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Room  作者: 揚羽(ageha)


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(第五章)

 自分の動作を、ひとつずつ意識する。

 ベッドに近づく。

 布団の中央が、わずかに沈んでいる。

 自分が寝た位置とは、違う。

 いつもは、左寄りだ。

 だが、この沈みは、中央。

 座ったような形。

 喉が、詰まる。

 布団に触れる。

 まだ、わずかに温かい気がする。

 そんなはずは、ない。

 それでも、手を引っ込められない。

 クローゼットを見る。

 扉は、閉まっている。

 開ける勇気が、出ない。

 頭の中で、二つの考えがぶつかり合う。

 自分が、やった。

 誰かが、やった。

 どちらも、決定打がない。

 だが、

 布団の形だけは、説明できない。

 自分が、座った記憶はない。

 誰かが、座った記憶も、当然ない。

 それなのに、

 痕跡だけが、ある。

 触れない距離を保ったまま、

 ベッドから離れ、部屋を見回す。

 カーテン。

 人が、腰を下ろしたときの、

 あの、重みの跡。

 自分は、今日は、ここに座っていない。

 立ったまま、眺める。

 距離を、縮めない。

 枕を見る。

 一つは、少し、位置がずれている。

 自分は、寝る前に、枕を直す。

 それが、癖だ。

 なのに、

 その「整える前」の状態に、近い。

 喉が、ひくりと鳴る。

 ベッドの端に、そっと手を伸ばす。

 気のせいだ。

 そう、思おうとする。

 だが、今日は、

 気のせいで済ませてきた数が、多すぎる。

 ここは、

 自分が一番、無防備になる場所だ。

 眠る場所。

 目を閉じる場所。

 意識を、手放す場所。

 そこに、誰かが、座った。

 そう考えた瞬間、

 足元が、すっと冷える。

 立っていられない。

 ベッドには、座らない。

 代わりに、床にしゃがみこむ。

 覗き込むしか、ない。

 視線の高さが下がると、

 ベッドの下が、目に入る。

 座ったまま、

 徐々に、覗き込む。

 今朝から、

 一度も、確認をしていない。

 まさか。

 体は、止まらない。

 覚悟だけが、先に来る。

 覗き込む。

 奥まで、見えない。

 何も、動かない。

 「見てはいけない場所」が、

 そこにある、という感覚だけが、残る。

 この部屋で、

 自分が知らない時間が、

 確かに、あった。

 それを、

 もう、否定できない。

 スマートフォンを、握る。

 ライトを、点ける。

 心臓が、強く打つ。

 こちらを向いている、顔がある。

「……っ……っ……っ」

 悲鳴をあげるが、

 息が、漏れるだけだった。

 体も、

 動かない。

 胸が、潰れそうになる。

 ――推しの、抱き枕だった。

 自分でも、忘れていた。

 完全に、人だと思った。

 もう、嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 もう、嫌だ。

 ――意識が、遠のく。

 どれくらい、そうしていたのか分からない。

 寒さで、目が覚めた。

 意外と、

 少し、落ち着いていた。

 明日の仕事のために、

 歯磨きをして、

 お風呂に入ることにする。

 涙や、冷や汗で、

 床を、はい回っていたから。

 もう、

 体を、洗いたかった。

 浴室のドアを閉める。

 内鍵を、かける。

 小さな音。

 それだけで、少し息ができる。

 服を、脱ぐ。

 歯ブラシを、くわえる。

 床が、冷たい。

 鏡は、見ない。

 シャワーを、出す。

 最初の水が、

 お湯になるのを、確かめる。

 すぐに、温かくなる。

 湯気が、立ち上る。

 視界が、

 白く、ぼやける。

 音が、

 外を、遠ざけていく。

 ここは、密室だ。

 鍵があって、

 壁があって、

 逃げ場がない。

 それが、今は、ありがたい。

 髪を、洗う。

 背中が、すうっとなる。

 上下左右。

 後ろを見る。

 また、流す。

 また、背中が、すうっとなる。

 上下左右。

 後ろ。

 怯えるように、

 湯船に、入る。

 不安から、

 熱めのシャワーを、

 頭に当てながら、歯を磨く。

 湯船は、

 熱くて、冷たい。

 頭も、

 熱くて、冷たい。

 不安で、

 歯を磨く手が、止まらない。

 シャワーを、

 頭から、かけたまま。

 立ち上がろうと、

 した瞬間。

 ドンッ……。

 音が、する。

 体が、固まる。

 理解が、追いつかなかった。

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