第五章 雪の降る日の[11]
「それで、どんなだった?」
ノリに聞かれて、きょとんとした。
「何が?」
僕が尋ねるとノリは苦笑しながら言う。
「電話よ。したんでしょ?」
ああ、なんだ。
「かける前にかかってきたよ。先輩、いつもより優しかったし、普段に比べたら結構話したと思うけど……先輩のことで判ったのは、超がつくほど真面目で、勉強とテストが大好きだって事くらいかも」
電話、楽しかったな。あ、でも……。
「それで、冬休みも勉強しろって。あと土曜にミニテストするって言われた……」
思い出して、ちょっと憂鬱になる。
「ぶっ、何ソレ! バッカじゃない、杉原!!」
そう叫んで、けらけらと笑い出すノリ。
「……なんで先輩がバカなの?」
ノリの言葉の意味がさっぱり判らない。先輩は、うちの学校にいるのが不思議なくらい頭良いよね?
だって僕達の通う高校は、周りが田圃と畑、竹とキノコと山菜が群生してる裏山で。交通手段が、徒歩かバスか自転車という田舎。校則には許可と書いてないけど、禁止と書かれてるわけでもないので、バイクや原付で通学してる人もいる。
校舎は築二十年以上、一応コンクリだけど、どことなくみすぼらしい。制服が人気あるという事もなく、校則は緩くもなく、厳しくもなく。進学校とは名ばかりの、中の上くらいの県内平均校。良くも悪くもない。
高校所在地を含む周辺三町出身者が生徒の七割を超えてる。だから、クラス内の誰かと誰かが従兄弟や又従兄弟、町内会の同じ班同士だなんて事もザラだ。田舎で自宅から高校へ通うとなると、選択肢は少ない。
だから頭の良い人は、大抵下宿したりアパートとか借りて、もっと良い学校へ行く。東大・京大合格者は数年に一人、城南大学でさえ国立クラスから年に計十名前後。街へ行くにも、塾へ行くにも、バスで片道一時間半かかる。真面目に進学するのに良い環境とは正直思わない。進学関連について先輩に尋ねるのは地雷っぽいから、とても聞けそうにないけど。
「だってバカじゃない」
声を上げて笑うノリ。首を傾げる僕に、ノリはニヤニヤ笑いながら言う。
「そりゃ、杉原はお勉強できて成績優秀なんだろうけど、男としてはバカでしょ?」
ちっとも判らない。
「どういう意味?」
ノリは時折理解できない。そういう時、何故か嬉しそうな顔してるけど。
「判らないなら、別に良いのよ。……でも、サイはそういうバカな杉原が好きなのよね」
「先輩はバカじゃないよ。でも勉強とテスト好き過ぎて、時折こわいよ。その手の話題になると、先輩テンション上がるんだよ? ミニテスト作るって言った時なんか、ものすごく楽しげな口調で」
お年玉やプレゼント貰ったばかりの小学生でさえ、あんなに喜ばないと思う。
「杉原って本当変態ね。私、絶対あいつと会話成り立たないわ。サイはよく話せるわね」
「そうかな? 僕と先輩とは全然違うけど、ちょっと意地悪だけど優しいし、話してて楽しいよ?」
首を傾げながら言ったら、ノリがげんなりした顔した。
「……ソレ、あんただけだと思うわ」
なんでノリ、そんなイヤそうなんだろ。先輩、すごく良い人なのに。それに、ノリがいつも喧嘩腰だったり暴力的だから、先輩と会話成立しないだけなんじゃないかと思うけど。
僕がそう思いながら見てたら、ノリはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて苦笑した。
「まぁ、杉原がサイに甘いのは確かよね。……で、話は変わるけど、結局バレンタインはどうするの? 私は必要ないからどっちでも良いけど、チョコ買いに行くなら一緒に行くけど?」
「別にいいよ」
即答すると、ノリは変な顔した。
「え? それで良いの?」
何か言いたげな、まるでおかしな事でも聞いたような。
「うん。だって先輩、甘い物は好きでも嫌いでもないらしいし。だったらいらないよね」
