表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 深水晶
15/16

第五章 雪の降る日の[10]

『そういえば』

 ま、まだ何かあるの? ぎくっと硬直する僕に、楽しそうに笑いながら先輩が言う。

『良い人だな、お前のじいちゃん』

 言われて、僕も笑顔になる。

「うん。優しくて大好きな自慢の祖父ちゃんだよ」

『だけど……本当に良かったのか?』

「何が?」

 きょとんとする。

『来年からの家庭教師。確かにお前の成績だと必要だろうとは思うけど、引き受けても良かったのか?』

「先輩だから良いんだよ?」

 先輩以外の人に頼もうと思わないし。

『でも、家庭教師でなくても塾とか他にも手段はあるだろ? 正直俺は、会話したり教えたりするのが得意とは言い難いしな。自分で勉強する分には集中できる体力と精神力さえあればどうにでもなると思ってるし、できるものなら俺がお前に教えてやりたいが、教師とかに向いてる自信は残念ながらない』

 ためらうような、心持ち苦しそうな声。

 僕は首を傾げる。

「そう言われても、先輩。僕が塾とか行って一人でちゃんと勉強できると思う?」

 僕の言葉に、先輩はちょっと無言になる。

『……篠原、お前……』

 困ったような、ちょっと呆れたような。

「勉強とか宿題しない事で本気で叱られたのって、たぶん先輩が初めてだよ?」

『……それもどうかと思うぞ。お前、本当……バカだな』

 溜息をつかれた。……呆れてる?

『何度も言ってる気がするが……勉強や宿題はお前自身のためにするもんだぞ。誰かのためにする事でも、誰かに強制されてする事でもない。その辺わかってるか?』

「わかってる、と思う。たぶん」

 先輩に言われるまで、そんな事考えた事もなかったけど。

「先輩に会って言われるまで勉強した事なかったし、勉強する意味も理由もよくわからなかったけど。でも、先輩に言われて、考えるようになったよ?」

 とりあえずは、城南大学医学部へ入るため、だけど。たぶんそれだけじゃなくて。それだけじゃダメなんだって、わからないけど、わかりつつある、と思う。

 たぶん。

「必要に迫られてっていうのと、あと、心構え、みたいな? 自信はあまりないけど」

『……ないのか、自信』

 苦笑するような吐息。

「受験に必要なのはわかるけど、今のとこまだ、それ以外の理由で、勉強したいとか楽しいとか考えられない。けど、たぶん前とは違った目線で考えられるようになってきたんじゃないかなって思う。たとえば、医者になるためにはどうしなくちゃいけないのかとか、何が必要になるのかなとか。僕はバカで無知だから、まだよくわからないし、自信はないけど」

 最初に医者になりたいって言った時は、まだぼんやりしてよく見えなかった。たぶん今もはっきりとは見えてないし、わかってない。でも、なんとなく。なんとなくだけど、少しずつ、先輩と会話する度に、どんな医者になりたいのか見えてきたような気がする。まだ遠いけど。

「進路指導に未定って書いた時よりは、だいぶ見えてきたと思うよ?」

 僕は笑う。

「最初は泣いてる先輩見て、笑って欲しいなって思っただけだったけど」

 笑いながら、言った。

『……っ、し……のはら……!』

 かすれた声。

「先輩痛そうだったし、なんか苦しそうだったから。皆で笑えたら良いなって。皆で笑って、幸せになれたら、すごく嬉しいし、楽しいよね?」

 笑って言ったら。

『……お前、本当バカだな』

 苦笑するような、それでいて優しく、甘い、少しかすれた声で言われた。

『どうして、そんな……』

 ささやくような声。

『あの時の俺、切羽詰まってて、全然余裕なくて、何も見えてなくて自分のことばっかりで、情けなくて、どうしようもなかっただろ? なのに、どうして?』

 困惑するような、懇願するような。呼吸乱してるような。どこか熱っぽい声で。

『どうしてそう思えるんだ? 俺、被害妄想で、お前に迷惑かけて、そのくせ謝りもせず怒鳴ったりとかして……自分で言うのもなんだが、すごく失礼でイヤな奴だったろ?』

 そうかな? 僕は首を傾げる。

「どうして? 先輩は優しくて、面白い人だと思うけど?」

 まぁ、確かに、出会った頃の先輩は混乱してたし、態度も言動も今とは違ってたけど。でも、本質的に今と、そんなに違ってないと思う。


 ──幸せになれるかどうかはともかく、なりたいならなれば良いんじゃないか?──


 僕は嬉しかった。だって、今までそんな風に言ってくれた人なんていなかった。

 変だとかおかしいとか、そんなのはいくらでも言われたし。よくわからない事で怒鳴られたり絡まれたりするのは、日常茶飯事だったし。ちょっと会話しただけで大袈裟な反応されたり、遠巻きにされたり、睨まれたりするのは慣れてる。

