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Room  作者: 揚羽(ageha)


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4/6

(第四章)

 自分の部屋の前までの距離が、異様に長く感じられた。

 鍵穴が見えた瞬間、胸の奥が強く締まる。

 ここだ。

 戻ってきた、自分の場所。

 バッグから鍵を取り出す。

 金属音が、やけに大きい。

 手が震えて、うまく差し込めない。

 息を吸おうとして、失敗する。

 吸いすぎて、苦しい。

 涙が、こぼれた。

 鍵を回す。

 ゆっくり。

 もう一度、ゆっくり。

 がちゃり、と音がする。

 その瞬間、腰から力が抜けた。

 ドアを、ほんの少しだけ開ける。

 すぐに閉める。

 もう一度、少しだけ開ける。

 スマートフォンを取り出す。

 画面を点ける。

 いつでも、押せるようにする。

 自分の家なのに、

 かすれた声で「こんばんは」と言おうとする。

 声は、出なかった。

 靴が、目に入る。

 一足だけ。

 きれいに揃えられている。

 自分の靴だった。

 仕事用の革靴。

 左右が揃い、

 つま先が、正面を向いている。

 ドアを閉める。

 家に、入れない。

 その場に、立ち尽くす。

 これは、おかしい。

 自分は、靴を揃えない。

 急いで脱ぎ、そのまま。

 それが、いつもの癖だ。

 記憶は、ある。

 だが、揃えた感触が、どこにも残っていない。

 もう一度、ドアを開ける。

 視線が、自然と他の靴に向かう。

 スニーカー。

 サンダル。

 それらは、揃っていない。

 誰かが、揃えた。

 その考えが、はっきりと形を持つ。

 玄関の奥を見る。

 廊下。

 リビングの暗がり。

 静かだ。

 音は、しない。

 入ってはいけない場所だと、思った。

 鍵を、もう一度見る。

 壊れていない。

 こじ開けられた形跡も、ない。

 それなのに。

 「誰か、入った?」

 その言葉が、心の中で浮かぶ。

 喉が鳴る。

 ここは、自分の家だ。

 それでも、中に入る。

 玄関に立ったまま、

 靴を脱ぐべきかどうか、分からなくなる。

 入っていいのか、判断できない。

 だが、もう、

 外に戻る選択肢もなかった。

 ドアを閉める。

 鍵をかける。

 音を、二回確認する。

 一歩、踏み出す。

 床の感触が、妙によそよそしい。

 玄関で、靴を揃えずに脱ぐ。

 それを、意図的に、

 いつも通りの配置にする。

 それで、安心できるはずだった。

 だが、背後が気になる。

 それでも、

 玄関に立ったまま、

 しばらく動けなかった。

 室内は、暗い。

 カーテンの隙間から、

 外灯の光が、細く入っている。

 照明を点ける。

 一気に、明るくなる。

 何も、ない。

 家具の配置も、

 物の位置も、

 見た限りは、変わっていない。

 形の残る場所は、ない。

 リビングを横切り、キッチンを見る。

 冷蔵庫。

 朝のことが、強くよみがえる。

 だが、今は開けない。

 開けたら、

 また、確認してしまう。

 バッグを床に置き、

 コートを脱ぐ。

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