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『わたしが王妃として不適格な12の理由』をプレゼンしたら、年下王子に「全部知ってる」と言われた。

作者: 久乃亜
掲載日:2026/10/05


「今日からちゃんとリディのことを口説くから、安心してね」

「ちょっと待って。 アデルが何言ってるのか分かんない」


 あっれぇ? わたしの勘違いかな?

 婚約破棄したって事は、つまりわたしたち――侯爵令嬢リディアと王太子アデルフェルトは、元婚約者なワケで……?


――王妃なんて、絶対ムリ!


 そう思って、手書き資料でプレゼンしたり、令嬢を紹介したり、ついには時間遡行の魔術まで使って……

 ようやく、どうにか、やっとの思いで、昨日解消できたと思ったら!


「わたしたち、昨日婚約破棄したわよね!?」

「したよ」

「じゃあ、何でよ!」


 ついさっきまでヘコんでたわたしが、バカみたいじゃない!


 そんなわたしの荒れまくった気持ちとは裏腹に、侯爵邸の庭園には昼下がりの陽射しがのんびりと降り注いでいる。

 いつもの穏やかな笑顔を浮かべるアデルにますます腹が立ってきたわたしは、ここしばらくの事を思い返していた。




―――――――




 王妃教育をサボって王城の蔵書室で時間を潰していた時、とある魔術書を見つけた。

 それが日本語で書かれている事を理解した瞬間、わたしことリディア・オルタナード侯爵令嬢は、唐突に前世を思い出した。


 まず浮かんだのは、日本の都会の街並み。

 それから、大きな会社で事務職として働く、パンツスーツ姿の自分。

 対して、今のわたしはというと、昼装の仕立ての良いドレス姿。


「異世界転生!?」


 真っ先に頭をよぎったのは、悪役令嬢だの断罪だのという物騒な単語だった。

 慌てて記憶をまさぐる。

 うろうろあわあわと蔵書室を歩き回りながら、一つの結論が出た。


 ……大丈夫!

 この世界に見覚えは無い。 そして原作らしき物語にも心当たりは無い。

 知らない女に濡れ衣を着せられる覚えもなければ、断罪されるような気配だってない!


「ふー、やれやれ。 あ~よかった普通の侯爵令嬢で」


 なにかあるとすれば、わたしが第一王子にして王太子――アデルフェルト・セルヴァリオン殿下と婚約を結んでいるくらいだ。

 …………

 ……ん?


「……王太子と、婚約っ!!?」


 思わず声も裏返った。


「待って待って待って! ソコが一番ヤバそうなところじゃない!?」


 王太子と婚約?? わたしが??

 つまり……王妃になるの? わたしが??

 外交の場としても表に立って、国の代表として……国の母になるの? わたしが??


 今世の人生をちゃんと侯爵令嬢として送ってきた記憶は健在だ。

 でも、たった今流れ込んで来た前世の記憶は強烈過ぎた。


 激安スーパーでまとめて買ったお菓子を食べ比べる。

 フリマアプリで1円でも安い服を検索して夜更かしする。

 そんな一般庶民の感覚が、色濃く記憶に刻みこまれてしまった。


「王妃なんて……絶対ムリっ!!」

「ああ、こんな所にいたんだ」

「ひぇっ!」


 びっくりして思わず背筋が伸びた。

 やかましいわたしに気づいて蔵書室へ入ってきたのは、この部屋の持ち主の一人でもある、アデルフェルト殿下だった。

 金髪碧眼でキラキラの、まるで見本のような王子さま。

 ……まあ、前世のわたしの好みは黒髪で地味めな年上だったけれど。


「リディ……また無断で逃げて来たの?」

「あ、あはは……」

「? なに、その構え?」


 いつの間にか後ずさって妙なポーズを取っていたわたしに、アデルが怪訝な顔を見せた。


 わたしたちが婚約したのは、およそ十三年前で、わたしが七歳でアデルが五歳の時。

 その前から顔見知りでもあったから、アデルが王太子とはいっても、すっかり昔馴染みで幼馴染み。

 けれど、庶民な前世を思い出したせいか、王族で日本人離れしたキラキラのアデルがなんだか怖くなった。


「リディは本が好きだね。 教育係も怒っていたからもう戻った方がいいと思うけれど……ぼくと一緒にここでサボる?」


 いつもの柔和で穏やかな口調で誘ってきたアデル。

 聞き慣れた声と表情に、怖いという感覚はすぐになくなった。

 けれど、教育係という単語が、新たな恐怖を運んでくる。


 このままだとわたし……王妃にされちゃうっ!!


「う、ううん、いい! アデルは仕事してなさい!」

「急に姉ぶらないでよ」

「とにかくいいから! 今日はもう帰る! 具合悪いの!」

「具合悪そうには見えないけどね……うん、分かったよ。 伝えておく」


 いつもわたしがサボっても、最後には肯定してくれるアデル。

 小憎らしい小言を言われる事はあっても、その存在は頼もしかった。


 王妃教育――礼儀作法や挨拶、マナーや行事の知識、隣国の歴史まで。

 小さい頃からあまり疑問を持たずに受けて来た。

 前世を思い出した今、その意味と責任の重さを理解して血の気が引いた。


 いやいやいや、絶対ムリムリ!

