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  作者: 深水晶
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第五章 雪の降る日の[2]

 ノリはにやにや笑っている。

 僕はちっとも理解できない。

 判らなくて、ちょっぴり淋しい。

「そんな顔しないで」

 ノリは言って、頭を撫でてくれる。

「意地悪とかじゃないの。あたしがワガママなだけなの。判ってるけど悔しいの。あたしの大事なサイを、後から出て来た杉原なんかに、さらわれそうで」

「僕はさらわれたりしないし、先輩はそんなことしないよ?」

「うん」

 ノリは優しく笑った。

「サイが幸せなら、あたしはそれで良いの。ただ、あたしが杉原をイマイチ気に入らないだけ」

「先輩が嫌いなの?」

「って言うより、ね」

 ノリは困ったように笑う。

「たぶん独占欲。あと、あたしから見た杉原は、ものすごくつまんない男で、たいした事ないって思っちゃうから。もっと他にサイに合ったイイ男がいるんじゃないかしらって」

「つまんない?」

「あたしはね。クソ真面目過ぎて、冗談の一つも言えやしないし、口を開けば、愚痴と命令形と正論しか出てきやしないし。たいした事ないくせに偉そうで、上から言うような口調や言動も気に食わない」

「杉原先輩良い人だよ。面倒見良いし、優しいし」

「……そりゃ、あんたにはね」

「え? 他の人には違うの?」

 ノリは苦笑した。

「ま、あんたを手荒に扱うような男なら、あたしがとっくにシメて、口も利けないようにしてるわよ」

「なんでノリはすぐ暴力に走るかな」

「だから、暴力は第二あるいは第三の言語なの。コミュニケーションの一つなの。言葉より時に雄弁よ」

「無茶苦茶だよ、ノリは」

 ノリのことは好きだけど。

 ノリのこういうところは困ってしまう。

 だから誤解されるし、嫌われたり、敬遠されたりするのに。

 ノリが好きだから、困ってしまう。

「暴力はダメだよ」

「うん、判ってる」

 そう言って、ノリはそっと僕の腕を取って、しみじみと眺めた。

「何?」

「キレイになったわよね」

 僕は一瞬、どきりとした。

 ノリはそれについて、一度も口にしたことなかった。

「やっぱり悔しいわ」

 ノリは淋しそうに言った。

「あたしの方が、付き合い長いのに」

「……ノリ」

 ノリは僕の顔を見て、にっこり微笑む。

「嬉しいけど、悔しくて淋しくて、つい妬んじゃう。あたしの方が絶対サイのこと好きなのに」

「ノリ」

「あたし、男だったら良かった」

「え?」

「そうしたら、サイをさらわれずに済んだのに」

 ノリは本当に悔しそうに言って、

「ごめんね。ただの愚痴」

 と笑った。



 僕は生まれて初めて携帯ショップというところに来た。

「なんでこんなにいっぱいなの?」

 僕の言葉にノリは苦笑する。

「これでも少ない方よ」

 僕は不思議だ。

「だって、携帯電話って、電話ができて、メールとかもできるだけでしょ? こんなに小さいのに」

「『とか』の部分が重要なのよ。それで選ぶの。大丈夫、機能が少ない機種もあるから」

「なんでテレビまで見られるの?」

「ラジオも音楽も聴けるわよ。あとゲームなんかも」

「変なの」

「変じゃないわ。メールできるやつで、カメラついてないような古い機種じゃないなら、動画も見られるわ。パケ代かかるから、携帯初心者のサイにはオススメしないけど」

「そうなの? ところでパケ代って?」

「別の言い方なら、情報料ね。詳しく説明すると最低5分かかりそうだけど」

 どうする?と目で聞かれた。

「……説明はいいや」

 そう言ったら、ノリは苦笑した。

「ま、そうよね、サイは」

 どういう意味だろう。

 首を傾げた。

「パケット定額サービスは、ある程度慣れてからの方が良いわ。サイ、機械苦手そうだもの」

 確かにあんまり得意じゃない。

 だって家には、そんな難しい機械とかないし。

 せいぜいでテレビくらい。

「DVDレコーダーどころか、ビデオ録画機すらないんだもの。さすがにテレビはリモコンだけど、サイの家って、リモコンそれしかないんだもの」

「他にリモコンってあるの?」

「一般的には、エアコンとか再生録画機全般とか。電話もコードレスどころか子機すらないし」

「だって使わないし」

「うん、判ってる」

 ノリはクスクス笑ってる。

「なんで似たようなのがいっぱいあるの? なんで三つも会社があるの?」

「三つは少ない方よ、サイ。家電やパソコンや食品業界なんて、ひしめき合ってるもの」

「こんなにあっても困るよ、ノリ。どうやって選べば良いの?」

「まず予算から確認しようか。いくらなの?」

「二、三千円くらいかと思ったんだけど」

 明らかにその倍から三倍以上の値札がついてる。

「新規契約で月額料入れなければ、ないことないわね」

「でも、全然違うね?」

「まぁね、ピンキリよ。でも、要はサイがそれだけ払いたいか、払いたくないからだから」

「一応、祖父ちゃんに言ったら、五万円くれたんだ」

 それを聞いて、ノリが吹き出した。

「さすがに、五万円はしないわね。でも、おじいちゃんの方が、あんたより判ってるじゃない」

