90.異変
俺たちは再び湖上にいる。ベルマへ向けて出港したところだ。
「サギタ、変な人だったね。あなたじゃなくてあの人が村に来てたら処刑してたわ」
「ギャレが怖い顔で何か囁いたら黙ったから、もう大丈夫だろう」
昨日、リッカが戻った途端にサギタが「チューしろ」と騒ぎ始め、
ギャレが本気でキレたのだ。
今はギャレと船室で瞑想中だろう。
往路と同じく何事もなく、アズィのトラップも発動しないまま旅は終わろうとしている。
リッカは乗船してからまた不安な顔に戻り、水平線上に見えてきたベルマをじっと見つめていた。
「あのさ……力の件なんだけど」
「話そびれてた。……今から話すよ」
「いい。隠しておいた方が使いにくいでしょ?」
「……」
「私が認めたら、私の前なら使っても赦されるって勘違いしそうだし」
「ないとは言い切れないな」
「だから今のままが一番いいと思った」
「それは俺がまた逃げ回って生きるのを防ぎたいってことでいいか?」
「私と逃げ回るなら歓迎するけど?」
「アズィと対峙してから決める」
「そうしよう」
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ベルマの岸壁には迎えの馬車の列ができていた。
ギャレが「俺たちの馬車がまだだ」と不思議がっている。
「おかしいですね。先に護衛の方の馬を取りに行ってもらってください」
俺はトーチに指示し、三人は馬を預けた新市街地へ向かった。
「寒いっす」
サギタがギャレの脇でモゾモゾしている。
ギャレは列の最後尾を確認してくると言い、走っていった。
「ギャレがミスするのはなんだか違和感あるよね」
これまで完璧に振る舞ってきたギャレが崩れたのは、確かに妙だ。
トーチが馬に乗って戻ってきた。
「馬車はどうだ?」
「分からない、まだだ」
「そうか。見えるところに居るよ」
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三十分ほど経った頃、ギャレが戻ってきた。
「申し訳ありません。どうもミスがあったようで、私の馬車でお送りさせていただきます」
「分かった。サギタは御者の隣で」
「かしこまりました。ちなみに御者は私ですよ」
ギャレの馬車を中心とした隊列は新市街地を進み、街道に出たが、
すぐに検問の行列に足止めされた。
やがて俺たちの番になり、馬車を降りて兵士たちが荷を改めるのを待つ。
「例のクスリのせいかしら?」
リッカが囁く。
「だろうな。万一サギタが持っていたらおしまいだな」
俺たちは仮設の詰所で順を待ち、身分証を確認され、
極めて丁寧な身体検査を受けた。
「ご協力ありがとうございました!」
兵士は俺たちの潔白を宣言して敬礼した。
そういえば俺たちは“貴族”だった。
俺は微笑みを浮かべて軽く頷き、兵士の元を離れたが、
歩きながらリッカを見るとクスクス笑っている。
「随分板についてきたわね。でも兵士に愛想は必要ないわよ」
「そういうのは早めに教えてくれよ」
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御者台にはすでにギャレとサギタが座っており、トーチたちも揃っていた。
馬車の扉を開けて待つフードの男は兵士だろうか。
「ホスピタリティ……採点不要」
「そうね」
男は馬車に乗るリッカに手を貸し、続いて俺にも手を貸した。
「良い旅を」
「ああ……?」
なんとなく声音に違和感を覚え、フードの奥の顔を確かめると、
そこには見知った顔があった。
「ヤマノ?!」
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