 ただの一般事務職の会社員だったわたしが、国母なんかになれるはず無いでしょ!


 面倒くさくてサボりがちだった事実も、思い返せば恐ろしい。

 怠惰な自分は前世由来か、はたまた魂に刻まれた性質か。

 やっぱりわたしには向いてない。


 その晩はうんうんと悩みに悩んで、気づいたら机に突っ伏して寝ていた。

 普段使わない頭を使ったせいか、翌朝は妙に頭がすっきりしていた。

 ……大丈夫、まだ時間はある。 焦ることはない。


 それ以降も、どうにかして王妃になることを回避できないかを考えていた。

 でも、ぐうたらと能天気に過ごしてきた習慣は、おいそれと変える事は出来ない。


 友達令嬢と楽しくお茶会したり、蔵書室で面白そうな本を読んだり。

 今日は一旦寝よう、明日は思いつくだろう、と。

 大した危機感も持つ事ができず、ダラダラと先延ばしを続けていた。


 そしたらある日……


「リディ。 結婚式の具体的な日取りが決まったよ」

「(ガチャンッ)」


 アデルの一言爆弾に、わたしが持っていたティーカップを置き損ねた音が響いた。


「待って。 わたしたち……本当に結婚するの!?」

「するよ?」


 何を言っているの?というアデルの惚けた顔。

 一方のわたしは、頬が引き攣りまくっていた。

 自分の、生来の先延ばし癖を心の底から憎んだ。


 このまま待ってたって、断罪イベントも婚約破棄イベントも起こりっこない。


 もう……自分でやるしかないんだ!


 こうしてわたしの「王妃を回避せよ。 ガチでマジの婚約破棄作戦」が始まった。




―――――――




 初手。


 まずは親にチクった。

 やっぱりイヤだ、と。

 婚約は御免だから断って、と。


 幸いなことに我がオルタナード侯爵家は大きな商会も持っていて、上手く軌道にも乗っている。

 歴史もそれなりにあって侯爵家としては名門でもあるし、今すぐ没落する恐れも少ない。

 つまり、必ずしも王家と誼を結ぶ必要もない。

 そもそも、この婚約は王家側から打診されたものだったのだから、なにがなんでも嫁げというモノでも無かった。


「急にどうしたんだいリディア? 面倒だとなんだと文句は言いつつ、婚約自体は嫌がってなどいなかったではないか」

「とにかくイヤなの! ねえ、一生のお願いよ。 お父さまなら話を通せるでしょう?」

「お前はそれを何回使うつもりなんだい……?」


 前世を思い出した今、もう一回くらいはおまけで使えるんじゃないかと思った。

 父の腕を両手で掴んで、ぶんぶんと揺する。


「ねえいいでしょ! 可愛い娘がこんなに頼んでるのよ!」

「可愛い娘ならこんな乱暴な真似はしない……」


 だが、なんだかんだ甘くて優しい父だ。

 眉間に皺を寄せながらも、最後には「分かった」と了承してくれた。 やったー!

 でも、最近はサボりがちな王妃教育の授業の件はバレていて小言を言われた。


 むぐぐ……でも大丈夫。

 婚約がなくなれば、そんな授業だって無くなるんだから。

 そうして翌日には、さっそく父は王家に話を通してくれた。


 ダメだった。


「むしろ心配されてしまったよ。 式の日取りが具体的に決まって不安になってしまったのか、と」


 お父さまの役立たず! もうちょっと粘ってくれたっていいじゃない!

 と、心の中で父への誹謗の声を上げていると……


「最近休みがちな王妃教育も、やはり不安が体調に出ているのではないかとも心配されてしまったよ」


 やっべ。

 単に面倒くさくてサボっていただけなのに、思わぬところで裏目に出てしまった。

 ちゃんと真面目に受けておけば、すんなり婚約破棄も通ったハズなのに……!


 次の日の昼、話を聞いたアデルが、侯爵家の屋敷にわざわざ直接言いにやってきた。


「やあリディ。 侯爵から話は聞いたよ」

「……」

「何かあったの? 不満があるならぼくに直接言ってくれればいいのに」

「……」

「まぁ、今すぐ話したくないならいいけど」


 何か言わなきゃと思うけれど、本人を前にすると言葉が出てこない。


「…………ぷぅ」

「ふくれた頬も可愛いよ。 あ……ドレスの採寸、来月だって。 楽しみにしているよ」


 それだけ言ってアデルはさっさと帰ってしまった。


「ぐぎぎ…………悔しい!」


 言いたい事はあったはずなのに、結局何も言えなかった。

 それなのにアデルの余裕の顔が、なんかムカつく!


