第五章 雪の降る日の[6]
久々更新です。
約二年ぶり(汗)
この人は誰だろう。
その瞬間、判らなくなった。
杉原先輩のことは、知っているつもりでいた。
でも、その時、僕は何も知らないんじゃないかと思った。
僕に見せる笑顔とはまた別の種類の笑みを浮かべて、背筋をぴんと伸ばして立っている先輩は、いつもより少し背が高くて、落ち着いた大人みたいに見えた。
大人?
どきりとした。
「ああ、彩花から時折聞いております。勉強を教えていただいているとか。私は彩花の祖父で、篠原泰蔵と申します」
祖父ちゃんがにこにこ笑いながら言った。
「おかげさまで、先日のテストの成績も良かったようで」
「いえ、篠原が、彼女が努力した結果が実を結んだだけだと思います。……篠原、頑張ったんだ?」
偉いぞ、と言わんばかりの笑みを向けられて、僕は嬉しくなった。
「彩花、どうする?」
祖父ちゃんが言った時、何を聞かれれたか一瞬判らなかった。
「え?」
「暫くどこかで話すか、それとも先に買物してしまうか、どちらが良いかね」
祖父ちゃんがにっこり笑った。それを聞いて、杉原先輩が慌てたような顔になる。
「す、すみません。さっき偶然会っただけで、用事あるんでしたら別に……その……っ!!」
慌てて距離を取ろうとした先輩のセーターの袖を、思わず掴んでしまった。
「……篠原?」
不思議そうに、少し赤くなった顔で先輩が僕を見る。何か言わなくちゃ、と思うのに上手く言葉が出て来ない。
「……先輩」
「どうした?」
少し照れ臭そうに、困ったように笑う。
それを見た祖父ちゃんが言った。
「用事が済み次第、夕食を取りに行く予定なんだが、一緒に来るかね? 私も君と話したい事があるし」
先輩は一瞬固まったけど、僕と祖父ちゃんの顔に視線を走らせてから、頷き軽く頭を下げた。
「……では、ご一緒させていただきます」
なんだか変な事になってる気がする。
三人でまず携帯ショップに向かった。
「杉原君は進学先は県内ですか、それとも県外?」
「県内で城南大学です。一時は県外も考えてましたが、諸事情がありまして」
祖父ちゃんと先輩が話してる。
「ほう、彩花も城南志望なんですよ。受験勉強は順調ですか?」
「はい、今のところは。先日の模試でB判定でした」
「なら、もう少し上も狙えるのでは?」
「そう言われてますが、長男なので県内で就職する事を考えると、県内の大学の方が都合が良いので」
「ふむ」
祖父ちゃんは頷いた。
「しかし、県外の大学へ行った方がその先の幅が広がるのでは?」
先輩は苦笑した。
「今は受験勉強中で中断してますが、祖父が剣道の道場を運営していて通ってるので」
「なるほど」
祖父ちゃんは満足そうに頷いた。
ショップに着いた。
「先輩、ちょっと待ってて」
僕が言うと、先輩は穏やかに微笑んだ。
「うん、適当に見てるから、心配するな」
僕は頷き、祖父ちゃんとカウンターに向かった。
「先程予約した篠原ですが」
小さい声で言った。
「はい、先程××××をご予約された篠原様ですね」
明るくハキハキと店員さんが言ったので、ドキッとして慌てて振り返ってみたけど、先輩はこちらに背中を向けて棚の商品を手に取って見ていた。
契約書と商品を持ってきて貰って、保護者の欄に祖父ちゃんが署名して、先に貰った小遣いで精算すると商品を受け取った。
その間中、心臓がドキドキしてた。時折、先輩と目が合いそうになって慌てて反らした。
店員さんが説明しようとするのを断って、商品渡されてすぐに先輩のところに駆け寄った。
「先輩、お待たせ」
そう言うと、先輩は僕の頭の上にポンと手を置いた。
「……うん。篠原、ごめんな」
「え?」
ドキッとした。
「なんで謝るの?」
「いや、邪魔したかと思って」
僕は慌てて首を左右に振った。
「ううん、こっちこそごめん。先輩、大丈夫だった?」
「大丈夫だよ」
先輩は苦笑した。
「このままなら余程ポカやらない限りは、確実に合格するし」
……そういえばB判定。
「先輩、すごいね」
「すごくないよ」
先輩は首を左右に振った。
「だって春からかなりランク下げたし」
「そうなの?」
「ああ。けど、良いんだ。最初決めた志望校は、別に特に行きたいわけじゃなかったから」
「そうなんだ」
「大学で勉強以外やる気ないしね」
真顔で言われ、絶句する。
「……先輩って」
「何?」
「前から思ってたけど、すごく変だね」
そう言うと、先輩はガックリした。
「お前にだけは言われたくない」
「彩花、杉原君」
祖父ちゃんが声をかけてくる。
「一応中華料理の店に予約入れてたんだが、そこで良いかね?」
それを聞いて、先輩が頭を下げる。