 僕はたぶんきっと、この世の大半の人には、変で、おかしくて、気持ち悪くて、嫌がられるような存在で。生きていても、存在していても、見えない幽霊扱いされても仕方のない、そういう人間だから。

 だから嫌われても、疎まれても、無視されても、敬遠されても、仕方がない。

 笑いながら、僕を肯定してくれるのは、好きだって言ってくれるのは、祖父ちゃんと、ノリだけだと思ってた。

 先輩は、これまで僕の出会った事がないタイプの人で、あの時偶然出会わなかったら、たぶんきっと一生出会わなかった人だ。

 僕の事で、自分には関係ない事で、本気で怒ったり、叱ったり、笑ったり、優しくしてくれたり。

 ノリも僕のためにそうしてくれるし、僕もそれを嬉しいと思ってるけど、でも先輩は、たぶん、なんとなくだけど。

 ノリが心の中で思ってて、だけど諦めてるような、踏み込まないようにしてくれてるところも含めて、僕のために叱ったり、怒ったり、考えたりしてくれてるから。

 僕には、ノリの優しさや気持ちも嬉しいけど、先輩の時にきびしすぎる優しさや気持ちも、すごく嬉しくて、気持ち良くて。

『篠原、お前……俺にそんな事言うの、お前くらいだよ。優しいとか、面白いとか。はっきり言ってこっちの台詞だ。お前は優しすぎるし、時折本気でどうしようかと思うくらい面白いし変だよ。……そういうところも含めて、好きだし、可愛いと思うけど』

 困ったように、だけど笑いながら先輩は言う。

「あのね、先輩」

 僕はとても幸せだ。

「先輩は、最初に会った時から、優しかったよ? だって、先輩は初対面の時からずっと、警戒とかはしても、僕が死ねば良いとか、消えちゃえば良いとか、一度も思わなかったでしょ?」

『……は?』

 おかしな事を聞いた、と言いたげな声。

「先輩は初めて会った時からイヤな感じしなかったよ」

 言ってる言葉と、思ってる事が違ったりもしなかったし。

「それに先輩は最初から、まっすぐだったよね? 嘘とか、言ってる事以外に何か考えたりとか、なかったよね? そういう人、祖父ちゃん以外は、ノリと先輩しか、会った事ないよ?」

 それってすごく、貴重ですごいと思うんだけど。

「だから、先輩はすごく良い人だと思うし、先輩に優しくされたり、笑って貰えると嬉しいし、幸せだって思うし、一緒にいると楽しい」

『……篠原……』

 感極まったような声。僕は笑いながら、

「恋愛とか、そういうのはよくわからないけど、先輩のこと、すごく好きだよ。だから、一緒にいたいし、話したいし、顔見たいし、会話とかなくても会いたいと思う」

 そう言ったら、電話の向こうで先輩が息を呑む気配がした。広がる静寂。物音一つ、吐息ですら聞こえなくなって。

「……先輩?」

 声かけたけど、反応ない。

「えぇ? 先輩? 大丈夫? 気分悪いの?」

 びっくりして矢継ぎ早に声をかけたら、溜めてた息を吐き出すような、深く長い溜息が聞こえた。

「えぇと、先輩? どうしたの?」

 いや、と小さく呟く声。

『……大丈夫』

 あんまり大丈夫じゃなさそうな、どこか疲れた声。

「なんか具合悪そうだよ、先輩?」

『いや』

 苦笑するような。自嘲するような。

『そういうんじゃないから。俺の自業自得というか、勝手に舞い上がって自爆しただけで、篠原が気にするような事じゃないから、気にするな』

「そうなの?」

『俺がバカなだけだから。そろそろ、寝た方が良いんじゃないか? 篠原、お前、あまり夜更かしとかしないんだろ?』

 どうしてそんなこと、知ってるんだろう?

「……先輩は?」

『俺は、センター試験に向けての追い込み中だから。あと二時間やってから寝て、五時半に起きてジョギングと軽い運動、それから七時まで勉強して朝食、だな』

「先輩、それ、睡眠時間短くない?」

『心配するな。昼食後に一時間リフレッシュの仮眠取るから。大丈夫、試験前々日からは九時には寝て体調整えるから問題ない』

 先輩が問題ないって言うなら、たぶん大丈夫なんだと思うけど。

「無理しないで、頑張ってね」

 先輩は笑う。

『ああ、有り難う。お前も、頑張れよ』

 えぇっ!?