 親チク作戦は失敗に終わった。




―――――――




 次に考えたのはプレゼン作戦。

 わたしがいかに王妃に向いていないかを、セルヴァリオン王家の皆様に直接説明する事にした。


 ダメダメなわたしを、うんと分かりやすくアピールする。

 そうすれば「こんな娘が次期王妃なんて!」と考え直すに違いない。


 まずは資料を作った。

 コンセプトは、わたしがいかにダメな令嬢かを伝えること。

 まずは自分の欠点を箇条書きでいっぱい書き連ねた。


「……自分のダメな所を書き連ねるのはツライ」


 いや、負けるなわたし!

 それらの欠点をいくつかのグループに分けたりして、見出しの文を考えていく。

 ……ここはキャプションを付けた方がいいな。

 ここのフォントサイズはもう少し大きく……PCが欲しい。


 前世でこういう作業は散々やった。

 記憶を引っ張り出し、アレやコレやと試しながらも時間をかけてコツコツと作った。

 こうして出来あがった資料が……


『わたしが王妃として不適格な12の理由』


 タイトルもバッチリ!

 手書きで4部も作るのは大変な作業だった。

 でも、今までぐうたらしていたツケだと思い、頑張った。


 いや~、わたし本当に頑張ったよ。 パワポもなしに。

 資料を久しぶりに作るのは思った以上に楽しくて、思わず夜更かししてしまった。

 しかも、作っただけで結構満足しちゃった。


 いやいや、ここで満足しちゃいけない。

 ちゃんとコレを聞いてもらうんだ。


 次にやるのはスケジュール調整。

 王家の面々がとても忙しいのは火を見るよりも明らか。

 面会やお茶会、会議の時間を根回しして調整して、隙間時間を作っていく。

 お城にはわたしの顔見知りも多いので、少し時間をズラしてもらうだけならそれほど難しくはなかった。


 そうしてなんとか、王さまと王妃さまとアデルへのプレゼンタイムを確保した。


「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。 司会を務めさせていただくリディア・オルタナードです。 よろしくお願いいたします」

