94.無力な異世界人
偵察から戻ったトーチがロガたちと相談していた。
「なら、渡れるところで渡っちまおう」
「方角的にはそうだな」
内容はよく分からないが、現在位置は把握しているらしい。
「遠くに湖を見つけた。おれの記憶だと領地にまたがる三日月湖だ。
湖岸を進んで漁師を見つけて船を手に入れる案でいきたい」
俺は全員を見たが、反対者はいない。
「なら早速動こう」
「しっ、誰か来るぞ。多分追っ手だ」
ロガが静かに方角を指した。
陽の射し込む木立ちの奥に、動く影がちらつく。
「三人……こっちに来る」
「俺とジェイで何とかする。先に行け」
ロガが言うと、トーチが「頼む」と短く返し、俺たちに馬に乗れと指示した。
俺がきょとんとしていたのか、
「戦いの邪魔になるから離れるぞ」
とせっつかれた。
力を使うべきか迷ったが、リッカに急かされ、決断しないまま馬に乗り川沿いを進み始めた。
すぐ背後から怒号が聞こえる。戦闘が始まったのだ。
振り返るのが恐ろしく、俺はリッカの肩に顔を載せた。
「ロガたちを信じよう」
リッカは毅然として木立ちを進む。
サギタはともかく、誰もが心を石にして役割をこなしている。
俺はいまだに覚悟が足りないようだ。
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十分ほど下ったところの開けた草地で、トーチが馬を止めた。
「ここで二人を待つ。ギャレ以外は少し離れて隠れてろ」
万一追っ手が来たら、これ以上逃げても無駄と判断したのだ。
トーチとギャレはショートソードを抜き、来た道を警戒する。
俺とリッカとサギタは草むらに身を伏せた。
馬の足音が一頭。
やがてロガが現れた。
「全員仕留めた! だが、ジェイがやられた」
ジェイはロガの背中でぐったりとしている。
草むらに寝かせると、血の泡を吹き、右胸に深手を負っていた。
意識はあるが、出血が多すぎる。
「あ、あんた万能ムースはもうないのか!?」
取り乱したサギタの言葉に俺は凍りついたが、
リッカが「何それ」と一蹴して睨むと、サギタは気づいたようにすごすごと離れた。
ロガが頬の返り血を拭いながら言う。
「遊撃兵だな。確信があって追ってきたわけじゃねえ。……水あるか?」
俺は水筒を渡した。
ロガは派手にうがいをし、残りを飲み干して返してきた。
サギタが小声で「済まなかった」と謝り、
「俺の嗅ぎ薬、使ってあげてもいいっすか?」
と聞いてきた。
俺が眉をひそめると、
「モルヒネみたいなもんすよ」
と言うので、好きにさせた。
リッカに睨まれながら、サギタはジェイに嗅がせた。
しばらくして、ジェイは穏やかに逝った。
力を使わなかった後悔で脳が焼けるようだったが、
リッカが強く手を握ってくれたおかげで意識を保てた。
――ここには天国も地獄もなかったな。
次は当たりガチャ引けよ、ジェイ。
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「進もう」
トーチの合図で皆が馬に乗り、隊列は進む。
俺はリッカの背中に顔を寄せ、ぽつりと聞いた。
「俺が力を……」
「ダメ。怪物になんかなっちゃダメなの」
リッカは涙を拭い、それきり何も言わずに馬を進めた。
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