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『異世界アンチノミー ――翼神の箱庭――』  作者: めざしと豚汁


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94/116

94.無力な異世界人

偵察から戻ったトーチがロガたちと相談していた。


「なら、渡れるところで渡っちまおう」

「方角的にはそうだな」


内容はよく分からないが、現在位置は把握しているらしい。


「遠くに湖を見つけた。おれの記憶だと領地にまたがる三日月湖だ。

湖岸を進んで漁師を見つけて船を手に入れる案でいきたい」


俺は全員を見たが、反対者はいない。


「なら早速動こう」


「しっ、誰か来るぞ。多分追っ手だ」


ロガが静かに方角を指した。

陽の射し込む木立ちの奥に、動く影がちらつく。


「三人……こっちに来る」


「俺とジェイで何とかする。先に行け」


ロガが言うと、トーチが「頼む」と短く返し、俺たちに馬に乗れと指示した。

俺がきょとんとしていたのか、


「戦いの邪魔になるから離れるぞ」


とせっつかれた。


力を使うべきか迷ったが、リッカに急かされ、決断しないまま馬に乗り川沿いを進み始めた。

すぐ背後から怒号が聞こえる。戦闘が始まったのだ。

振り返るのが恐ろしく、俺はリッカの肩に顔を載せた。


「ロガたちを信じよう」


リッカは毅然として木立ちを進む。

サギタはともかく、誰もが心を石にして役割をこなしている。

俺はいまだに覚悟が足りないようだ。


---


十分ほど下ったところの開けた草地で、トーチが馬を止めた。


「ここで二人を待つ。ギャレ以外は少し離れて隠れてろ」


万一追っ手が来たら、これ以上逃げても無駄と判断したのだ。

トーチとギャレはショートソードを抜き、来た道を警戒する。

俺とリッカとサギタは草むらに身を伏せた。


馬の足音が一頭。

やがてロガが現れた。


「全員仕留めた! だが、ジェイがやられた」


ジェイはロガの背中でぐったりとしている。

草むらに寝かせると、血の泡を吹き、右胸に深手を負っていた。

意識はあるが、出血が多すぎる。


「あ、あんた万能ムースはもうないのか!?」


取り乱したサギタの言葉に俺は凍りついたが、

リッカが「何それ」と一蹴して睨むと、サギタは気づいたようにすごすごと離れた。


ロガが頬の返り血を拭いながら言う。


「遊撃兵だな。確信があって追ってきたわけじゃねえ。……水あるか?」


俺は水筒を渡した。

ロガは派手にうがいをし、残りを飲み干して返してきた。


サギタが小声で「済まなかった」と謝り、


「俺の嗅ぎ薬、使ってあげてもいいっすか?」


と聞いてきた。

俺が眉をひそめると、


「モルヒネみたいなもんすよ」


と言うので、好きにさせた。

リッカに睨まれながら、サギタはジェイに嗅がせた。

しばらくして、ジェイは穏やかに逝った。


力を使わなかった後悔で脳が焼けるようだったが、

リッカが強く手を握ってくれたおかげで意識を保てた。


――ここには天国も地獄もなかったな。

次は当たりガチャ引けよ、ジェイ。


---


「進もう」


トーチの合図で皆が馬に乗り、隊列は進む。


俺はリッカの背中に顔を寄せ、ぽつりと聞いた。


「俺が力を……」


「ダメ。怪物になんかなっちゃダメなの」


リッカは涙を拭い、それきり何も言わずに馬を進めた。


---

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