「わ~(ぱちぱち)」

「…………うむ」

「ふふ」


 わたしの畏まった挨拶に、パチパチと手を叩いているのが王妃さまで、難しい顔で腕を組んでいるのが王さま。

 興味深そうに笑っているのがアデル。


 ちなみに、婚約したのはもう十年以上も前なので、王さまと王妃さまとも仲は良い。

 二人とも穏やかな性格で、アデルの気質とよく似てる。


 わたしが用意した資料はすでに各々の手元にお配り済みだ。

 ようし、やったるで! と、伊達眼鏡をクイっと持ち上げる。

 こうして『わたしが王妃として不適格な12の理由』のプレゼンが始まった。


――「◆朝が弱い」「◆すぐ怠ける」「◆寝るのが大好き」

 出鼻、まずはぐうたらなわたしを懸命にアピール。


「昔からじゃない? リディアちゃんはそれでも遅れてきたことは無いし」と王妃さま。

「……健康的だ」と王さま。

「知ってる」とアデル。


――「◆すぐ顔に出る」「◆腹芸が苦手」「◆うるさい」

 政治的に向いていない事をアピール。

 資料にもココが大事!と、わたしの顔の絵付きの吹き出しでちゃんと強調もした。


「素直でカワイイわよね」と王妃さま。

「……かわいい」と王さま。

「知ってる」とアデル。


 だみだこりゃ。 何の手ごたえもない。


 残りの項目――「◆ドレスの裾をよく踏む」「◆威厳がゼロ」「◆食べ物の好き嫌いが多い」「◆猫舌」「◆思い込んだら一直線」。

 これらも似たような感じで全部打ち返された。

 そして最後の一項……


――「◆わたしの方が殿下より二歳年上」

 絞り出した感じがしなくもないけど、これは問題でしょ! ……たぶん。


「それ、婚約を決めた時から分かっていたことよ?」と王妃さま。

「……たった二歳差の何が問題なのか」と王さま。

「全部知ってる。 それに、ぼくの方が背は高いし」とアデル。

「ぬぐぐ……」とわたし。


 お忙しい方達をこれ以上拘束も出来ず、それでお開きとなった。

 落ち込みながら、配った資料を回収する。


「アデル、それも返して」

「これはもらっていくね」

「なんでよ」

「記念に」

「何よ、記念って……」

「リディの字、好きなんだ。 いいでしょ?」


 いい、わけない。

 資料とはいえ、アレにはわたしのダメな所が沢山、しかも自らの手書きというある意味恥ずかしい代物。

 なのに、ニコニコと機嫌の良い彼に強く出る事も出来ず……

 結局、アデルに渡した一部だけ回収できなかった。


 その日は、何が悪かったのか一人反省会を行い、また夜更かしした。


「あ~、全然通じなかった。 資料は悪くないと思うんだけどなぁ」


 必死に作っただけに悔しくて、ベッドで枕に顔を埋めて足をバタバタ。

 すこしでもストレスを解消する。

 いくら資料を見返しても、何をミスしたのか分からなくて、また転がった。


 次の日の昼、先日のように、再びアデルが侯爵家の屋敷へとやってきた。


「昨日の独演会、とても面白かったよ」

「ほんと?」

「うん。 でも、父上も母上も『どれも王妃に向いてない理由にはならない』って」

「……」

「あと、資料はすごく分かりやすかったって。 整理されててまとめ方も上手いし、とても頼もしいって感心してたよ」

「……そう」

「むしろ前より安心したみたい」

「なんでよ!」


 そうか、しまった。

 資料の出来の良さが裏目に出てしまったんだ。

 あ~、そっちだったかぁ。 わたしが優秀過ぎたばかりに……

 楽しく作ってる場合じゃなかった。


 それにしても、毎度のことながらアデルがやってくるのは必ずお昼過ぎだ。

 わたしが朝弱いって見抜かれているみたいで、そこもイラっとした。


 プレゼン作戦も失敗に終わった。




―――――――




 どうも断らせる方向ってのは上手くいかないみたいだ。

 そこで次に考えたのは、わたしよりも相応しい令嬢を紹介作戦だ。


 わたしみたいな、ものぐさで家柄だけの令嬢よりも、ずっと王家に相応しい人物はいるハズ。

 適齢期の令嬢をリストアップし、そこから容姿、家柄、人柄などを調べあげて、アデルに合いそうな人を資料にまとめた。

 今度は凝った資料は作らない。

 わたしは同じミスはしないのだ。


 アデル一人ならスケジュールを押さえる必要もない、というかちょくちょく会っている。

 いつもは、わたしが何かしているとアデルが会いに来るパターンだった。


 でも今日はアデルの執務の休憩中に割り込んでやった。

 先日の意趣返しのつもりだった。


 涼しい顔で優雅に紅茶を嗜むアデル。

 手ぶらじゃ悪いからと、せっかく持ってきたナッツケーキにも一個しか手を付けない。

 なによ、昔から好きだったじゃない。

 それとも、わたしがすでに三個も食べちゃってるから遠慮してるの?


 ……まあいいや。 お菓子は本題じゃないし。

 アデルが淹れてくれた、やけにぬるい紅茶でケーキを流し込みながら、わたしは早々に話を切り出した。


「こちらのソラ・フィルフィーア公爵令嬢などはいかがでしょうか? 血統良し、人柄良し、そして殿下の一つ下で適齢となっております。 わたしと違って、豊かなお胸をお持ちでございます」

「興味無いな」


 にべもなかった。


「で、ではこちらは? エリリナ・リルナーデ侯爵令嬢。 わたしのお友達でもあります。 彼女も胸がとっても大きいです。 わたしと違って」

「興味無いね」


 取り付く島もなかった。


「な、なんで? 殿下だって男性なんだからおっきなおっぱいが好きなハズ! わたしは控えめだけど…………控えめですけど……」

「二回も言わないでよ。 それに自分で紹介しておきながらヘコまないでよ。 おまけに何で敬語なの?」


 いっぱいツッコまれた。


「だってさ、王妃になるなら、スタイルが良くって美人で賢い女性の方が良くない?」

「胸とか容姿とかそれこそ全然関係ないよ」

「じゃあ、何がいいの?」

「リディがいいんだ」

「うごごご……」

「そもそもさぁ」


 アデルの口調が、珍しく強くなった。

 ん? なんだかちょっと怒ってる?


「ぼくはず~~~っと言ってるよね? リディがいいって」

「あうっ……」


 思わず息が詰まる。

 アデルが距離を詰めてきたからだ。


「他の女性の方が条件が良いとかって……そんな理由でぼくが乗り換えるとでも思ってるの? ねぇ?」


 お、怒るなよう……

 しかも、いつの間にこんなに背が高くなったのよ……年下のくせに。

 でもわたしの方は何も言えなくて、身を縮めるばかりだった。


「うぅ……」

「ぼくの気持ちを軽く見られているようで不快だよ。 ねぇ、どういうつもり? リディはそんなにぼくと結婚したくない?」

「そ、そ、それは~」


 わたしに王妃なんて絶対ムリだと思う次第でして~……


「……」

「……え、えへ?」

「……ハァ」


 目が泳ぎまくり、ついには笑って誤魔化したわたしに、呆れたように溜息を漏らすアデル。


「面白いから好きなように放っておいたけど、これは気分が悪いよ。 ……もうやめてね?」

「う……はい、ごめんなさい」


 言い訳もできない。

 確かにわたしもアデルからぐいぐいと貴族の令息を紹介されたら気分が悪い。

 余計なお世話だった。 申し訳ない。


 シュンと小さくなったわたしに、すっかり怒気の抜けたアデルはいつもの穏やかな笑顔と口調で言った。


「ふふ。 とにかく、ぼくのリディへの気持ちは、五歳の誕生日に婚約が決まった時から変わらないから」

「……それって、すごく重くない?」

「重いよ。 ぼくのキミへの愛は。 そこは分かってね?」


 うーん、アデルには悪いけど正直それは分からない。

 わたしにとっては、小生意気でイケメンな弟としか思えない。


 これ以上お仕事も邪魔しちゃ悪いと思い、執務室を後にした。


 部屋を出る際に、頭をぽんぽんされた。

 むぐぐ……昔はわたしが撫でてあげる側だったのに!