「き、期末試験は終わったよ? もうすぐ冬休みだし……」

『だから?』

 何が言いたいんだ、と言いたげな声。

『城南大の医学部目指すなら、お前の成績じゃ遊んでる暇ないだろ? 最低でも数学の底上げは必要だろ。付け焼き刃でどうにかできるレベルじゃないんだから、冬期講習受けに行くか、でなけりゃせめて模試で七割は取れるよう自習しろ。入試終わるまでは細かいとこ見てやれないけど、二次試験終わる二月下旬以降なら時間作るから、これまでみたいなぬるいのじゃなく本腰入れてビシバシ行くぞ』

 えぇぇえええ!? 何ソレ。本腰入れてビシバシ? っていうか今までぬるかったの?

「せ、先輩、それってまさか」

『お前は勉強する習慣つけるのと、基本値上げるのと、試験慣れする必要がありそうだからな。真面目に勉強すれば点数上げられるんだから、理解力甘いとこ徹底的にやればもっと上がるだろ? 凡ミス減らすのも大事だけど、上げる余地がまだまだあるんだし、幸いお前はまだ時間に余裕があるんだから、この際苦手部分潰してった方が良いよな』

 楽しそうに、嬉しそうに。

「……先輩、なんでそんな楽しそうなの……?」

『楽しいだろ? 頑張って努力して成績上がると気持ち良いじゃないか。目に見えて成果が出るって楽しいよな。スポーツとかも好きだけど、努力すれば努力しただけ形になって出るのは良いじゃないか。まぁ、向き不向きや個人差はあるだろうが、頑張って勉強してその結果が如実に出るのは嬉しいだろ?』

 ……えぇと。残念ながら。

 確かに真面目に勉強して、自分でもびっくりするほどテストの答案が書けて、今まで見た事ないほどの点数取れたのはすごいびっくりしたし、先輩すごいとか思ったけど。

 だから嬉しいとか、楽しいとか、そういう事は全然ちっとも、思わなかったんだけど。

『できないよりは、できる方が嬉しくないか?』

 ごめん、先輩。僕、ちょっと、そういうの、考えたことなかった。

『目標決めて、努力してそれに近付くのって、嬉しいし楽しくないか?』

 それはなんとなくわかるような、わからないような。

「……先輩、ごめん」

『は?』

 不思議そうに。

「僕、難しいことよくわからない」

 そう言ったら、絶句された。

「ごめんね?」

 共感できなくて。先輩の言ってること、よく理解できなくて。成果がどうとか、目標がどうとか。僕はバカだから目の前にあることしか見えなくて。先のことは、あまり見えなくて、考えてなくて。勉強した事が、努力した事が、何かになるとか、そんな事考えた事もなくて。言われてもわからなくて。

『……謝るなよ』

 苦笑するような声で言われた。

『俺がそう思うだけで、お前は、お前なんだから』

 僕と先輩は、正反対の考え方、感じ方してると思う。理解したいけど、理解できない。

 僕が考えるようには、先輩は物事を考えないし行動しない。

 だいたい、僕は、僕と同じような感じ方、考え方したり、行動する人を知らない。あえて言うなら、祖父ちゃんが一番近いと思うけど、だからと言って祖父ちゃんの全てが僕と一致するわけじゃない。

 同じじゃなくても、好きだという気持ちに変わりはない。一緒にいて楽しいし嬉しい。幸せだと思う。

『……まぁ、お互い無理せずマイペースで頑張ろう。な?』

「うん」

 頷く。優しい声で言われて、思わず顔がほころぶ。

「先輩、体調に気をつけて頑張ってね」

 合格すると良いね、なんて言わない。たぶん先輩は言われなくても、頑張って結果を出すと思うから。有言実行で嘘のない、真面目すぎるくらいの努力家だから。心配なのは何か病気とかにかかったりして体調崩して、実力・結果を出せなくなること。……ストーカー?とかは、たぶんもう大丈夫そうだし。

