表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 深水晶
6/16

第五章 雪の降る日の[1]

今回から一度にUPする分量を少なくし、小分けにします。

「あのね、携帯電話、買おうと思ってるんだ」

 そう言ったら、ノリが驚いたように、軽く目をみはった。

「どういう風の吹き回し?」

「杉原先輩に、携帯電話の番号とメールアドレス教えてもらったから」

「……へぇ」

 ノリは、何だかちょっと不機嫌そうな、何か納得できなさそうに、唇をゆがめて笑った。

「サイ、電話嫌いって言ってたのに」

 どこか拗ねているようにも見える。

「あたしが一緒に買いに行こうって誘った時は、必要ないから要らないって言ったのに」

「だってノリとは毎日会えるじゃない」

「毎日じゃないわよ。学校行く日だけじゃない」

「勿論ノリの番号も登録するよ」

「あたしはついでなの?」

「まさか」

 僕は首を左右に振った。

「これまで僕は、家と学校と病院の他は、ノリとしか一緒に行動してなかったでしょ」

「そうね」

「だけど、これからはそうとも言い難いから。土曜日は先輩と市立図書館で、勉強する事になったし」

「…………」

 ノリは面白くなさそうな顔をしたけど、何も言わなかった。

「ノリは嫌なの? 僕が携帯持つの」

「別に嫌ってわけじゃないわよ。嫉妬してるだけ」

「嫉妬?」

「ま、気にしないで」

 気にしないで欲しいなら言わなければ良いじゃないか、と僕は思う。

 ノリは不機嫌だ。



 杉原先輩が学校に来なくなった。

 登校拒否とかじゃなくて、もうすぐ受験があるから、その試験勉強のために、登校日以外の日には来なくなってしまった。

 僕は先輩に携帯電話の番号と、メールアドレスを教えてもらった。

 杉原先輩は、何故か照れくさそうに『いつでも連絡して良いから』って言ってくれたけど、僕はまだ一度も連絡してない。携帯電話もPHSも持ってないから、というのも理由の一つだ。

 先輩から自宅に電話が来た事もない。

 ノリに言ったら『杉原ってヘタレというより、ただのバカね』と言った。

 意味が良く判らない。

 勉強は苦手だけど、杉原先輩に教えて貰った事とか、言われた事を胸に、僕なりに頑張ってるつもり。

「うん、えらい、えらい」

「……ノリ、それ褒められてるように聞こえないよ」

 僕はぼやいた。

「だって、あんなに勉強嫌いだったサイが、宿題は勿論、予習復習までして、ついでに余分な勉強までしてるんだもの。すごいわよ」

 そんなに言われるほどかな。

 きょとんとしたら、頭をそっと撫でられた。

「ねぇ、サイ。あんた、そんなに杉原のこと好き?」

「え?」

 どういう意味だろう。

「杉原先輩のことは、ノリと同じくらい好きだし、尊敬してるけど」

「……全然進歩無しね」

「どういう意味? 僕、進歩してない?」

 聞き返すと、

「サイは頑張ってるし、進歩してるわよ。頑張ってないのは、杉原の方」

「えぇ? でも杉原先輩、勉強頑張ってるよ? 遊んでないよ」

「……杉原に遊ぶくらいの余裕があるなら、こんな事にはなってないと思うけど」

「何が?」

「サイは気にしなくて良いわ。だってその分、あたしがサイを独占できて楽しいもの」

 くすくすとノリは笑う。

 変なノリ。

「携帯欲しいって言ったわよね」

「うん」

「買うの、付き合ってあげるから、その後ケーキ食べに行かない?」

「うん、良いね」

 そう言って、僕は参考書に目を落とす。

「……本当にサイが、学校で参考書開くようになるなんてねぇ」

 ノリは感慨深げに言う。

「試験勉強すらしたことなかったのに」

 そう言ってノリが暇そうに化粧道具を取り出したのを、視界の端に見て、また参考書を見る。

 現在、高校一年の数学を勉強中。

 次の土曜日に杉原先輩と会うまでの宿題。

 ズルしないようにって、解答は杉原先輩が持っている。

 そんなことしなくてもズルなんかしないのに。

 数式をノートに書き込んで、考える。

 僕にはこれといった趣味がない。

 部活もしてないし、委員もしてない。

 バイトもしてない。

 だから、たいてい暇だ。

 テレビも漫画も見ないし。

 今はその暇な時間を、昼寝かうたた寝か勉強に充てている。

 心なしか、学校の授業の内容も、以前より理解できるようになってきた気がする。

 担任の原は、まだ時折『本当に城南へ行く気なのか』とか聞いてくるけど。

 最近、全く授業はサボってない。

 宿題もきちんとしている。

 それだけなのに、最近時折教師に『頑張ってるね』と声をかけられるようになった。

 不思議。

 そんなに頑張ってるとは思わないんだけど。

 最近、例のウサギ少女もとい串田響子、が目の前に現れなくなった。

 手紙もない。

 なんだか淋しいような気がする。

 例えば、クリスマスにプレゼントがなかった時のような、誕生日にケーキがなかった時のような。

 そういう感じの。

「どうしたんだろうね」

 キリがついたので、参考書を閉じながら言うと、

「何が?」

 とノリが聞いてくる。

「あの子、串田響子。最近ちっとも見ないし」

 彼女、元気なのかな?