 ……それにしても、いつの間にこんなに手が大きくなったんだろう。


 もう昔馴染み過ぎて、ドキドキなんかは感じない。

 でもさっきの申し訳なさで頭がいっぱいだったので、仕方なく黙って撫でられてあげた。


 令嬢紹介作戦も大失敗だった。




―――――――




 そうこうしている間も時間は進む。


 いよいよ婚礼ドレスも最終仕立てに入る。

 そのための最後の意匠決めと採寸の日取りまで告げられてしまった。

 ウェディングドレスが出来ちゃったら、もう引き返せない。


 やばいよやばいよ。 どうしよう。

 色々と行動してきたけど、全部ダメだった。


 ……よし!

 もうこうなったら最終手段だ。

 以前に見つけたとっておきの出番がやってきた。


 それは――『時間遡行の魔術』。


 王家にしか入れない蔵書室。

 わたしはもう長い事、王太子の婚約者という立場をやっているので、蔵書室にはわりと自由に入ることが出来た。

 そこで見つけた一冊の魔術書。

 わたしが前世を思い出したきっかけでもある、日本語で書かれた魔術書。


 そうだよね。

 転生したのがわたしだけなんて、そんなはずないとどこかで思っていた。


 著者は書かれていない。

 書いたのは宮廷魔術師かあるいは昔の王族か。

 その辺はあんまり興味無い。

 残しておいてくれてありがとうの気持ちしかなかった。


 日本語にしても堅苦しい感じで書かれていて、とっても読みづらかった。

 でも、やり方だけは分かった。

 どうやら、遡る日付を書いてページを燃やす事でその日に一日だけ戻れるみたいだ。

 それだけ分かれば十分。


「燃やすって事は一度きりかぁ。 ま、一回あれば十分でしょ」


 婚約したのはいつだっけ?

 そうだ、こないだアデルが言っていた。

 たしかアデルの五歳の誕生日。


 がっつりと外堀が埋められた現在と違って、きっぱりとその時点で断れば、さっくりと無かった事に出来るハズ!

 そうと決まれば善は急げだ。


 わたしは、そんな軽い気持ちで、その魔術を実行した。



……………



 気が付くとそこは薄暗い部屋だった。


「ここは……アデルの部屋だ」


 自分の発した少し高い声に驚いた。

 立って見える景色も違うし、手も小さい。

 本当に過去に戻ったようだった。


 目の前には豪奢なベッド。

 天窓から見える月明かりで、今は夜なんだという事が分かった。


 なんで小さいわたしが、夜にアデルの部屋にいるの?

 どうしてここがアデルの部屋だってすぐに分かったの?

 あれ? そもそもわたしたちはどうやって婚約したんだっけ?