「本当にすみません」
「いやいや、こちらこそ。前から会って話をしたいと思ってたんだよ」
店を出て歩きながら、祖父ちゃんは穏やかに笑って言う。
「……たぶん気付いていると思うが、彩花が男の子の事を話したのは君が初めてだからね」
先輩は何故か赤面した。緊張もしてるみたいだ。
「先輩?」
「……あ、あの、一応言うと学校と病院と図書館以外の場所で会ったのは、今日が初めてです」
先輩が言うと、
「うん、そうみたいだね。彩花がいつも話してくれるが、受験勉強に忙しい時期なのに週に一回図書館で彩花の勉強を見てくれてるらしいね。いつも申し訳ないと思いながら、君の住所も連絡先も知らないものだから、お礼を言えなかった。今日は直接君に会えてとても嬉しい、本当に感謝してます」
祖父ちゃんが深々と頭を下げると、先輩も慌てて頭を下げる。
「いえ、俺も篠原……さんに助けられてる部分があるので」
先輩の言葉に、キョトンとする。
「そうなんですか。それは良かったです」
祖父ちゃんは嬉しそうに笑った。
中華料理店に着いた。祖父ちゃんが名前を告げると、奧に近い窓際の席に案内された。
「料理は頼んでないから、好きなのを注文しなさい」
とりあえず四千円ちょっとくらいのコースを頼んだ。先輩は悩んでいたけど、結局皆同じコースを頼んだ。
先輩は相変わらず緊張してるみたいだ。いつも丸めてる背中がピンと張って、まるで尻尾立ててる猫みたい。
「ところで、受験が終わって落ち着いたらで良いのだが」
祖父ちゃんはテーブルの上で指を組みながら言う。
「正式に家庭教師として、家で彩花の勉強見てもらいたいと思ってるのだが、構わないかね?」
先輩は飲みかけたコップの水を吹いてしまい、
「す、すみません!」
と、慌ててテーブルを拭いた。
「もちろん月謝は払う。三月か四月以降になると思いますが、どうですかね? 塾にも家庭教師にもついた事がない子なので、面倒かとは思いますが」
ニコニコ笑いながら言う祖父ちゃんに困惑したような顔になりながら、先輩は頷く。
「……有り難い話だとは思いますが、よろしいんですか?」
「判ってると思いますが、この子にちゃんと勉強教えてくれる人はこれまで一人もいなかったので」
その言葉に、先輩は何か言いたげな顔で僕を見た。祖父ちゃんは笑いながら続ける。
「子供に勉学だけが必要だとは思いませんが、できないよりできた方が良いのは間違いないですし、何しろ最近になって医学部に行きたいと言うようになったので、考えていたところです。ご迷惑なら他に探しますが」
「是非やらせてください!」
先輩が慌てた声で言った。祖父ちゃんは満足そうに頷いた。
「それは有り難い。ではまたその頃にきちんとお話しましょう。ところで金額についてはお話しませんでしたが、良かったですか?」
「いえ、自宅から通うので金額はいくらでも結構です。家も割合近いですし。それに、人に教えるのも自分の勉強になりますから」
祖父ちゃんは嬉しそうにウンウンと頷き、僕を振り返って頭を撫でながら、
「良かったな、彩花」
と言った。
「……え?」
キョトンとした。
「彩花も杉原君に教えて貰う方が、嬉しいんじゃないか?」
ああ、そうか。もしかして祖父ちゃんは僕が喜ぶと思って、先輩にお願いしたのかな。
確かにこのままタダで先輩に教えて貰うのも悪いし、先輩みたいに塾へ行ってもたぶんこれまで勉強できなかった僕ができるようになるとは思えない。
僕はそんな事一つも考えてなかった。
「祖父ちゃんはすごいね」
僕は笑った。祖父ちゃんは、本当すごい。僕のやりたい事、言って欲しい事全部判ってるみたい。
他の人には言っても判ってもらえない事でも、祖父ちゃんは判ってくれる。
僕がどうしたら良いか判らない事も含めて。
「祖父ちゃんは何でも判るんだね。すごいね」
「……は?」
先輩は怪訝な顔になる。祖父ちゃんはニッコリ笑う。
「彩花の事ならね。彩花の話を聞いて、彩花の顔を見れば、何をどうしたいかすぐわかる」
その言葉を聞いて、先輩は大きく目を見開いた。
「彩花は私の若い頃そっくりだからね」
「そうなんだ。じゃあ、僕は祖父ちゃん似なんだね」
「目と口元は祖母ちゃんに似てるがね」
何故か先輩は両手で頭を抱えていた。
「どうしたの、先輩」
「……何でもない」
少し疲れた顔で言った。
というわけで、約二年ぶりの更新です。
母&義父の入院その他で、一時はメールチェックも数ヶ月おきで、ISPメアドはほぼスパムで千件を超えた辺りで、チェック諦めてしまいました。
その他は受信した筈ですが、ちょいアヤシイです(滝汗)
まったりペースだけど随時更新頑張ります。