 先輩は嘘がつけないから。まっすぐで一生懸命。真面目すぎるくらい真面目で、手抜きとかできなくて、神経質で、きっちりしてて。油断なんか絶対しそうにない。

 だからきっと、大丈夫。

『ああ。じゃあ、そろそろ』

 頷く。邪魔しちゃダメだし、僕もそろそろ寝ないと明日も学校あるし。

「うん、おやすみなさい」

『おやすみ、篠原』

 どきりとするくらい、優しい声。僕は何か言いたくて、でもなんて言ったら良いかわからなくて。それに締めの挨拶しちゃったし。慌てて切った。

 なんだかドキドキする。

 汗をかいて生温くなった麦茶を飲み干すと、トイレに寄ってから部屋に戻る。電気を消して布団に潜り込みながら、思う。

 ……どんな顔して話してるんだろう。

 なんだか、面と向かって話してる時より、口数多くて、優しい口調で。甘い声で。先輩の声って、あんなだったかな? 毎日会ってた時より、優しい気がして。

 先輩が、先輩らしいのは、たぶんいつも通りだとは思うのだけど。

 でも、電話越しの先輩は、なんだか、ちょっと、いつもと違う気がした。

 顔は見えないのに、いつもより感情豊かで、饒舌で、あまり怒られなくて、あと好きって何度も言われたような。

 ……気のせいかな? よくわからないけど。ドクドクいう心臓に手を当てながら、頭のてっぺんまで布団に潜り込んで丸くなる。

 今日一日の事を反芻している内に、布団の中の温度が上がってきて、とろりとした眠りに誘われて、目をつむる。

 やっぱり……携帯電話買って良かったよね。今まで、何のために必要なのか、わからなかったけど。

 先輩が優しいと、嬉しい。

 僕は微笑みながら、眠りに落ちた。

 誤字修正しました。耳のケガ治ったと思ってイヤホンつけたら悪化?したっぽいのでまた治療行ってきました(汗)。患部触れなくてもダメっぽいです。

 悶々と悩むヘタレ真面目男キャラは好きだし、書いてて楽しいですが、時折進展なさっぷりに我ながらイラッとしたりとか。

 自分が「悩む暇があったら即断・即決・即実行! グダウダしてるくらいなら全力で特攻して玉砕のがマシ!」なタイプで、自分と同タイプには色気や魅力を感じないし、共感も同調もしたくないし、相手がメチャメチャ悩んだり凹んだりしてるの観察するのは大好き&魅力的に見えるのですが(性格悪い)、同時に何故そんなに悩むの?と不思議に思ったりとかします。

 リアルでも二次元・非実在でも、神経質で真面目な人好きです。基本的に相手の性別・年齢・容姿は気にしません。むしろ自分に関しても他人に関しても容姿はどうでも良いから、性別や年齢も気にならない。

 恋愛でもそれ以外の倫理観でも、容姿は全く気にしないし気にならない、と言うと、たまに善人?であるかのような誤解を受けるのですが、要は超テキトーで無節操でこだわりないだけなので、私の恋人や旦那になる人は大変だと思います(←おい)。

 恋愛にはあまり興味ないし熱心じゃないので、どちらかといえば経験は乏しいというか貧しい気がしますが。

 今は旦那に出会ったので、わりとまとも?な恋愛小説書けるようになりましたが、それまではハッピーエンドとか言いながら片割れが死んだり悲惨な目に遭ったりして後味悪くなるような話が多かったので、良かったなぁと思います。

 十代の頃は、幸せって何?的な話が多かった気が。

 今も昔も、どんなジャンルの話書いても、どこか思考が文学的だったり、話の設定や展開や着想がSF的になるような気がします。それはたぶん私が文学やSFを愛してるからですが。

 元々小説書き始めたきっかけが「活字嫌いの妹にも読める小説を書く!」のが目標だったので、ラノベ&ジュブナイルみたいな、なるべく活字や小説があまり好きじゃない人にも読みやすい話を書くよう努力してます。

 地の文や説明やビジュアル描写が少なすぎる!と良く言われますが。基準が当時の妹(地の文・説明は基本的に読まない、難しい漢字・言い回し・長い文字列や読みづらいカタカナは読み飛ばす、まともに読むのは「」内だが、三行以上の長いセンテンスは総スルー)なので、文学好きな人には物足りないかもです。

 だけど、文学オタクとしておかしな日本語はなるべく書きたくないので、ラノベ慣れした人にも微妙かも。

 ツンデレ好きなので、登場キャラにツンデレ率高いです。クーデレも書いて見たいけど、なにげに難しい気が。

 女の子視点だとそれほどでもないけど、男視点で書くとムダに自分のフェチとか煩悩がダダ漏れするような気がします(汗)。

 このシリーズ完結したら、杉原視点の番外編も書きたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