 軽い気持ちで魔術を実行したのが仇になった。

 段取りをまるで考えていなかった。

 それでも頭を回していると、一つ一つ思い出してくる。


 そうだ。

 幼いアデルは身体が弱くて、体調を崩しがちだった。

 五歳の誕生日パーティーも、体調不良って事で中止になったんだ。


 この時すでに、わたしとアデルは婚約者候補として顔見知りではあった。

 体調不良と聞いて、心配でたまらなくて部屋に忍び込んだんだ。


 どうやって忍び込んだのかは覚えていないけれど……実際に今ここにいるって事は上手くいったんだろう。

 無茶するなぁ、と、自分で自分に感心した。

 そんなことを考えていると……


「うっ……」


 燭台の明かりに薄く照らされたベッドの方から、誰かが呻く声が聞こえた。

 ベッドに近寄る。

 そこには、今のちょっと小生意気なアデルと違って、ちっちゃいアデルがいた。


 小さくて可愛い……けど苦しそうだ。

 弱々しい姿を見て、急に「わたしがなんとかしなくちゃ」という気持ちが湧いた。


 当時、わたしの方が七歳で年上だったから、やたらとお姉さんぶっていた。

 そういえば、この頃からすでに、わたしは遠慮がなかったなー。


 オルタナード侯爵家の長女と、セルヴァリオン王家の第一王子。

 本来わたしの方がへりくだる立場だったけれど、そんなのお構いなしに年上風を吹かせて、それにつられてアデルの方も遠慮が無くなって……

 ただの、幼馴染みのリディとアデルだった。


「うぅ……」


 幼いアデルが熱に呻く。

 わたしは、寝台の脇に看病用で置いてあった綿布で、額に浮いた汗を拭いてあげた。

 そのまま彼の小さな額に、自分の小さな手のひらを当てる。

 とても熱かった。


 ……ああ、この熱、覚えてる。


 こうやって、身体の弱かったアデルを世話したり、体調を気遣ったりしたっけ。

 お付きのメイドやお医者さまが止めるのも聞かず「わたしが看るんだ」と息巻いていた。


 ここがアデルの部屋だってすぐに分かったのは、きっとそういう事だ。

 何度も通った部屋だから……


 婚約の話が来た時も、当時のわたしは無邪気に両手を上げて喜んでいた。

 これからもこの子の面倒を見てあげられるって。


 当時は、貴族の事とか恋すらも全然分かってなかった。

 ただ単純に「アデルと一緒にいられるんだ」って思って。

 それだけで七歳のわたしは、めちゃくちゃ浮かれてて。

 それだけで”婚約”って言葉も、なんだかステキなモノに思えて。


 ……あれ?

 わたしは何をしに来たの?

 その婚約を破棄しに来たのではなかったの?


 だって、わたしには王妃なんて絶対ムリで。

 そのために色々作戦なんかも考えて。

 だから――


「……だからわたしは、アデルとの婚約が、嫌……なんだっけ?」


 わたしは、何がしたいんだっけ……?


「……りでぃ?」


 あどけない声。

 どうやら起こしてしまったようだった。

 苦しそうなアデルが真っ直ぐにこちらを見つめている。

 今とまったく変わらない、碧色のキレイな瞳。

 とにかく今は、辛そうなこの子に何かしてあげたいと思った。


 わたしはもう片方の手で、アデルの手をきゅっと握った。

 安心したように微笑む顔に、今のアデルの面影が重なった気がした。


 何か言葉をかけようと口を開いた瞬間、わたしは眩い光に包まれた。

 一瞬の浮遊感。

 気づけば、そこは元の王家の蔵書室だった。


「…………」


 わたしの手にはまだ、幼いアデルの熱が残っている。


「な、何よ! 途中で戻ってきちゃったじゃない!」


 えらく中途半端な魔術だった。

 過去に戻れるのは一日じゃなかったの? こんな短時間とか全然聞いてない。

 ちゃんと分かりやすく書いておいて欲しかった。

 せっかくの一度しか使えない魔術とチャンスを逃してしまった。


 結局持ち帰れたのは、この手に残ったアデルの熱だけ……

 ……いや、なんだか胸がざわざわする。

 何か、とても大事なことを……

 慌てて胸元に手を当てて考えてみたけど、もう……

 まるで、眠りから覚めた時の夢のように、思い出せなかった。


「…………ま、いいか」


 胸元を握りこんでいた手のひらを一度握り直す。

 切り替えよう。

 すでに日も傾いていて、蔵書室の入り口からはオレンジ色の夕陽が差し込んでいた。

 魔術書を書いた転生者さんへ、資料のなんたるかというダメ出しと文句を唱えながら、蔵書室を出ようとした。


 するとそこには――

 茜色の夕焼けを背中に纏った、アデルが立っていた。



……………



「何をしていたの? リディ」


 夕陽の逆光を背負ったアデルの表情は分からない。


「どうにか婚約破棄出来る魔法とかないかなって」


 あっけらかんと言ったわたしの言葉に、アデルが拳を握りこんだように見えた。


「……そんなに、ぼくとの婚約が嫌なの?」

「う~んと、アデルが嫌とかなんじゃなくて……」


 そういえば……

 迂遠な作戦ばかりで、一度もはっきりと直接伝えた事が無かった。


「ねぇ、アデル」

「何?」

「………………っ婚約破棄、して?」


 ずっと言いたかった事だったのに、なぜだか言葉が喉につっかえた。


「そんなにしたいんだ」


 アデルの口調には、いつもの穏やかな抑揚が無い気がした。

 一方のわたしは、さっき感じた胸のざわざわがどんどん強くなっていく。

 でももう、伝えてしまった。


「……したい。 アデルには悪いけど、わたしには王妃なんて絶対ムリだよ」

「…………」


 薄暗さに目が慣れて、アデルの表情が見えてくる。

 顔が見えても、何を考えているのかは分からなかった。


「……そっか。 リディがそこまで言うのなら、分かった」

「じゃ、じゃあ?」

「婚約破棄、しよう」

「やったぁ! ……あっ」

「…………」


 言ってから、すぐに気づいた。

 ずっと画策していた婚約破棄作戦。

 最後はあっさりだったけど、やっと上手くいった。


 その嬉しさで、考えるより先に声に出た。

 そして、その声を聞いたアデルの顔を見て、分かった。


――アデルを傷つけた。


 やっぱり長い付き合いだから、すぐに理解してしまった。

 ほんのわずか。 でも何かに耐えている口元。


 わたしが、アデルを傷つけた。

 胸の奥が、ぎゅっと縮こまった。


「…………」

「あっ……」


 アデルはそのまま踵を返し、部屋を出て行った。

 いつの間にか握りしめていた胸元。

 掴んでいた手を広げて、じっと見てみる。


 幼いアデルの額の熱。

 わたしの手に残っていたそれが、なぜだか妙にひりひりした。


 その晩、わたしは何度目になるかの一人反省会をした。


 ……婚約破棄して、本当に良かったのかな?

