異世界の生活
しばらく説明の多い冗長な内容になってます。
「おおー、上手ー!」
ハーモニカの演奏を聴き終えたミチルの拍手にトキオはキザっぽく頭を下げて礼をする。
「僕自身このハーモニカを見ても何の感慨もわかないんだけど、なーんでか吹けるんだ。体が覚えてるんだろうね。セン君は洋服と別にアイテムとしての黒帯を持ってたけど、名前がわかっただけで何の種目か不明。でも、体術全般なんでもこいで、巡視にも一人で出てる」
確かにあの大きな体に武道は似合うだろう。
「ヒロキはスケボーを持ってたよ。あの子にもスケボーやってた記憶は残ってないんだけど、実際板に乗ると、それはそれは器用に扱える。そんであとタケルは、メッセージ入りバスケットボール。すごい可愛いやつ」
「メッセージ……、はは。ハートとかクマとか書いてたら爆笑。てっきり日本刀かと思ったのに」
身長でこそバスケット向きかも知れないが、タケルのあの殺伐とした雰囲気には日本刀の方が似つかわしい気がした。さすが羽柴武尊。
「日本刀に執着のある高校生っていうのも個性的だけどねー。あいにくあれは、ここに居た人の形見みたいなもんかな。その人―――テツさんは、タケルをとても可愛がってたから、刀をタケルに遺したんだ」
「その人も……砂に?」
「必ずみんなを元の世界に帰すからって、帰り道を探し行ったきり帰ってこなかった。実際あの人が元の世界に帰れたのか、途中で力尽きたのかは確認のしようのないところなんだけど、一人だけ助かろうなんていう人じゃなかったからね」
形見という言葉からも、テツという人物が生存している可能性は既にトキオの中にはないのだろう。
その人に可愛がられ、その人の所有物であった刀を現在愛用しているタケルは、その人が帰らないとわかった瞬間どんな思いだったのだろか……。
「と、まあそんな感じで」
トキオはパチンと両の手の平を会わせると、しんみりしそうな空気を払拭するような口調で続ける。
「話が飛び飛びでわかりにくかったと思うけど、とりあえず、僕らは元々の記憶が殆どなく、気がつけば何かのアイテムを持ってこちらの世界に居た人間の集合体で、こっちのこともよくわからないままに助け合いながら日々を過してて……」
トキオがそこまで言ったとき、ニュッと延びた手によって開いたドアの外側が強めにノックされたかと思うと、カップの二つ乗った盆が荒々しく床に置かれた。そしてそのカップを置いた人物はといえば、そのまま姿を見せずにすぐに立ち去ったようだ。
トキオは笑いを浮かべながら腰をあげると、床の盆を持ち上げ、液体の入ったカップをミチルに差し出した。
「本当にね、幼稚で可愛いでしょ。はい、お茶。毒は入ってないと思うよ」
トキオの口調と半分呆れたような笑顔に、このお茶を持ってきた人物はタケルだったんだろうと察した。あれを可愛いと言えるのは大人の余裕なのか。ただ、嫌々持ってきたんだというように、顔を見せないあたりは確かに子供っぽかった。
ミチルに対しての怒りのせいか、それとも意地悪を言った自分への気恥ずかしさからか判断がつかないが、背の高い無表情なタケルが姿を見せないようにカップを置き逃げする姿を想像すると、なにやら滑稽だった。
「あ、ありがとう」
茶色いカップの中をのぞくと、そこには湯気の立つ半透明の液体が入っていた。まだ熱めのその液体を少し口にふくむとハーブティのようなやわらかい味わいと優しい香りがフワッと広がる。
「美味しいー」
ゴタゴタした事態で気にはなっていなかったが、実際ミチルはかなりノドが乾いていたようで、ほどよい温度に冷めるのもどかしく、カップの中身を一気に飲み干した。茶の熱さに若干ひりひりする舌に手で風を送るミチルに、トキオはまだ口をつけてない自分のカップを差し出して、どうぞと勧めた。嬉しそうに受け取るミチルを見て声を軽やかな笑い声をたてる。
「ははは。カズネさん喜ぶよ。そのお茶はカズネさんって人がブレンドしてるんだ。このお茶の他に、ちょっとした薬なんかもカズネさんが作ってくれてる。彼女は癒しの存在で、彼女が来てから痛みが減ったんだよ。それまで薬も麻酔もなかったから、とにかく、ひたすら痛いの我慢して治るの待つだけだったんだ」
化け物のような生物が跋扈するこの世界では、傷の絶えることなどないのだろう。羽根トカゲの鋭いかぎ爪に抉られる瞬間を想像してミチルは眉をしかめた。
あんなに鋭い爪で体を抉られてキズ薬も麻酔も痛み止めもない状態など、どう考えても耐えられそうにない。病院などないであろうこの世界での大けがは、死と直結するものなのだと改めて感じた。
「本来なら新人さんはまだ少しここに拘束される予定なんだけど、うーん、お下げちゃんはまあ、いっかな。少しでも人手が欲しいし。またいきなり消えると困るからメイン棟に入れることは無理だけど、作業場くらいは案内しておくね。……あ、でも夢の話と、一旦消えて現れたって話は誰にも口外しないで。ややこしくなるといけないから。お下げちゃんのそのこと知ってるの、今のとこ僕とタケルとセン君だけだから、何か新しいことがわかった時や、困ったことが起こった時はその3人に相談してね」
