95.燻製小屋
俺たちはトーチの先導で川を渡り、緩やかな斜面の木立ちを黙々と進み、日没が近づいたところで野営をした。
「湖はすぐそこだが、このまま木立ちを進む。
人が居るなら煙と臭いで分かるから、それだけ気にしててくれ」
俺は村でもらった芋を薄く切り、削った枝に重ねて刺して火にかざしながら聞いていた。
調味料などないが、腹の足しにはなる。
二人ずつ交代で見張りをしながら夜を明かし、未明に出発した。
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「おい、この臭い」
ロガの声で隊列が止まる。
しばらく進むと、湖畔に煙が立ち上っているのが見えた。
「燻製小屋だ」
トーチが馬を降り、慎重に煙の方角へ向かう。
ロガとギャレは武器を手に警戒を続け、俺たちはトーチの帰りを待った。
一時間ほどして、トーチが戻ってきた。
「集落はないが船着場がある。しばらく見てたが、燻製小屋は漁師の親子しか出入りしてねえ」
「船は?」
「二艘」
「危ないと思うか?」
トーチは首を振った。
「よし、交渉に行こう」
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小屋にはトーチの言っていた親子しかおらず、
二人はマスの腹を割き、掃除をしては紐を通して吊るす作業を黙々と続けていた。
ギャレと俺が近づき声を掛けると、親子は驚いたが、
ギャレが「王都の警吏だ」とやったものだから、今は縮み上がっている。
「ここは、付近の漁師の共同の小屋ですだ」
「そんなことより、船が要るのですが」
「船は……どうか勘弁して欲しいですだ」
ギャレは権威で押し切ろうとしているが、
親子にとって船は生活そのもの――命が掛かっている。譲れるはずがない。
「二人は誰かに雇われているのか?」
俺が口を挟む。
「いえ、そういうのはないですだ」
「なら自由は利くか。俺たちを運ぶだけならどうだ? 金は払う」
二人は顔を見合わせ、表情筋で会話をした後、
「それなら、なんとか……」
と答え、安堵の表情を見せた。
「訳あって集落には立ち寄りたくない。夜通しになるが頼む」
ギャレが銀貨を父親に握らせると、親子は驚きながらも快諾した。
「ついでに魚を売ってくれ。みんな腹を減らしてる」
「どうぞどうぞ、お代は結構です」
息子がまだ温かい燻製を一抱え持ってきて皆に配り、
俺もすぐに食べ始めた。
俺もリッカもジェイの死を引きずっていたが、
表面的にでも平常に戻そうとしていた。
「タンパク質大事」
「そうねー」
明るく返したリッカも、同じように考えていたに違いない。
最低な状況でも、俺たちは最高の夫婦なのだ。
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燻製を三匹平らげて想い出に浸りながら腹を擦っていると、ロガが言いに来た。
「いい保存食だから、持てるだけもらっておいてくれ」
ギャレはこの湖を知っているらしく、
親子とあれこれ話して上陸場所を打ち合わせている。
馬は運べないので残りは徒歩になるだろうが、
これで公爵領さえ脱出できれば、ひとまず追っ手の件はクリアだ。
「あとはアズィが大人しくしてるといいが」
「そうねー」
一番期待できない要素に、俺とリッカは開き直るしかなかった。
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