 アデルを傷つけた。

 あんな顔、初めて見た。

 ……うぅ、胸が痛い。 ひりひりする。

 なんでこんなに苦しいんだろう、痛いんだろう。


 ううん、違うよ……

 アデルの方が、ずっと痛かったハズ。


 仲が悪くなりたいワケじゃなかった。

 ただ、婚約破棄したかっただけで……


「……うん、明日アデルにちゃんと謝ろう」


 もう一度、きちんと話すんだ。


 でも、その日の晩にはもう……

 アデルが王さまに直談判し、わたしとの婚約を解消したとの使いが来た。




―――――――




 で、翌日。


「ごめんねリディ。 ぼくが悪かった」

「…………はい?」


 わたしから謝ろうと思っていた。

 なのに、先に侯爵邸までやってきたアデルに、開口一番に謝られた。


「今日からちゃんとリディのことを口説くから、安心してね」

「ちょっと待って。 アデルが何言ってるのか分かんない」


 あれ? 昨日の事は、実は夢だった?


「わたしたち、昨日婚約破棄したわよね!?」

「したよ」

「じゃあ、何でよ! なによその口説くとかなんとかって!?」

「ぼくは、リディを諦めるなんて一言も言ってないよ」

「…………は?」


 こいつ……!

 ほんのついさっきまで、わたしはアデルを傷つけたと思って散々ヘコんでたのに!

 晩御飯もおかわりできなかったし、夜更かしするくらいいっぱい沢山悩んだのに!

