98.アンチノミー
村へ向けて馬を走らせながら、俺はかつてエルマとこの道を通った日のことを思い出していた。
無口で、箱庭のような世界に絶望していた少女。
今ごろゴイとうまく旅を続けているだろうか。
もう関わることはないだろうが、彼らの未来を知ることができないのは少し寂しかった。
「でも全部NPC……」
俺は、この世界を“偽物”だと再定義した。
本当の俺は水槽に沈められ、脳幹に何かを植えられ、
この世界を疑似体験させられているだけなのかもしれない。
想像もつかない技術でリアルな世界を体験しているだけ。
この殺戮も、ゲームのNPCというプログラムデータを消しているようなものだ。
気に病むのは馬鹿げている。
「待て……俺が偽物というのもありだな」
カゾヤマノリトの記憶を学習させられた電子データ。
その場合、俺の“現実”はここで、本物の殺戮を行っているとも言える。
本物とは、観測の軸をどこに置くかだ。
だが、この考え方の方がまだ救いがある。
必死に生きてきたこの世界での体験や感情を、
“偽物”だと否定せずに済むからだ。
実際のところ、置かれた状況が何なのかは断定できない。
自尊心を守るために「騙されている」という疑念を拒絶したくて、
偽物の世界だと信じたい。
かといって、リッカが偽物だとは絶対に思いたくない。
偽物と信じることにした動機は、
――殺戮の免罪符欲しさ。
本当は再定義などできていない。
「まあ、いいか。偽物なら、そのうち翼神が種明かししてくれるだろう」
今はトーチとロガを救出する。それだけだ。
---
村は燃えていた。
入口にたむろする一団を薙ぎ払い、馬を降りて岩陰に隠れる。
ほどなくして、村の入口から騎馬が飛び出してきた。
お前らに死因は分かるまい。
「さよなら」と呟き、消し飛ばす。
数回繰り返したが、もう誰も出てこなかった。
門に張り付き、中を伺う。
広場には――
住民の死体が山になっていた。
見える限りの建物は炎に包まれ、人影はない。
ジェイやロガが「大盾で身を守る」と話していたが、
防御力ゼロの俺は狙撃が一番怖い。
慎重に広場へ近づく。
見知った顔の遺体。
めちゃくちゃに踏み荒らされたエルマの花壇。
燃える宿屋の壁に描かれた、あの大きなニョッキの看板。
急激な吐き気で膝をつき、胃液を吐いた。
---
胃の逆流が収まり、馬を取りに戻る。
最初に吹き飛ばした一団が最後の部隊だったのか、
村には相変わらず人の気配がない。
もたもた走っていては狙われる。
トーチの家まで駆け抜ける。
そこには――
トーチとロガ、そして数名の兵士の遺体。
傷だらけのロガの腹には短槍が突き立てられていた。
最後まで気丈に振る舞ったに違いない。
「これが公爵の帳尻合わせか……
俺も合わせにいくから、待ってろよ」
---