ミチルは頷きつつも、タケルはないな、と早速心のメモリーから削除した。
「とりあえず順番に説明していくね」
トキオはミチルの前に立って歩き出すと、正面玄関を通り過ぎ、今までミチル達が居た小屋と対をなす場所にやってきた。そこにも先ほどと同じような複数の小山があったが、こちらの小屋にはドアがなく、それぞれ間口の大きいカマクラといったような雰囲気になっていた。
「あら、トキオくん。どうしたの?」
その中でも比較的大きい小屋の中から、髪の長いほっそりとした少女が現れた。年の頃は18、9というところだろうか。血管がすけるような白い肌をした少女はミチルを見て少し戸惑ったような表情を浮かべている。
「ああ、アヤ。この子は今日からヨロシクのお下げちゃん」
トキオの言葉にアヤは首をかしげる。その動きに、絹のような黒髪がサラサラと肩からこぼれた。
「オサゲちゃん?」
「ああ、違うや。ミチルちゃん。最初にあった時に三つ編みしてたからさ」
「へんだなーと思ったの。トキオくん適当だから」
アヤはクスクス笑い声をあげると、ミチルに向き直り花開くようにニッコリ笑った。
「よろしくね、ミチルちゃん。わたし、アヤといいます」
「こ、こちらこそ」
鈴蘭のようなアヤの笑顔はあまりに可愛いく、同性のミチルでさえドギマギしてしまった。
「あ、お下げちゃん、今、アヤのこと可愛いと思ったでしょ?」
「あ、うん」
ミチルが頷くと、トキオはアヤの腕をひっぱり、自分の腕の中にその華奢な体を抱き込む。
「アヤはボクのだから、あげないからね」
「もー、やだ、トキオくん。恥ずかしいでしょ」
目の前のバカップルな展開。
ミチルはかける言葉を失い、片頬をひきつらせた。と、そんなミチルの横からカラカラと明るい笑い声が聞こえてきた。
「彼女呆れてるじゃない。あんたたち、いい加減にしなさいよ」
現れたのは30才を過ぎたあたり恰幅のいい女で、首に巻いた布で濡れた手を拭いた後、その手をミチルに差し出した。
「あたしカズネ。よろしく。あんた出てくるの早かったのね。ウェイターさんが拗ねてたようだけど、お茶は無事届いたかしら?」
先ほどトキオが言っていた「癒し」の存在だ。笑うと浮かぶ目尻のシワが暖かい印象を与える。お茶や薬などの技術を別にしても、カズネの快活な笑顔はそれだけで周囲を元気にする力を持っているようだった。
「はい。すごい美味しかったです。ごちそう様でした」
「お口に召したようで何よりだわ! ねえ、アヤ、晒し布が破れちゃったの。悪いんだけど、見てくれない?縫ってどうにかなるものならそれが一番いいんだけど」
「すぐ行くわ。じゃあ、ミチルちゃん、また後でゆっくりお話しましょうね」
「話の途中で悪いね。ここの生活になれるのは大変だと思うけど、この二人のイチャコラ以上にドン引きすることはないからね」
「もうー、カズネさんたらー」
カズネの言葉にプックリと頬をふくらますアヤを見たトキオが、ゆるめていた腕に再び力を込めてアヤを抱きしめ、小さな頭に頬ずりをする。
「アヤ可愛いー!」
「頑張ってお仕事してくるから、トキオくんも頑張ってね!」
「うん。頑張る」
確かにアヤさんは可愛い。……可愛いのは当然否定しないけど……。
目の前で繰り広げられる2人の光景に慣れるのは、カズネの言うように確かに大変そうだった。というより慣れる日がくるとはどうにも思えそうにない。
「あー、もうわかった、わかった。さっさとこの手を放してッ!はいはい」
カズネはトキオの腕をパシパシ叩いてアヤを引っ張り出すと、じゃあねと後ろ手に手を振って歩き出した。ニコニコ笑いながらアヤを見送る幸せそうなトキオと、カズネに引っ張られながらも何度も振り返り手を振るアヤを見て、ミチルはドッと疲労がこみ上げてきた。
「仲、いいですね」
「そりゃあもう!アヤは僕の片翼だもの。絶対ここに来る前から恋人同士だったはず」
拳を握りしめて断言するトキオに、ミチルは適当な相槌をうっておいた。
それまで軽い部分はあるものの大人っぽい男の人という印象を持っていただけに、恋人の前での姿はとても意外なものだった。それと同時に、なんとなく親近感が増した気がする。
「アヤはここに来たとき、裁縫道具を持ってきたんだよ。そうそう、さっきお下げちゃんと居た小屋のカバーや壁掛けなんかはアヤが作ったんだ。回収してきた布を仕分けしたり、縫製したりは基本的にアヤの分担。あ、そこが縫製場ね」
やっと案内を再開する気になったらしいトキオ。アヤが出てきた手前から2個目の大きな小屋を指さしながら歩きだす。
「こっち側のエリアは、基本的に作業場になっていて、縫製場の後ろはカズネさんの作業場。お茶やら薬やらを作ってくれてるんだ。それでそっちが製油場で、あっちが雑多なものをつくる工場。あ、カイトがいた」
通り過ぎたカズネの作業場の後ろ、製油場と呼んだ小屋の前で足を止める。こちらに背を向けて座っていた男の存在に気づいて、なぜかトキオが後ずさろうとしたその時、背中を向けて作業していた男が体ごと振り返った。
「ギャアアアアアアッ!」
男が振り返った拍子に男が手にしていたものを目にし、想像もしえなかったソレにミチルは大声をあげてトキオにしがみついた。