 けろりと言い放つアデルに腹が立った。


「実はさ、ちょうど良かったんだ」

「何がよ……」


 わたしのジットリ怒り視線を受け流し、普段の笑顔でアデルは言う。


「リディはぼくの事、弟としか思ってないでしょ」

「うっ……」


 図星だった。

 アデルは金髪碧眼のキラキラ王子さま。

 容姿もすごく整っているとは思うけど、わたしはそれを幼い頃から見慣れ過ぎた。

 そもそも好みでもないし、生意気な弟にしか思えない。

 ……って、王太子殿下を弟として見てる侯爵令嬢ってのもおかしいとは思うけれど。


「昨日ね。 リディに言われて反省したよ」

「反省?」

「婚約者って立場に甘えてた。 いつかぼくを男として見てくれるって、勝手に思ってた」

「……」

「キミの背を追い越した時に、きちんと伝えれば良かったんだ」

「背なんて……わたしは気にした事はなかったけれど」

「ぼくには大問題だったよ。 ぼくの方が年下なのも凄くイヤだった」


 そんなに気にしてたんだ。

 二歳年下なんてわたしは大して気にした事はなかった。

 けれどアデルにとっては、ずっとわたしを追いかける二歳差だったらしい。

 そう思うと、なんだかくすぐったい感じがした。


 アデルが少しだけ屈んで、わたしに目線を合わせる。


「手を取るね」


 そう断ってから、とても優しい手付きでわたしの手を包んだ。


 ……大きい。

 ……そして、熱い。


 わたしが思っていたよりも、ずっとこの手は大きくて。

 昨日感じた、幼いアデルの額と同じくらい熱かった。


「リディア・オルタナード侯爵令嬢」


 耳に馴染んだ、優しい声。


「ずっと昔から大好きだよ。 もちろん女性として」

「ひぇっ!」


 真っ直ぐに言われて、思わず奇声が飛び出てしまった。

 逃げたかった。

 でも、包まれた手の熱を意識して……なぜだか手を引くことも出来なかった。


「これから毎日好きって言うね。 ぼくを、男として意識してくれるまで」


 口調は軽くて穏やか。 いつものアデル。

 でもいつものアデルじゃない。

 とても真剣だった。


 したたかな所もあるのは知っているけれど、優しい気性のアデルがこんなに強引なところがあるなんて、初めて知った。

 なんでこんなに真剣なんだろうか。


 ……むぐぐ。

 こんなこと、自分から聞くのはすごく恥ずかしいけれど……


「……ねぇ、アデル」

「うん」

「そ、そんなにわたしのことが……好きなの?」

「うん」


 アデルの即答に迷いはまるで感じなかった。

 そっか。 そうなんだ。

 そんなにわたしのこと、大好きなんだ。

 …………ふーん。


 余裕ぶれたのも数瞬だけだった。

 事実がだんだんと染みわたり、顔が火照ってくる。

 耳までぽぽぽと熱くなってきた。


「……」

「……」

「……わ、分かった」

「また婚約する?」

「しないよ!」


 調子に乗らないでほしい。

 わたしはそう簡単に絆されたりはしないぞ。


「婚約はしない…………まだ」

「うん」


 あああ、わたしは今、何を言おうとしているのだろう。

 昨日までなら、断ってそれで終わりだったハズなのに。

 でも……


「っでもね! ……アデルがそこまで言ってくれるなら、わたしもちゃんと考える」

「何を?」

「……あなたのことを、ちゃんと男として見れるかどうか」


 なんだかとんでもない事を言ってしまった。

 さっきの手に残った熱に浮かされたんだ。 きっとそうだ。


 ……それでも、これはわたしの本心だ。

 王妃にはなりたくない気持ちは、今でも嘘じゃない。

 でも、そればっかり考えて、アデルとの関係そのものはちゃんと見ていなかった。

 遠回しな作戦ばかりで、いざ婚約破棄が決まった時も、のんきに「やったー!」なんて喜んでしまった。


 だから、今度はわたしが向き合う番だ。


「アデルの誠意には、応えたい気持ちはあるの」

「そっか」


 納得したように、アデルがすっと立ち上がったと思ったら……


「じゃあ、これからは本気で口説いて行くね?」

「えっ?」


 急に、わたしの耳元までアデルの顔が迫ってきた。


「リディはいつも良い匂いがするね」

「ひぇっ! ち、近い近い!」

「ああ大丈夫。 触れないから」


 と言いつつ、わたしの首元にかかる息がくすぐったい。

 なんだかその部分の肌がわさわさする。


「ぼくのこと、嫌い?」


 耳元からゼロ距離で聞こえるアデルの声に、頭が痺れるような感じがした。


「嫌いなわけ……ない」

「うん、そうだよね」

「なんでそこは自信満々なのよ!」

「ごめん。 卑怯な言い方だったね」


 アデルの顔がわたしの首元から離れる。

 ちょっとだけすまなそうな表情だった。


「でもね、長い付き合いだからそれくらいは分かるよ」

「……だ、だったらわたしのことも良く知ってるでしょ? 王妃教育はサボるし、うるさいし、む、胸もないし!」

「うん。 朝が弱いのも知ってる。 熱いのが苦手なのも知っているよ。 十年以上も一緒にいるんだから……全部知ってる」

「……それでも?」

「そういうね、素直でお気楽なリディが、愛おしいんだ」

「~~~~っ!」


 顔がさらに熱くなった。

 さっきから鼓動もドクドクとうるさい。

 もうアデルの顔も見ていられなくなって、思わず顔を伏せる。


「間違ってたらごめん。 リディは王妃になるのが、不安だったんだよね?」


 全部バレてた。

 それは……そうだよね。


「……」

「そっか。 いいんだよ。 不安だったなら、二人で一緒に考えようよ」

「……うん」


 言い方が優しい。


 うっ…………なんだか、わたしの気持ちを分かってくれたのが嬉しくて。

 一緒に考えようって言ってくれたのが心強くて。

 一人で不安を抱えなくていいんだって、ほっとして。


「あっ……」


 ずっと、力が入ってたのかな?

 安心して気が緩んだせいか……

 瞬きしたら、ぽたりと一粒、地面に落ちた。


 伏せていたわたしの顔を、容赦なくアデルの碧色の瞳が覗き込んできた。


「ねえリディ。 こっちを見てよ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


 素早く目元を拭いながら、距離を取って構える。


「どうしたの?」

「……」

「リディ?」

「ムカつくの」

「どうして?」

「なんだか、わたしばっかりがドキドキしているみたいだから」


 ずっと年下の弟と思って油断していた。

 なのに、さっきからずっとアデルに振り回されっぱなし。

 ものすごく悔しかった。


 そんなわたしに、とびっきりの笑顔でアデルが言う。


「よかった。 ちゃんとぼくにもドキドキしてくれるんだね」

「ぐぎぎぎ……!」


 もちろんアデルは、わたしが嫌といえばちゃんと止めてくれるだろう。

 だって、わたしの意思を――気持ちを重んじてくれるのは伝わってくるから。

 ……ずっと、昔から。


「それにさ、ぼくがドキドキしてないなんて、リディの思い込みだよ」

「えっ?」


 ……そういえばさっき手を取られた時、ありえないくらいに熱かった。

 それって、つまり……


「ふふ。 ぼくは絶対に諦めたりはしないよ。 だから、覚悟してね?」


 わたしの考えを遮るように、アデルが迷いなく言い切った。


 強気な態度が、なんだか年下の男の子には見えなくなって。

 アデルも「男の人」なんだなって…………思っちゃった。




 王妃になりたくないだけだった。

 でも、どうしてこうなった?


――ああ、絆されちゃダメよ! しっかりしてリディア!


 ……でもさ。

 じゃあ本当に、この年下殿下をわたしの人生から追い出せるのかって言われたら――


 今では毎朝、寝坊したわたしを隣で起こしてくれる誰かさんがいるって言えば……分かるよね?



 ……ムリだった。





 ~ 了 ~



読んでいただき、ありがとうございます!

侯爵令嬢と王太子という二人ですが、幼馴染みという事でかなり気安い関係として書いてみました。 幼馴染みって、イイよね?

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また、別作品になりますが、異世界恋愛の長編も連載中です。

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