのひとつひとつが派手なつくりをしている。
わー、美人だけどキツそー……。
黙ったままの女にトキオは腕組みして強い視線を送った。
「なんでまだそこにいるの?」
「……ねえ」
「子供達が待ってるんだけど」
「……ねえ、そこの子、何?」
自分に視線を向けられ少しひるみつつも、「誰?」ではなくて「何?」という質問にひっかかる。
ほんの数言を耳にしただけで、カエデがタケルに継いでの尊大なキャラだと実感した。
「新人のミチルちゃん」
なんだかキャバクラみたいだなー。
実際行ったこともないが思わずこぼれたミチルの小さなささやきは、とりあえず誰にも届かなかったようだ。
「落ち着いたら改めて紹介するよ。それより今は学習室に行ってくれないかな?そもそも自分で選んだ当番でしょ」
「選んでないわ。消去法で残っただけよ」
「そーれーでーもー。残ってたんだから、はい、行った、行った」
「……うーん。なんか体調悪いのよねェー」
「そういうのは聞きませーん」
「抱っこして連れてってくれたら行くわ」
トキオはカエデのふっくらとした唇が片方つり上げるのをみてカエデから視線をはずすと、一回大きく息を吐く。下から斜めに上を見上げると、軽く手を挙げて作業場へ踵を返した。
「わかった。カイトがタケルを呼んでくるよ」
カエデは整った眉毛をキュッと中央に寄せたかと思うと、何かをトキオに向かって投げつけてきた。
「結構よッ!」
吐き捨てるように言って窓枠から姿が見えなくなった直後、ドアのしまる激しい音がこちらまで聞こえてきた。
カエデが投げつけてきたのは花瓶だった。散らばった花とこぼれた水が地面を黒く染める。赤い岩でできた花瓶は、その重さと堅さを証明するように、割れることなく赤い砂に埋まっていた。
あれがトキオに当たっていたら、散らばるのは花だけではなかっただろう。
ドアの閉まる音そのままの激しい気性に、敵に回すときは命をかける覚悟が必要だと思うミチルであった。そしてそれは現時点の近寄りたくない人物3トップが決まった瞬間でもあった。
トキオはこういう状況に慣れているのか、よっこいしょと気楽な口調で花瓶を拾いあげている。
「どうしたんだ?派手な音したけど」
そこへひょっこりと、先ほど子供達が姿を見せたドアからセンが顔をのぞかせた。
「ああ、センくん。カエデ姫のご機嫌を損ねちゃったから、ちょっと子供達の様子みてきてやってくれないかな?」
「今日はカエデが当番か。そりゃ子供らも災難だな。そっちの嬢ちゃんはもう出てきていいんだな」
「まあ、とりあえず作業場だけね。悪いね、セン君。巡視で疲れてるのに」
「構わんよ。じゃあ」
センは二人に手をあげると、そのまま棟の中に消えていった。
「……と、いうわけだからーぁ、君は作業に戻っていいよー」
少し声高に言うトキオ。誰に言っているのかと周囲を見渡したミチルの目に、両腕を頭の後ろで組んでボッサリと立っているカイトの姿が映った。
「ざーんねん。カエデ姫抱っこできると思ったのに。ま、でもオレが行ったら顔中ひっかかれて、頭かち割られかねないけどね。あーあー、いいなあ。トキちゃんばっかりさあ。オレの目があと5ミリでかけりゃなあー。あ、ミチルン抱っこしてあげよっか?」
いきなり話をふられたミチルは「3ミリから5ミリに増えてる」と思ったが、口には出さず、ぷるぷると頭を横に振った。
「カイト、なんなら僕を抱っこしてよ」
「オレッちのこの両腕は、女の子とイモちゃんの為にあるのよ。ミチルン、さびしくなったらいつでも大歓迎だからねー。じゃねー」
巨大芋虫が脳裏に浮かび、ミチルはまた身震いをした。
ここの明かりの為に命を犠牲にしているときいて、ありがたい生き物なのだとは思ったが、だからといっていきなり受け入れられるほどの柔軟性もなく、同時に芋虫と女の子を同列に扱うカイトはさすがに距離を置きたい人物、3トップの一角を担うだけのことはあると実感した。