特に欲しいと思わないものって、ゴミとまでは言わないけど、大抵いらないものだし。僕がそう思いながら答えると、ノリは思い切り吹き出して笑い転げた。
「うわっ、ちょっ、汚いよ。唾飛ばさないでよ、ノリ」
顔に唾が飛んだ。なんか地味にダメージ。……急にどうしたんだろ? おかしなノリ。
「あはは、ぶはっ、想定以上に杉原バカ過ぎる! サイにそんな事言ったら、なかった事にされるの判りきってるのに!! し、死ぬ!! お腹痛過ぎるっ!! ナニ墓穴掘ってんのよ!! 折角話題振ってチャンスあげたのにフラグスルーとかっ! さすが童貞! 貴重なイベントフラグ折るとか!!! もう、本当ニブ過ぎ!! 信じらんないバカ過ぎる!! あはははははっ!!」
ノリはとても楽しそうだ。これ以上笑えないって顔。何がそんなに面白いのか、僕にはちっとも判らない。
「……楽しそうだね」
「あはっ、はぁ、はぁ、笑いすぎて涙出てきちゃった。あー、笑い過ぎで死ぬかと思った」
「笑い過ぎで死ぬことはないと思うよ?」
毒とか薬物中毒とかが原因なら、判らないけど。
「そうね。これくらいじゃ人間死なないわね。そう言えばサイって、ケーキは好きなのにチョコはあまり食べないけど、別に嫌いってわけじゃないんでしょ?」
「特に好きでも嫌いでもないだけだよ」
苦手ってわけでもないけど。他に選択肢があったら、他を優先するだけで。あれば食べるけど、わざわざ買ってまで食べるかどうかは、その時の気分によるとしか言えない。
ああ、でも、疲れてる時や、ものすごくお腹が空いた時なら、食べたいと思うかな? その時にならないと判らないけど。
と、なると。先輩はどうなんだろ? あ、でも二月は先輩忙しいよね。バレンタインデーってちょうど一次と二次の中間だし。きっと迷惑だろう。やっぱりいらないや。
「ふふっ、サイらしいわ」
まだ笑いの発作が治まらないノリ。目尻の涙拭いながら、言う。何がそんなにおかしいのか、僕はちっとも判らないよ。なんだか楽しそうだから、別に良いけど。
「あ、雪」
顔を上げたノリが、僕越しに窓を見て言う。その言葉に僕も窓を見る。
ちらほら、ゆっくりと、綿雪が舞っている。窓から下を覗き込むと、まだ地面には積もってない。しまった、傘持ってきてない。
「帰り、降ってるかな」
「降水確率四十パーセントだったし、たぶん大丈夫でしょ。積もらないだろうから、帰りは家まで乗せてあげるわよ」
「有り難う、ノリ」
僕は笑った。
── 第五章 終 ──
というわけで、全体的に内容薄いけど、五章完結。
杉原のフラグスルースキル(もしくはフラグブレイカー?)パネェ、というお話。
去年から書いてたのに、バレンタインに間に合わなかったorz
まぁ物語中の時期は十二月、冬休み直前なのでバレンタイン関係ないですが。
バレンタインイベントがあるかどうかは神のみぞ知る、かも?
ちなみに私が小中学生時代はバレンタインは親世代のもの、高校時代は友達(一応男女含む)同士で交換したものの、内容は毎月恒例のティーパーティーの延長だったのでチョコにはこだわらなかったような。
大体私自身が甘い食べ物苦手だったからかも。生チョコ&トリュフを初めて食べて「これなら好きかも!(ただしアルコール分解できないのでアルコール抜きに限る)」と思ったわけで。これがなければ今でもチョコ苦手だったかもしれません。そして、友人に「××ちゃんは手作りしない方が親切」と言われたわけで。
次章は三月に更新したいです。予定では冬休み~大晦日、正月話になるはず。
勿論デートなんかしないよ! ヘタレ受験生(フラグ折りは大得意!)×超絶天然(イベント? なにそれおいしいの?)じゃ無理だと思います。
けど、これまでより二人の会話は増えるはず。
サイは独白と比較して、口に出す言葉が少ないせいもありますが。