 するとノリは苦笑した。

「平気よ。気にすることないわ。あれは殺しても復活するタイプよ。別の男でも見つけたか、あんたにかまうのやめて、杉原一本に絞ったか、どちらかじゃないの」

「え? 杉原先輩?」

 どきりとする。

 だって、杉原先輩は。

 あんなに気にしてたのに。

 あんなにも怒ってたのに。

「杉原先輩、大丈夫かな」

「心配なら電話すれば? ところであいつ、家にいるの?」

「え?」

 良く判らない。

「塾の講習があるって聞いたけど、いつあるのか、知らない」

 そう言ったら、ノリがちょっと呆れたような顔になる。

「予定聞いてみたら? 杉原喜ぶでしょ」

「え? 何で?」

 尋ねたら、ノリがおかしそうに笑った。

「サイがしたくなければ、それで良いけど。どうなの?」

「え?」

 どうなのって、そんなこと聞かれても。

 そんなの判らないよ、ノリ。

「だって忙しいかもしれないし」

「ソレ言ってたら、いつまで経ってもかけられないよ、サイ」

 それはそうなのだけど。

 でも迷惑かけたくないし。

「どうする? もうやめる?」

「うん」

 荷物まとめて立ち上がる。

「ごめんね、ノリ。待たせて」

「別に良いわよ。今日はバイト休みだし」

「ノリはバイト熱心だよね」

「そうでもないわよ。週に三日か四日くらいだし。まあ、卒業前に新しいバイク買うのが目的だから、長期休みは週五日するけど」

「結構たまった?」

「んー、そうでもない。服買ったり、化粧品買ったり、食べたり飲んだりしてるし。でもまあ、卒業までには何とかなるわ」

「そう。それは良かった」

「そうね。でも、バイクじゃなくて車にしようかとも思ってるんだけど」

「え? 免許取るの?」

「まあね。まだちょっと迷ってるけど。移動だけ考えたら、バイクの方が都合良いんだけど。人乗せること考えたら、車の方が良いかなって」

「え?」

 誰か乗せるの?

「例えばあんたとかね、サイ」

「えぇ? 僕を乗せてくれるの?」

「そうよ。そしたら結構遠出もできるし。あたし一人なら、バイクで遠出でも全然構わないけど、サイはそういうわけにいかないし」

「でも、平気だよ?」

 そう言ったら、ノリはくすくす笑った。

「サイはまだ、あたしのブッちぎりの運転乗ったことないでしょ? メットなしだと、風圧で髪がぐしゃぐしゃよ。しっかり掴まってないと、道路に放り出されて大ケガするわよ?」

「え、そうなんだ?」

「そう。だから、長時間は無理だと思う。サイ、体力あんまりないし」

 それは……そうかも。

「ごめんね」

 そう言ったら、ノリは苦笑した。

「別にあんたが謝ることないわよ。あたしがそうしたいだけだから。ただ、車買うとなると、結構お金かかっちゃうし、推薦取れなかったらバイトそんなにできなくなるから、どうしようかなって迷ってるだけ。口約束だけで、まだ遠い約束になっちゃうかもしれないし、その前に杉原が免許取っちゃうかもしれないしね」

「杉原先輩が?」

「あれはきっと、あんたを隣に乗せたいだろうしね。だからと言って、あたしが遠慮する筋合いはないけど」

 えぇ? 車に?

 杉原先輩と車。

 あんまり結びつかない。

 先輩がバイク乗るのは、もっと想像つかないけど。

「ところでバレンタインデーはどうすんの?」

「え? バレンタインデー?」

「だから、杉原。買ってやるの? たぶん義理でも良いから、期待してんじゃないかと思うけど」

「え、そうなの?」

「あんたにその気がないなら、やめておいた方が良いと思うけど。だって、あいつ、油断できないし」

 先日のキス事件以来、ノリの先輩に対する評価は下がったらしい。

 なるべく二人きりにならない方が良いとか、学校以外で会うのはよした方が良いんじゃないかとか、言われるし。

 杉原先輩の前で、一度そういう事を言って、僕はてっきり杉原先輩が否定するだろうと思ってたのに、何故か赤い顔で不機嫌そうに黙りこくってしまったから、とても不思議に思った。

 先輩はそのまま何も言わずに帰ってしまったから、理由は聞けなかったけど。

「……バレンタインデー」

 そんなこと、考えたこともなかった。

「普通は愛の告白をするんだけど」

 と、唐突にノリは言った。

「は? え!?」

 あ、愛の告白?

 誰が?

「……まあ、そんなとこよね」

 とノリが満足そうに、にっこり笑う。

「まあ、私が言ったことは忘れて良いわ、サイ」

「え?」

「私が言わなかったら、気付きもしなかったんでしょ?」

 それはそうだけど。

「でも先輩にはお世話になってるし、欲しいならあげた方が良いんじゃないかな」

「たぶんお義理のは、欲しいけど欲しくないって気分じゃないかと思うけど」

「え、何で?」

「……あのさ、サイ」

 ノリは真剣な顔になった。

「あんた、杉原に告白されたんじゃなかったの?」

「……告白?」

「好きだって言われたんでしょ?」

「……言われたけど」

 告白?

 いったいいつ?

「…………」

 ノリは苦笑した。

「それはどう考えても杉原が悪いね」

 とノリは言った。

「え、どういう意味?」

 判らない。

「だって、サイには全然通じてないもの。杉原の伝え方が悪かったとしか判断できないわ」

「どういう意味?」

「いや、あたしはむしろ、杉原が勝手に自爆したり、フラレたりしてくれる方が安心だから、良いけど」

「ノリ?」

「私はそんなあんたが大好きよ」

 ノリは優しく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