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『異世界アンチノミー ――翼神の箱庭――』  作者: めざしと豚汁


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84/116

84.ベルマ

次の日の昼下がり、リッカの希望でベルマを一望できる丘で休憩をした。


国で二番目の都市は、

半月状の城壁に抱かれた巨大な湖のほとりに広がっていた。

湖面は冬の陽光を受けて銀色に揺れ、

そこへ木の枝のように伸びた桟橋が幾重にも重なり、

無数の船が静かに揺れている。


街の高台には、白亜の柔らかい光を放つ巨大な邸宅――

公爵の居城と思しき建物が、

湖と街を見下ろすようにそびえていた。


城壁の外側には、

区画整理された新しい街並みが幾何学模様のように広がり、

発展の歴史と住環境の良さをそのまま地形に刻んでいる。


「俺が目指した街」


「迷子になって後悔してる?」


「別に未練はないぞ?」


「どうかしら」


リッカがからかう横で、

俺は街道の走り方、丘の傾斜、湖の形、

見える限りの地形を脳に焼き付けていた。

ここはもう罠の中なのだ。


やがて御者が催促してきたため、

脳内マッピングを切り上げて馬車に乗り込み、ベルマへ入った。


---


庭園付きの高級宿で俺たちを待っていたのは、

若い小男――王国警吏のギャレと名乗った。


「よろしく頼む」


「出発は明日の朝になりますから、お疲れでなければ観光などいかがでしょう?」


「港を近くで見てみたい」


「構いません。ただ、港は城外にありますので、出入りの際はお供いたします」


「では、部屋で支度をしてくる。ロビーで落ち合おう」


「はい、お待ちしております」


---


部屋に入るなり、リッカが聞いてきた。


「どんな印象だった?」


「行儀良すぎな気もするが、芝居がかった感じはなかった」


「観光に付いてくるなら尋問に丁度いい機会ね。

 船に乗る前に何か分かれば、最悪逃げられる」


「そうだな」


「そういえば、あんまりキョロキョロしたらダメよ。

 何を見ても黙って満足気に頷く。会話は耳打ち」


「大丈夫だ。ちゃんと憶えてる」


「よし、作戦開始よ」


---


トーチたちには壁内散策に出てもらい、

俺たちはギャレの案内で港へのゲートを抜けた。


港は外壁に沿って、幅広い石畳の岸壁が延々と続き、

桟橋ごとに詰所が設けられている。

湖風が冷たく、船の帆が遠くでかすかに鳴った。


ギャレが説明を始める。


壁内に入れるのは元々の住民のみ。

外部の人間は、貴族や警吏の身分保証がなければ一切入れない。

エリンヒャよりもさらに厳しい。

壁外が栄える理由がよく分かる。


「本当は露店をお楽しみいただきたいところですが、

 御二人は高貴なる方々ですので、気になるものがございましたら

 後ほどお部屋にお届けいたします」


貴族は買い食いしない――

わざわざ釘を刺すあたり、俺たちの正体は知らされているのだろう。


「散歩は構わないだろ?」


「ええ、少し後ろをついていきます」


---


リッカの手を取り、湖を眺めながらゆったりと歩く。

湖面は陽光を反射してきらめき、

遠くの帆船が白い点のように浮かんでいた。


人がまばらになったところで立ち止まり、

ギャレに近くへ来るよう合図した。


「俺は詳しいことを聞かされていない。

 相手のイセカイジンの情報が欲しい。

 話そうにも、しどろもどろじゃ逆効果になる」


「船でお話するつもりでしたが……

 胸につかえがあっては、せっかくのご旅行もお楽しみいただけないでしょう。

 何なりと」


旅行を楽しめ――

しれっと含ませて牽制する話術はアズィと同じ。

ただの警吏ではなく、王の目の一員か。


「まず、名前だ」


「サギタと仰る方です」


「これだけ大がかりに根回しして保護するような重要人物なのか?」


「はい。

 ご覧の通り、広大な湖を隔てて薬を密輸されては、我が国は手の打ちようがありません。

 我々は隣国での工作で彼を炙り出し、こちらに移し、

 保護と引き換えに監視するつもりでした。

 しかしサギタが炙り出された途端、公爵様が御自ら捕らえようとお心変わりなさり、

 手配書を撒いてしまったのです」


「おかしな奪い合いが始まったのか」


「はい。アズィ様は今回の計画を“公爵様への挑戦”とおっしゃいました」


国家権力のドロドロかよ。

アズィの性格的に引くわけがない。


「公爵様は我々の活動を妨げるために渡航を制限しました。

 今回の計画が新婚旅行となったのは、それが理由なのです」


リッカが囁いた。


「見えてきた。でもそろそろ動いた方がいい。憲兵が気にし始めてる」


「ギャレ。続きは船の上でいい」


「さすがアズィ様のご令嬢。では、戻りましょうか」


---


アズィに加えて公爵まで俺たちを監視しているなら、

警戒を強める必要がある。

ギャレが公爵を名指しで嘘をつくリスクは計り知れない。

恐らく事実なのだろう。


俺は湖に向かい、

“貴族らしく”満足げに頷き、

リッカの手を取って宿へ戻った。


湖面は夕陽を受けて金色に染まり、

その美しさが逆に、

これから始まる嵐の前触れのように見えた。


---

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