「だって」

 初めて来たんだもの。知らなくて当然じゃないか。

「ごめん、むくれないでよ、サイ」

 ノリは僕の頭をそっと優しく撫でた。

「杉原がどこの会社のやつ使ってるか知らないけど、とりあえずあたしのと同じ会社のやつにしときなさいよ。そしたら、使い方色々教えてあげるから」

「良いの?」

「当たり前じゃない。それにその方が、電話代とか安くなるし」

「そうなの?」

「契約サービスなんかも相談に乗ってあげられるわよ」

 ノリはいたずらっぽく微笑んだ。

「じゃあ、そうする」

 僕がそう言うと、何故かノリは小さくガッツポーズを取って、満足げに笑った。

 やけに機嫌が良い。

 朝、携帯の話した時の不機嫌が嘘みたいだ。

「ところでサイはカメラや写真に興味ある?」

「ない」

「じゃ、音楽聴きたい?」

「別に」

「たぶんないと思うけど、テレビとかラジオ」

「いらない」

「機能少なくても、操作は簡単な方が良い?」

「うん」

「じゃあ、これとかこれ」

「どう違うの?」

「簡単に言うと、デザインかな。操作に関しては、どっちもどっち」

「見た目はどうでもいい」

「適当で良いのよ。判らなかったら触ってみて、どちらが良いか決めたらどう? 使うのはサイなんだから」

「うーん」

 どっちも同じに見える。

 判らないから目をつぶって決めることにした。

「これ」

 指差した。

「じゃあ、色は?」

「え?」

 そんなのまで決めなきゃいけないの?

 困ってしまった。

「うぅん……」

「直感で良いわよ。うるさく感じない色とか、お気に入りの色とか」

 お気に入りの色なんてない。

 あえて言うなら、白が一番うるさくないかな。

「じゃあ、白」

「決まりね」

 六千円くらいの価格。

 こんなに小さいのに。

「安いのが良ければ、こんなのもあるわよ」

 でも、やっぱり使いにくいのは、面倒。

「良いよ。これで良い」

「投げやり?」

「違うよ」

 何でも良いだけ。

 実のところ、あんまり使おうとか、何をしたいとか無いし。

 ただ、外にいる時は公衆電話がなくても、家にいる時は居間に行かなくても、電話できると便利かなって、ただそれだけ。

 それ以外の機能は本当はいらない。

 あと。

 先輩が僕に電話番号とメールアドレス教えてくれたのは、たぶんきっと、僕が携帯電話を持ってないことを知らなくて、だからかけても良いよって言ってくれたんだと思う。

 僕はつい、持ってないって言いそこねてしまった。

 だから、やっぱり持ってた方が良いのかも、と思った。

 何かおかしいかなって思うけど。

 持ってないと言っても、別に先輩は笑ったりしないと思うんだけど、何故か言えなかった。

 番号教えてって言われて、家の番号を口にしたら、一瞬目を丸くしていて。

 たぶん言い損ねたのは、そのせいもあるかも。

 先輩は

「有難う」

とだけ言った。

 なのに何故か、僕はとても悪いことをした気分になって、携帯買わなくちゃと思った。

 買って先輩に電話しようって。

 なんだろう。

 何か変だよね。

 何か釈然としない。

 先輩に電話するために買おうと思うのって、何か変だよね。

 家の電話でも良いのに。

 電話するだけなら、それで十分なのに。

 なんとなく携帯じゃなきゃいけないのかなって。

 その方が良いのかもって思ってる。

 理由は知らない。

 判らない。

「僕は変なのかな」

「え?」

 ノリが驚いた顔で、僕を見た。

「携帯電話買いたいって思う僕は変なのかな」

 ノリは笑った。

「全然変じゃないわよ。むしろ普通じゃないの?」

「そうかな」

「何、あたしが言ったこと気にした?」

「そうじゃなくて」

 なんとなく言いづらい。

「……先輩に携帯電話持ってないって言えなかったんだ」

 ノリは妙な顔をした。

「持ってないから、メールアドレスとかないって言えなかったんだ」

「……それで欲しいって言ったの?」

 ノリはなんとなく困ったような顔をした。

「家の電話じゃなくて、携帯電話じゃなきゃいけなかったかなって」

 ノリは苦笑した。

「バカね。気にしないわよ、そんなこと」

 それから僕の手をぎゅっと握った。「言ってみれば良かったのに」

 ノリは優しく笑う。

「そんなに気にするくらいなら、言えば良かったのに。恥ずかしかったの、サイ」

「ううん、そうじゃない。ただ、携帯じゃなきゃいけなかったかなと思って。先輩は携帯の電話番号が聞きたかったのかなと思ったから」

「そんなこと気にしないわよ」

 ノリはちょっぴり淋しそうに笑った。

「杉原は気にしなかったと思うわ」

「……でも良いんだ。たぶんこれからきっと必要になると思うし。やっぱり知らないより、知ってた方が良いでしょ、使い方」

「そうね」

 本当はまだちょっと迷ってるけど。

 おかしいかもとか思うけど。

「だからノリ、色々教えてね」

 未成年だと親権者の同意または同意書が必要らしいので、在庫確認して、取り置きお願いして、夕方祖父ちゃんと来る予定。


 ケーキ屋へ行くために、店を出た直後だった。

「あれ、篠原じゃん」


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